第七十二章 絶対輪廻の戦士
「オブリガードも思い切ったものだ。自らの魂と引き換えにお前に神の翼と神の鎧を与えたのだからな。」
ヴァルゼ・アークがいた。
「今あんたに構ってる暇はないんだ。悪いけど後にしてくれ。」
「そう言うな。さすがにダイダロスがミドガルズオルムを召喚するのは予測出来なかった。オブリガードの力を得ても、お前一人では勝つのは難しいだろう。」
「難しくてもやるしかないんだよ。」
「くくく………言うじゃないか。本当はお前に任せるつもりだったんだが、俺も手を貸す。」
「心変わりの激しい奴だな。よくそんなんで13人もの女を手なずけられたもんだ。」
「それなりに苦労はしてるのさ。それなりにな………」
女が13人も集まるとどんな事になるか…………と、言おうとしたが、到底理解は得られないだろうと思いやめた。
「あんたの苦労なんか知ったこっちゃない。それよりもダイダロスの野郎どうすんだよ?」
「とりあえずは『ダイダロスの野郎』のところまで行く。話はそれからだ。」
ヴァルゼ・アークが浮遊を始めると、羽竜も不器用に浮遊する。翼の動かし方なんて教わった事はない。いかに進学校に通っていても、翼の動かし方などという教科はない。
ただ感覚というか、直感みたいなものが働いてなんとなくわかるのだ。
「なんだかよくわかんねーけど、飛び方がわかる………」
「それは羽竜、才能だよ。ま、お前も普通の人間じゃないからな。」
軽く言う辺りがヴァルゼ・アークらしい。そして悔しいが、悪い気がしないのも確かだ。
「じゃあ行こうぜ。」
普段はヴァルゼ・アークのすかした態度が気に入らないのだが、今だけは心強い。
「ま、待ってよ羽竜君!私はどうしたらいいの?」
「吉澤はどっかに避難してろよ。空、飛べないだろ?」
「そうだけど………」
おいてきぼりを言い渡されて不満そうだ。
「あかね嬢、君の力を借りたいのは山々なんだが、ここからは俺達の仕事だ。羽竜の言う通りに避難したほうがいいだろう。近くに由利達がいる。保護してもらうといい。」
「でもぉ…………」
心配なのは愛ゆえか。
「好きな男を困らせるのは『いい』女に与えられた権利だ。惜しむ必要はないが、時と場所を間違うと反感を買うだけだぞ?」
「そうそう。ヴァルゼ・アークの言う通りだ。」
こういう余計な一言がいらないという事に気付いていない。
「なによ!心配してるのに!!羽竜君が気取ったってヴァルゼ・アークさんには勝てないんだからっ!!」
ため息を漏らしてヴァルゼ・アークと顔を見合わせ、眉を上げて呆れてやった。
「行って来る。蕾斗を……救う為に。」
羽竜がかっこよく見える。
背負ったものを垣間見せないスマートさは無意識によるものだろう。
「…………うん。待ってる。」
男の顔を見せられたらおとなしく頷くしかなかった。
「待たせたな、今度はマジで行こうぜ。」
「フッ………お互い、モテる男は辛いな。」
ヴァルゼ・アークの言葉は無視して翼を広げ夜空へ舞った。
「ヴァルゼ・アークさん、羽竜君と蕾斗君を頼みます!」
羽竜だけでなく蕾斗まで気にかける優しさは、慈愛と言ってもいい。
味方ではないのだから頼むのは浅はかにも思えたが、そこは丁寧に説明して理解してもらうまでもない。自分の部下以外にまで心のキャパシティは空けていないのだから。
適当に遇えばいい。
「任せておいてくれて構わんよ。」
責任を問われる事のない言葉は宙を漂った。
四十八枚の翼が神秘を醸しだし、あかねは目を奪われた。
融合ではない。進化だとダイダロスは感じていた。
機械的なシステムで成り立つミドガルズオルムと蕾斗との進化に、満足しないわけがなかった。
機械的という事は、なにもかも自分の支配下にあるという事。インフィニティ・ドライブまでもだ。
だから羽竜の背に翼があっても驚かない。
「不死鳥神の翼と鎧………お似合いですよ、終焉。」
「ダイダロス、お前に勝ち目はない!諦めろ!」
「フハハハ!これはまた唐突ですね。魔帝ヴァルゼ・アークを仲間にした余裕でしょうか?」
ダイダロスは笑い飛ばしたが、羽竜は知っている。ダイダロスは『法則』とやらを破ってはいない事を。
もちろん、それは勝利を保証する事象ではなく、唯一の可能性とでも言おうか。『法則』が破られてないから勝てるとか、破られたから負けるとか、羽竜にはどっちでもよかった。運命は最初から決まってなどいないと信じているからだ。
「ダイダロス、今度は戦利品に貴様の首を貰う。」
ヴァルゼ・アークは仕留め損ねた自分を責める意味でも、ダイダロスの首を取らねばならない。でなければ由利達に示しがつかないだろう。
「絶対支配の魔帝と輪廻転生の終焉。そしてそれに対抗する無限を司る神。三つ巴の戦いにピリオドを打ちましょう。」
ダイダロスは声高に叫んだ。
「ヴァルゼ・アーク、どうするんだ?二人掛かりで片付けんのか?」
羽竜は、こんな時は経験の浅い自分よりも、ヴァルゼ・アークに頼った方がいいと思っている。あまり好かない奴だが、頭はキレる男だと認識している。何か策はあるはずだ。
「それも悪くはないが、もっとスマートで確実な方法がある。」
耳を傾ける。
「よく聞け。ダイダロスはミドガルズオルムと蕾斗と融合はしているが、全てはインフィニティ・ドライブの力によるもの。その供給源たる蕾斗を倒せば、力のバランスを失いダイダロスを倒す事が出来る………しかし、蕾斗が弱点である事は奴も知らんわけじゃないだろう。刃を突き刺せば片付けられる問題でもない。」
「解りやすく言ってくれよ。」
「最終的には蕾斗を倒さねば戦いは終わらない。だが、まずその前に頭脳的役割のダイダロスにそれなりのダメージが不可欠。更にはミドガルズオルムの動きも止めねばならない。」
「つまりミドガルズオルムを攻撃しつつ、ダイダロスにも攻撃をして二人の活動を一時的に止めて、その隙に蕾斗を………殺る………」
「試しに蕾斗に攻撃してみるか?おそらくバリアか結界らしきもんが張られてるだろう。」
「定番だな。」
面倒な攻略の仕方を用意するのは、どんなクリエーターも同じらしい。連鎖方式で成り立つ攻略法は、レベルの要素よりも戦略が重要となる。百戦練磨を謳う戦士より、名軍師にならないと勝てないという事。
「定番や王道というのは、誰しもが認めるからこそ道として定着するんだ。そこを避けても意味がないんだよ。」
回りくどい言い方にもいい加減馴れて来た。要するに、やり方があるのならその通りにやればいいだけ。
ただし、やるなら徹底的にやる。
「あんたの言いたい事は理解したつもりだ。それを踏まえてどうしたらいいのか指示してくれ。」
珍しい。羽竜が冷静だ。
纏った鎧の『重さ』を知ったのなら、一流の男だろう。
「なあに簡単さ。お前はダイダロスを、俺はミドガルズオルムを殺る。」
「でもあんた、過去でミドガルズオルムに勝ててないじゃないか。しかも大怪我してたし………」
「今のミドガルズオルムはダイダロスの支配下だ。ダイダロスの予想に反する行動は取れない。仮にだ、ミドガルズオルムがダイダロスの支配から抜ければ、それはダイダロスの終わりであり蕾斗の終わりでもある。」
「今なら勝てるってか?」
「勝つ為に来たんだ。」
なんだかんだ言っても、ヴァルゼ・アークがいてくれるのは心強い。
いつの間にか羽竜の中にヴァルゼ・アークに対する信頼感が芽生えていた。
いけ好かないとは思いつつもだ。
「そろそろ始めましょうか?誰が時代を終わらせ、新たな時代を築くのか。」
ダイダロスはインフィニティ・ドライブを試したくてうずうずしている。
「少なくともお前じゃねーけどな。」
羽竜はトランスミグレーションを構えた。心に炎が灯る。輪廻の炎が。
そしてヴァルゼ・アークの心にも。
二人はオーラを極限まで高め挑む。自分達が握る武器を創造した男に。