第六十八章 誘因
トランスミグレーションが羽竜の呼びかけに応えなかった事はなかった。今はトランスミグレーションが羽竜に呼びかけるように力を解放している。だが、羽竜が応えられないでいる。
雷鳴は神の怒りの如く轟き、炎はマグマの如く大地を焦がし、風は全てを切り裂くように駆け巡っていた。
蕾斗の魔法を前に、傷だらけで佇むしかなかった。
「やるじゃねーか………」
負け惜しみではなく、ちょっとだけ見直した。上手く魔法を使いこなす様は、弱虫な蕾斗を記憶から消していた。
「これでわかっただろ?羽竜君がいなくても僕は大丈夫だって。」
綿のように軽いはずのトランスミグレーションが、今日だけは重く感じる。
自信のあった体力も奪われ、認識を改める。かつての親友ではないと。
「どうだかな。勝負は最後までわからねーっていつも言ってんだろ。慢心は隙を生むぜ?」
「なら受けてみる?僕の技。」
「来いよ。とことんやってやる。」
勉強というジャンル以外で人より優越に立った事がない蕾斗。調子づいている今しかミスを誘う時はない。
「行くよ!ユーグリッド・メビウス!!」
「負けるか!ディープ・エンド・エクスプロージョン!!」
しかし健闘虚しく、羽竜の技は発動する事なく終わり、ユーグリッド・メビウスに飲まれ決定的ダメージを負う。
「っくしょう………」
「思ったよりつまらなかったな。もっと楽しめるかと思ったのに。」
圧倒的な力の差に、優越感を覚えるより興味を失くす方が早かった。
「羽竜君を意識し過ぎたかもね、僕は羽竜君を超えた。もう用はないよ。」
「へっ…………お前にそんな事言われるとはな………」
羽竜に手の平を向け、
「僕の勝ちだ。」
勝利を宣言する。
これまでかと思った時、あかねが羽竜前に出て手を広げ庇う。
「吉澤………」
逆を言えば、蕾斗の前に立ちはだかる。
あかねの小さな背中に羽竜は、
「お前何やってんだよ!下がってろ!ふらふらのくせに!」
行動の意味は理解したつもりだが、何をする気なのかは理解出来ない。
「吉澤さん、なんの真似かな?これは僕と羽竜君との戦いなんだ。そこをどいてよ。」
あかねは首を横に振り、どかない意思を伝える。
「この戦いは蕾斗君と羽竜君だけのものじゃない。私だって戦い抜いて来た一人だもん、蕾斗君と戦う権利はあるわ。」
「バカかお前は!吉澤じゃ蕾斗に勝てねーよ!」
「勝てなくてもいい!!勝てなくても戦う!明日を生きる為に手を汚して来たんだもん!最後まで運命をまっとうする!!」
「吉澤…………」
あかねの強い気持ちは、羽竜にも蕾斗にも伝わった。
「吉澤さんは僕より泣き虫だったのに………強くなったんだね。」
蕾斗が目を細めてあかねを想う。そこには羽竜を守ろうとする健気なあかねへの特別な感情がある。
「吉澤さんが羽竜君の事を好きなのはわかってたけど、こうはっきりと態度で表されるとムカつくなあ。」
そう、蕾斗はあかねを慕っていた。物心ついた時からずっと。
完璧なお姉さんを演じない不器用さが好きだった。
あかねの気持ちも知ってた上でひそかに。
二人がうまくいけばいいとも思ってた。なのに…………要らぬ感情が芽生えて来る。
「僕は…………吉澤さんが好きだ。誰よりも。」
そう言って羽竜を見る。
しかし、あかねの解答は揺るがない。
「…………ごめんなさい。」
一言。フォローすらない言葉だった。
「………なんで?なんでだよ!僕の方が強いのに!」
「蕾斗君聞いて!強いとか弱いとか………そんなんじゃなくて……」
「もういいっ!結局僕は一人ぼっちなんだ!」
魔力を手の平に集束する。
「吉澤、お前は逃げろ。」
「羽竜君!」
羽竜があかねを押しのける。
「俺はあいつの事なんにもわかってなかった。兄貴面してたのにな。さっき、こいつになら負けてもいいかって、不覚にも諦めた。だけど…………」
蕾斗を睨み付ける。
「やっぱり蕾斗には負けられねー。あの馬鹿野郎ぶっ飛ばすまでは負けてたまるかよ。」
「だったら私も………!」
「駄目だ。」
「やだ!」
「吉澤!お前には生きてほしいんだよ。」
「羽竜君が死んじゃったら同じじゃない!誰も蕾斗君を止められない。」
「それでも………一秒でもいいから生き延びてくれ。」
見つめ合う。あかねはわかったとは言わない。
「私一人逃げたりしない。羽竜君と運命を共にするもん!」
甘い恋愛感情ではなかった。
彼女もまた戦士。普通の少女から戦士になるまで犠牲にしたものもある。ならば死に場所くらいは自分で決めたい。
「蕾斗も蕾斗なら、お前もお前だよ。だけど死ぬ覚悟したわけじゃないからな。」
「うん。」
互いに微笑み合う。
「来いっ!蕾斗っ!俺が………いや、俺達が引導を渡してやる!」
羽竜はトランスミグレーションを、あかねはミクソリデアンソードの刃を蕾斗に向ける。
「フン………二人なら僕に勝てると?なら見せてもらおうか、『愛』の力って奴をさ!」
皮肉は嫉妬の裏返し。負けたくない気持ちは彼も同じ。純粋過ぎる理想を叶える為。
「ユーグリッド・メビウス!!」
容赦ない蕾斗に立ち向かう。
「着いて来いよ!ディープ・エンド・エクスプロージョン!!!」
あかねが技を放つのは苦しかったが、やるしかない。
「お願い!私の気持ち届いて!無声両唇摩擦音!!!」
自分よりも強い者に立ち向かう事が出来なければ、きっと何も出来ないで人生を終えるだろう。
今を生きる。それは明日を生きる為の自分との約束にすぎない。