第六十七章 遠いどこかで
無作為に放たれる魔法が辺りに粉塵を巻き起こし、羽竜の視界を奪い動きに制限をかける。
離れていれば奇計される事もないだろう。懐に飛び込まれたら即アウト。単純なように見えて、たまに驚く事をやってのけるのが羽竜だ。蕾斗はそれをよく知っている。
「小細工したって無駄だぞ!気配でわかるんだよっ!!」
蕾斗の気配がする方へトランスミグレーションを斬りつけるが、距離感は掴めない。真空波を放っても付け焼き刃。末技にすぎない。
「ほんと短気だよね、羽竜君は。」
せせら笑う声が聞こえる。
「でかい理想抱えてるわりにはやることがセコいんだよ!」
反目した二人。あかねは幼い頃の自分達を思い出していた。
「蕾斗いじめた奴出て来いっ!」
小学生の時、蕾斗はいつもいじめられていた。それを助けてたのは言うまでもなく羽竜だった。
「またお前かよ。」
蕾斗の守護神のように、蕾斗がピンチになれば必ず現れていた。
有名なガキ大将ですら羽竜には手を焼いた。
「それはこっちのセリフだ!毎度毎度蕾斗をいじめやがって!」
「そいつが俺達の野球の邪魔すっからわりーんだよ。」
「蕾斗はただベンチで本読んでただけだって言ってたぞ!そうだろ、蕾斗?」
こういう時蕾斗はただ黙って頷くだけ。それを庇うようにあかねが横にいる。
「邪魔なもんは邪魔なんだよ!」
ヒートアップするガキ大将がゴングの代わり。ここからは取っ組み合いになる。
こうなると誰も止められない。野球をやりに来ただけの奴らも、加勢する事はない。あくまで羽竜とガキ大将の一騎打ち。
決着は、
「くそ!覚えてろよ!」
ガキ大将が捨て台詞を吐いて終わる。謝らないのは意地以外の何者でもない。
「あさってきやがれ!」
「『おととい』でしょ、『おととい』!」
あかねにツッコまれても勝利した清々しさに、
「細かい事は気にすんなって。あさって来ても返り討ちにしてやるよ。」
あまり意味はわかってないらしい。
「喧嘩はダメ!羽竜君はなんでも喧嘩で片付けるんだから!」
「うるせーなあ。」
「うるさくないもん!!」
「わ、わかったって。怒んなよ……」
怒り出したあかねを宥める姿は、上級生相手に喧嘩してた小学生には見えない。
いつも変わらないパターン、これがないと一通り終わった気がしないのは、身体に染み付いた習慣だろう。
「あはははは!」
泣いてた蕾斗が笑う。
「何笑ってんだよ!だいたいお前が弱っちいから悪いんだろ!もっと強くなれよ!」
「僕は羽竜君みたいにはなれないよ。」
「最初から諦めてるから強くなれねーんだよ。よし、俺が鍛えてやる!」
「い、いいよ。遠慮する。」
「そんな事言って俺がいなかったらどうするんだ?今日だって吉澤が呼びに来たからよかったものの……」
「大丈夫。羽竜君は僕のヒーローだから、どこにいたって来てくれるよ。」
「ったく調子のいい………」
ヒーローとまで言われたら怒るわけにもいかず…………というよりは、まんざらでもないのだ。
「でもヒーローの助けを必要とするのは普通は女の子じゃない?」
「吉澤は怒ると恐いからヒーローなんて必要ない…………ぐあっ!」
あかねの肘が炸裂する。
羽竜に悪気はない、ジョークにしては少々失礼なだけ………。
こんな事が後何回続くかなんて考えなかった。中学に行っても、高校に行っても、大人になっても、三人はこのままだと疑わなかった。なんの根拠もないのに。
人は成長と共に強くなろうとする。それでいながら、強く何かを信じる力は衰えてゆく。
幻想であっても夢であっても、疑わず信じる事が出来た頃の自分が遠い存在になってしまう。かつて覚えた気持ちでさえ捨てなければ、大人への階段は見えて来ない。
夕映えに長く伸びる三人の影は、いつか迎える運命の日まで離れる事はなかった。




