第七章 離れ行く絆
朝起きると、まず聞こえて来るのはワイドショーの声。毎日どこかで誰かが殺され、戦争が起きてる。時には冤罪で捕まった人が、国を相手に裁判を起こすも、真実を曲げてまで自分達を守ろうとする国に叩きのめされてしまうニュースもある。
耳障りだ。一体、何が正義なのだろう?
芸能ニュースも同じ。今朝は女優の妃山千明とドラマ共演してる、主演の男優が出来てると報道されてるが、それはない。
彼女はヴァルゼ・アークを崇拝してるし、そんな裏切りとも取れる行為はしない。もし、事実だとすれば、何か意図があっての事。真偽を確かめもしないで、報道するマスコミにもうんざりだ。
とにかく、この世界は腹が立つ事ばかりでどこか遠くへ逃げ出したくなる。
こんな世界を守る為に、戦ってるわけじゃない。
のんきな奴らが街を徘徊してるようにしか見えない。僕達が戦うのをやめたら、おもちゃのように弄ばれるか、存在を消されてしまうかのどちらかだ。
わからせてやりたい。今の自分達がどれだけ愚かか。
「蕾斗、ご飯は?」
「いらない。」
「朝食べないと勉強出来ないわよ?」
この母親の声さえうっとうしい。自分は昔、そんなに真面目だったのか?
「いらないって言ってるだろ!」
誰に説教してるかわかってるんだろうか?いや、それを聞くだけ間違いだ。わかってない。僕が命を賭けて世界を救おうとしてるなんて。
馬鹿馬鹿しい。この世界の人間全て。
幸い、玄関は開けっ放しになっているから、感情のままにドアを閉めるような事はしなくて済んだ。そんな事をすれば、またうるさく言われるだけだ。
収まらない怒りを噛み殺し、学校とは違う方向へ歩く。
学校なんかに行く気にはなれない。かと言って、今日は戦いへ赴く気にもなれない。さすがに今日戦えば死んでしまう。
平日の繁華街に制服のままは行けない。蕾斗の足は、自然と近くの神社へと向かう。あそこなら人はいない。
途中で飲み物を買い、神社に着くと、ベンチに腰を下ろして一息つく。
昨日の那奈との戦いを思い出す。勝てたのは、那奈に蕾斗を殺す気がなかったのもある。
つまり、勝てた事はなんら不思議な事ではない。それでも、奇跡に近い事に変わりはない。
「うっ………」
受けた傷が痛む。困った事に、今回は気持ち良さも感じる。充実感だろうか?悪くない。
「強いって、自信になるんだな。」
羽竜とは違い、強いとか弱いとか無縁の人生を送って来た。いじめられて泣かされた事もあったけど、いつも羽竜が守ってくれた。だから自分が強いと思った事はないが、弱いとも思った事はない。
「インフィニティ・ドライブ……………無限を操る力……」
「受け身の戦いに飽きたか。」
影が蕾斗の前に立ちはだかる。
「ヴァルゼ・アーク………さん……」
「那奈が世話になったようだな。」
身構えようとしたが、身体が動かない。痛みからではない。睨まれているからだ。自由が効かないくせに、恐怖を感じて震える事は出来るらしい。
いつものヴァルゼ・アークじゃない。
「フン……睨まれたくらいで動けないようでは話にならんな。まだ羽竜の方がマシだ。」
「くっ…………」
冷や汗が止まらない。突き刺さるような視線は、まさしく悪魔のそれだ。ましてやその頂点に立つ者。レベルが違う。
「自らを追い込み、インフィニティ・ドライブを覚醒させ、戦いを終わらせる。その為にうちの那奈を利用するとは………根性だけは買ってやるよ。」
「………僕を……殺しに来たのか?」
「お前に今死なれては困る。そんな事はしないさ。」
「じゃあ、何しに来たんだ……」
「ツラを見に来たんだよ。人が暴走する時ってのは、どんな顔をしているか。」
「暴走………僕が暴走してるってのか!?」
殺されない安心からか、ようやく噛み付く事が出来た。
「那奈が油断したのもあっただろう、お前を殺せない事も理由の一つだ。お前が那奈と戦って、今日生きてるのは実力じゃない。確証は無かったはずだ。それでも戦いを挑んだ。暴走の以外の何物でもない。ケツの青いガキが。」
那奈にも言われた。ケツが青いと。
「僕は僕の考えがあっての事だ。貴方に言われる筋合いはない。」
「羽竜達には内緒の行動か。まあいい。いずれメッキも剥がれるだろう。」
「メッキだって?僕の力が偽りだって言いたいのか?」
「この前言ったばかりだろう。自惚れるなと。人間ごときがどんな力を持とうとも、人の域を出る事は出来ん。」
「貴方達だって人間じゃないか!」
「違うな。俺達は悪魔になったのだ。悪魔の記憶と力は、俺達の遺伝子を人から悪魔へと書き換えた。現に、寿命は人間より遥かに長い。それを証明するには、十年はいるだろうがな。」
「なら、僕はアダムの子孫だ。アダムの血の直系だ。普通の人間とはわけが違う!」
「フッ………アダムの直系だと?聞くが、アダムはどうやって子孫を増やしたんだ?お前の言う普通の人間ってのは、神が生みし泥人形の事だろう?アダムは泥人形との間に子孫を残したんだよ。オノリウスに何を吹き込まれたか知らんが、純粋なエデンの子孫など存在せん。大体お前ごときに何がわかる?千年以上も前から俺達は生き、お前達の知らない歴史を見て来た。造り物の人間の悲しい歴史を。ほんの少し日常から逸脱した程度で生意気な。」
ヴァルゼ・アークの瞳が真っ赤に染まる。魔帝の瞳だ。恐ろしい。彼の言ってる事は間違いじゃない。わかっていたはずなのに…………彼は人間じゃない。悪魔だと。
「やりたい事があるならやればいい。俺とお前は仲間でも何でもない。止めはせん。果たして羽竜達がなんて言うかな?見物だよ。チープなドラマを見るより、いい暇潰しになる。それと、これだけは言っておく。今度また、うちの連中に手を出す時には覚悟を決める事だ。インフィニティ・ドライブを持っているから殺されないと思ったら大間違いだ。」
昔、ホラー映画で悪魔を取り上げたものを見た時、作りものとわかっていても怖かった。でもやはり本物は違う。本能に訴えかけてくる。
「僕は負けない!貴方にも!ダイダロスにも!」
「せいぜい悪あがきしてみる事だ。自分を知るにはいい機会だろう。」
用が済んだのか、爪先からスーッと消え行った。
持っていた缶ジュースを落とす。手の震えが止まらない。
自分が誰に挑もうとしているのか、改めて思い知る。
決意を翻すわけにはいかない。暴走と言われようとも、もう走り出してしまったのだ。
「自分を知るにはいい機会だって?見下しやがって……」
「バカヤロウ!!」
怒号を上げ、蕾斗を思いきり殴り付ける。
「テメー、もう一度言ってみろ!!」
「やめて!!羽竜君!!お願いだから!!」
ほっといたら殺してしまうような勢いの羽竜を、身体を張ってあかねが止める。
「何度でも言ってやるよ。僕が世界を作り直す!」
「ふざけやがって!!」
あかねを振り払い、蕾斗の胸倉を掴む。
「自分が何を言ってんのかわかってんのかっ!?」
「わかってるよ!」
二発目を行こうとした羽竜の拳を、ジョルジュが掴んで制す。
「止めるなっ!ジョルジュ!この馬鹿の目を覚まさせてやる!」
「止さないか。殴ったところでどうにかなる問題ではないだろう。」
深い理由がありそうだと読み、ジョルジュが話を聞く。
「蕾斗、わけを聞こう。お前の事だ、何の考えも無しにそんな事を言い出すとは思えない。」
「…………………。」
「黙ってないでなんか言えよ!!」
「ダメよ、羽竜君!!」
あかねはただひたすら、怒りの収まらない羽竜を必死になだめる。
「嫌になったんだよ……」
「何?」
あかねに抑えられながら、羽竜が蕾斗の言葉に反応する。
「嫌になったんだよ!僕達が命を賭けて戦っても、人間が変わらないんじゃ意味がないじゃないか!くだらないこの世界を変えたいんだ!いや、僕が変えなきゃいけないんだ!」
「蕾斗君………」
涙を流し、自分の思いをぶちまける。その姿は、あかねの胸を締め付ける。こんなに取り乱す蕾斗は見た事がない。
「何が世界を変えるだ!お前の言ってる事は、ヴァルゼ・アークやダイダロスと同じじゃねーか!自己満足したいだけだろーが!」
「違うっ!!」
「やめてってば!!」
いがみ合う羽竜と蕾斗を見たくない。あかねも半分泣いている。
「人の世に不満を感じたか……しかしな、蕾斗、力で世界を変えようというのは間違っている。もっと他の方法があるんじゃないのか?」
いつものように、ジョルジュは諭すように話す。
「ジョルジュ、無理だよ。ジョルジュが一番わかってるだろ?千年も世界を見て来たんだ、人がどんどん悪い方向へ行ってる事に気付いてるだろ?僕は耐えられない。このまま、世界がただ腐敗していくのを見てるだけなんて。せっかく世界を変えられる力があるんだ、恨まれてもいい、自分の理想の世界を作りたい。僕にはそれが出来る!」
「でも………そんなの蕾斗君じゃないよ。」
「吉澤さん、僕はもう迷わない。自分の信じた道を行く!」
誰の言葉にも耳を貸さない。強固な意志は、親友達さえ拒んでしまう。
「ああそうかい!勝手にしろ!ヴァルゼ・アーク達にやられても、助けてやらないからな!!」
ズボンのポケットに手を乱暴に突っ込み、側にあったゴミ籠を蹴る。
「行くぞ!吉澤!ジョルジュ!おバカさんはほっとけ!」
羽竜は愛想を尽かして、帰路につく。
「羽竜君!!」
「行きなよ、吉澤さん。僕は大丈夫だから。」
「………ごめんね、後でメールするから!」
あかねに悪気はない。ただ、あかねが羽竜に好意を持っているのを、蕾斗は知っている。あかねは、知らず知らず羽竜を追いかけてしまうのだ。
「お前も行けよ。」
邪魔だと言わんばかりに、ジョルジュに毒を吐く。
「………………蕾斗、人の域を出てはいけない。お前の力は………」
「うるさいっ!!うんざりだ!!人の域を出るな?だったら神になってやる!」
今の蕾斗は人の話を聞く気はない。愛想を尽かすわけではないが、一人にさせるのも必要だろうと思い、ジョルジュも去る。
「どいつもこいつも!どうしてわかってくれないんだ!?」
一人、道を離れて行く。絆という、細く、とても不確かな道を。