第七十四章 親友へ想いを込めて
世界は破滅した。無限に注がれた魔力の雨に多くが死に、地上は荒れ果てていた。
人々は何が起きたのかさえわかっていない。霧のような白い生物ミスティアがいなくなった途端に起きた言わば天変地異。
先進国の中枢機関も壊滅、世紀末を迎えていた。
誰が知ってるだろう?わずか17歳の少年が世界を救う為に戦っているなどと。
誰が知ってるだろう?この天変地異が、たった数名の者達による戦いが原因だなんて。
最後の審判だと人々は言った。神による人類への制裁なのだと。
脆いもので、人の心に希望はなく、生きながらえた者達は死を覚悟していた。
ダイダロスは魔力で球状のモニターを作り、羽竜に地上の有様を見せていた。
「貴方が救おうとしている地上はもはや崩壊、人々は絶望しか感じていません。それでもまだ戦いますか……終焉?」
こればかりは羽竜もショックを隠せなかった。
「そんな…………世界が………崩壊した……?」
「真実です。私は嘘は言いません。」
なんの為に戦って来たのか………羽竜は不甲斐なさを呪った。
「ちくしょう!」
「憤慨なさらないで。貴方が悪いわけでないのです。私が強いだけ。それだけなのですから。」
インフィニティ・ドライブの力に惚れ惚れとしていた。出来ない事が何もない。世界の破滅さえ一瞬。無敵だと自惚れた。
「終焉………いえ羽竜、全てが終わる時が来たのです。私は宇宙となり、運命を操作する。万物が私に平伏すのです!!」
勝利の雄叫びを上げた。
闘志を失った羽竜はトランスミグレーションを振るえない。
「フフ……それでいい。今消してあげますよ!さらば!羽竜!!アポトーシス・レイン!!」
その時、ダイダロスは違和感を感じた。
ミドガルズオルムが突然もがき苦しみ出し、のたうつようにうねる。
「まさか………ヴァルゼ・アーク!!」
ダイダロスは警戒した。忘れていた、一番の要注意人物なのに。
「何をするつもりだ……ヴァルゼ・アーク……」
支配下にあるはずのミドガルズオルムが抑えされらない。
「くそっ!どこにいる!?出て来いっ!ヴァルゼ・アーク!」
ミドガルズオルムの頭に一筋の裂け目ができ光が漏れると、そこからヴァルゼ・アークが飛び出して来た。
「しまっ…………!!」
ほとんど真後ろから現れたヴァルゼ・アークに対し、ダイダロスは完全な無防備。羽竜への攻撃に気を取られ、防御は留守だった。
「今度こそ終わりだ!ダイダロス!!あの世で俺の部下に可愛がってもらうんだな!!フェルミオン・プレリュード!!」
下半身がミドガルズオルムと融合している状態では身体を半身しか翻せない。つまり、ヴァルゼ・アークの攻撃を防げない。
「ぐわああああああああっ…………………………!!」
フェルミオン・プレリュードを一身に浴び、ミドガルズオルムから離れ落ちて行く。
「何をしてる、羽竜!!今すぐ蕾斗を倒せ!!ミドガルズオルムが再生する前に!!」
ヴァルゼ・アークに言われ我に返った。
「わ、わかった!!」
ミドガルズオルムの喉元、蕾斗の前に飛んだ。
「蕾斗…………………」
トランスミグレーションを構えた。しかし、躊躇いが生まれてしまう。
やがて蕾斗が意識を………取り戻した。
「羽竜君……………」
「ら、蕾斗!?お前………」
「ごめん…………僕はどうかしてたんだ。許して………」
眠ってはいたようだが、何が起きていたのかはちゃんとわかっているようだった。
「もういいんだ。お前が元に戻ったならそれだけでいい。一緒に帰ろうぜ、親友。」
構えたトランスミグレーションを下ろして蕾斗に近づこうとした。しかし蕾斗に拒まれる。
「一緒には帰れない。」
「なんでだよ!?吉澤も待ってる。ほら、掴まれ。」
差し出した羽竜の右手を懐かしそうに見つめる。
いじめられていた遠く幼い自分が、いつも助けてくれた後に同じように差し出してくれた手。少しごつくはなったけど、いつも自分を守ってくれた手だ。
首を横に振り、後ろ髪引かれる思いで拒む。
「僕はジョルジュを殺してしまった。世界まで破滅に追いやってしまったんだ、生きては帰れない。」
「何言ってやがる!死んで罪を償う気なら、生きて十字架を背負え!それに、インフィニティ・ドライブがあれば世界だって元に戻せるはず!」
「でも無理なんだ。」
「蕾斗!」
「僕がミドガルズオルムから離れれば、ミドガルズオルムを制御出来なくなる。そうなれば誰も止められない。」
「だからって………!」
「羽竜君、もし僕をまだ親友だと思ってるなら、トランスミグレーションで………羽竜君の手で僕を倒してくれないか?お願いだ。」
「出来るわけないだろ!親友を倒すなんて………俺には出来ない!!」
「頼むよ…………僕の……意識が………まだある……うちに………」
ダイダロスを失い、ミドガルズオルムの前にインフィニティ・ドライブを制御出来なくなっている。自我を失いそうだ。
「ら、蕾斗!しっかりしろ!!」
蕾斗の肩を強く掴んで強く訴えかける。
「羽竜………君………」
自我が失くなり始め、またアダムに戻ろうとしている。
取るべき手段はもう残されてなかった。
蕾斗から離れ、トランスミグレーションを向ける。
「蕾斗………お前の事は絶対に忘れない。許してくれ、こんな形でしかお前を救えない俺を。」
流れる涙は、世界で一番重い涙だ。
「しっかり受け止めろっ!!蕾斗!!」
疾風のように飛び、蕾斗にトランスミグレーションを突き刺す。
「うわあっ………!!」
うめき声を上げたのは羽竜だった。トランスミグレーションを蕾斗に突き刺した瞬間、インフィニティ・ドライブが蕾斗に集束し始めた。
あまりに強すぎる力に、羽竜の肉体が軋む。でも離すわけにはいかない。
支えとなっていたインフィニティ・ドライブを失い、ミドガルズオルムが灰になって行く。
そして、蕾斗さえも。
宇宙さえ満たすインフィニティ・ドライブは失くなり、体力を全て使い果たした羽竜は地面に落下する。
羽竜君………ありがとう………
蕾斗の声が聞こえた気がした。