第六十九章 ヒロイズム
羽竜、お前はまだわかっていない。相手の気持ちを汲んでやる事が優しさなんかではない。
厳しさを持ってこそ優しさなのだ。
「ぐわあ−−−−−−っ!!」
蕾斗が羽竜とあかねに負けた。
嫉妬から集中力を欠いたのだ。
背水の陣で挑んだ二人のオーラが、一瞬だけインフィニティ・ドライブの位まで力を増したのも要因だ。
疲労で膝を落とすあかねに構わず蕾斗の懐へ飛び込む。
「…………俺達の勝ちだな。」
「はぁ………はぁ………」
優位に立った事で油断が生じた。打たれ弱い蕾斗の脆さが出た。どんなに強い力を得ても、基礎体力だけは変えられなかったようだ。
トランスミグレーションが蕾斗を狙う。
「覚悟しろよ。」
だが羽竜は迷っていた。親友を手にかける事に。
蕾斗は躊躇い悩む羽竜を尻目に、ここぞとばかりに魔法をぶつけ難を逃れる。
「くそっ………!」
ワイヤースタントのように飛ばされた。
「甘いんだよ!羽竜君は!」
吐き捨てるように言ってどこかへ消えた。
「蕾斗の奴…………」
すぐに追跡を試みたが、腹部に喰らった魔法のダメージで動けない。
あかねもふらつきながら羽竜に寄っては来たが、声が出ない。
「蕾斗の言う通りだ、甘いんだよお前は。」
ヴァルゼ・アークだった。
「あそこまで追い詰めて逃げられるとはな。期待外れだよ。」
遠慮なく毒突くヴァルゼ・アークは、見下すように羽竜を見ている。
「な……何しに来やがった……。」
「蕾斗の最後を見届けに来たのさ。俺の仲間を殺した奴の憐れな最後をな。」
「だったらあんたが蕾斗を倒せばいいじゃねーか。」
「フッ…………また逃げるのか?」
「なんだとっ!?」
「水城………だったな、お前達や結衣のクラスメート。あの犠牲の柩の従者。あの時も結局は俺達が始末したんだ。」
「あんたに俺の気持ちがわかるかよ!」
「情けない奴め………羽竜、お前の目的はなんだ?言ってみろ。」
「…………俺は世界を守る。家族や学校の連中、地上の人々を助けたいから戦ってるんだ!」
「フン、笑わせる。人を傷つける事を怖がる奴がどうして人を救えると言うのだ?」
「人を傷つけなきゃ人を救えないわけじゃねーだろ………」
今までのどんな攻撃よりも利いた一発だった。
ヴァルゼ・アークが羽竜の顔をおもいっきり殴った。
羽竜はバランスを崩し………倒れた。
「いちいち盾突きやがって……。『若さ』という言葉がいつも助けてくれると思うなよ。」
絶対支配が羽竜の鼻先に突く。
見兼ねたあかねが庇う。毎度忙しい少女だとヴァルゼ・アークは思った。蕾斗から庇い、今度は自分から庇う。動く事すらままならないだろうに。
「ヴァルゼ・アークさん、羽竜君は優し過ぎるだけなんです。甘いわけではないんです。」
「それが甘いと言うのだよ、あかね嬢。優しさとは想う事ではない。自分に向けられる厳しさの中にこそ優しさはあるのだ。もし羽竜が優しいと言うのなら、親友の命を奪う罪を抱けるはずだ。でなければ世界を救うなどと夢のまた夢。」
「わかっています。私はヴァルゼ・アークさんの言ってる意味もわかってるつもりです。一人の人も傷つけられない人が、他人を救うなんて………って。でも人の命って尊いじゃないですか、それが友達ならなおさら。私達はたかだか17年の人生ですけど、羽竜君も蕾斗君も私もずっと一緒に過ごして来たんです。簡単にはいきません。」
「人の命など尊いものか。人の命ほどくだらないものはない。例えば、君達が守りたいと言った地上を我が物顔でのさばり、自分達が汚しておきながら、それを綺麗にしようとする事を誇らしげに語る。そんな輩の命が尊いと思うか?」
「それでも…………やっぱり尊いと思います。」
ヴァルゼ・アークの言った事は多分正しい。人間なんて浅はかで不完全な生物なのかもしれない。
でもそれを認めてしまったら、戦って来た意味が失われてしまう。いや、失われてしまう事を恐れた。千明を手にかけてまで正義を貫いたのだ、認めるわけにはいかなかった。
「賢い君なら、あるいは共感してもらえると思ったのだがな。」
あかねに動揺があった事など見抜いている。彼女を立てただけだ。
「さあ、どうするんだ?蕾斗を倒すのか?それとも諦めて家に帰るか?答えろ、羽竜。」
「…………倒すに決まってんだろ。あんたに殺らせるわけにはいかねーからな。」
「フッ……終焉の源の役目、しっかり果たせ。」
治癒魔法で羽竜とあかねの体力を回復させてやる。
「敵に塩でも送ったつもりか?」
嘘のように身体が動く。しかし、ありがたいとは思わない。ヴァルゼ・アークにも思惑はあるのだろうから。
「そんな気はさらさらない。お前には勝ってもらわねば困るだけよ。舞台の最後は俺とお前で飾るのだからな。」
ニヤリとするヴァルゼ・アークは無視してあかねと蕾斗を追う事にした。
「行くぞ、吉澤。蕾斗を追うんだ。」
「うん。」
走り出そうとした二人をヴァルゼ・アークが止める。
「待て。」
まだ何か言いたいのかという眼差しを羽竜は送った。
「わざわざ来た道を戻るのか?」
魔力を持たない二人が、かなりの高さにいるここから飛び降りるのはまず無理だ。
「しょうがねーだろ。空飛べねーんだから。」
羽竜が言うと、
「おまけだ。」
ヴァルゼ・アークは魔法陣を創る。
「言わずと知れた位相転移………瞬間移動の魔法だ。」
「蕾斗のいる場所がわかるのか?」
「インフィニティ・ドライブの気配を隠しきれていない。特定は出来てないが、まあ近い場所には行けるだろう。」
威勢よく断りたいが、頼るしか方法がないのが悲しい実情。
魔法陣に入る二人に、
「羽竜………」
「まだなんか用か?」
「トランスミグレーションを手放すなよ?それはお前の大切な相棒なんだからな。」
「言われてたまるかよ。トランスミグレーションがなけりゃ、あいつのインフィニティ・ドライブには勝てねーよ。」
「………わかってるならいい。行け。」
舌を出して偉ぶるヴァルゼ・アークを批判した。そして羽竜を引きずるようにあかねが魔法陣へ入ると、魔法陣がパアッと光り二人を位相転移した。
「終焉の源………か………」