第六十六章 INFINTY∞DRIVE(前編)
一度は宇宙空間まで満たしていたインフィニティ・ドライブは、再び蕾斗の内へと吸収され彼を新たな生命種へと覚醒させた。
「………………………。」
蕾斗は両手を握っては開き握っては開きと、何かを確かめるようにしている。
由利と美咲もただならぬ気配に、景子一人残した不安から戻って来ていた。
しかしそこにいたのは人の形をなくした蕾斗と、それに怯える景子だった。
那奈とジョルジュの亡きがらはもう無かった。
「な………なんなの……あれ……」
残す体力も無い美咲が、声を絞って言った。
「インフィニティ・ドライブが彼を飲み込んだみたいね……」
由利の解析が正しかろうと正しくなかろうと、『それ』は存在しているのだ。
「これが………本当のアダムの姿………?」
蕾斗は鏡面に近い床に映る自分を見て呟いた。
さっきまでの肉体だけの変化ではない。漲る力が彼に真実を告げている。
蕾斗は、しばし変わり果てた自分の姿に戸惑っていたようだが、やがて静かに三人を見た。
「リリス、これがアダムの姿なんだね?」
美咲の内にあるリリスの記憶を頼る。
「…………そうよ。」
美咲は答えてやった。
「君には礼を言うよ。心から。」
景子は感謝を述べた蕾斗から逃げるように後ずさる。
決して蕾斗の変わり果てた姿に怯えてるのではなく、とてつもない力……インフィニティ・ドライブであろう力に怯えている。息の詰まるプレッシャーは失せても、気を抜けば意識を持って行かれる感覚が漂っている。
「どういう事なの……景子?」
由利に聞かれムッとする。
「デスティニーチェーンのコントロールを失って藤木蕾斗の心臓を貫いてしまったのです。」
景子は自分を責めた。いつも詰めが甘過ぎる。あそこで蕾斗を攻撃しなくてもやり過ごせたはずなのに………。
「デスティニーチェーンのコントロールを失ったって………そんな事があるの?」
美咲にはロストソウルが所有者の意思に背くとは考え難かった。しかし今は深く考える余地はない。
「もう何かを待つ必要はなくなったみたいだ。戦いの主導権は僕にある。悪魔に怯える事も、神に怯える事も………もうない。」
蕾斗は信念の為、まずは由利、美咲、景子を倒す決意をする。
「気をつけて……仕掛けて来るわ。」
由利が言うと、美咲と景子がロストソウルを構えた。
逃げる事が不可能なのだ。戦うしか道はない。ヴァルゼ・アークが来るのを信じて。
「インフィニティ・ドライブを試すには少々不足だけど………遊んであげるよ、主役が来るまでね。」
「しぶとい奴だ…………」
ヴァルゼ・アークはダイダロスを追い詰めていた。
ダイダロスは満身創痍、力の差は歴然だった。
「………フ……フフ……蕾斗に犠牲の柩をかけたのがそんなにお気に召しませんでしたか?」
「気に入らんな。あんな神の思い上がりが生んだ出来損ないの魔法。」
「ですが、私はより完璧に作り上げた。蕾斗に死の制限時間はありません。」
「黙れっ!蕾斗が自ら選んだ道なら何も言わん!だが少なからず、犠牲の柩の影響が蕾斗を駆り立てたのではないか!卑怯者め!」
「お言葉を返すようですが、貴方とて蕾斗からインフィニティ・ドライブを奪うつもりなのでしょう?どちらでも変わりはないではないですか。」
「力の無い者を利用するその根性が気に入らん!」
怒り狂うヴァルゼ・アークに疑問を抱いていたが、薄々そのわけに気付き、堪えられず吹き出した。
「フフ………フハハハハ!」
「何がおかしい!?」
「犠牲の柩…………色々憶測はありましたが、ひょっとして貴方がお創りになったのでは?」
だとすれば怒り狂うのも納得出来る。
かつてサキエルに犠牲の柩をかけられた水城あさみを、ヴァルゼ・アークは止めた。死の制限時間が訪れる前に命の浄化をした事がある。ヴァルゼ・アークが責任を感じての行動であるのなら、それも納得出来る。
「そうですか。フフフ……思い上がった神とは貴方でしたか。クク………とんだ真実が出て来ましたね。」
「俺の唯一の後悔だ。貴様のような輩に使われる事を考えなかった。」
「どんな経緯があって創ったのかは存じませんが、素晴らしい魔法だと思いますよ。」
「その汚い口を閉じろ。皮肉を言う暇があるなら苦しまず死ねるよう祈るんだな。」
絶対支配とヴァルゼ・アークのオーラが限界まで膨れ上がる。
「フェルミオン・プレリュード!!」
対抗するようにダイダロスも全オーラでぶつかる。
「あがけるところまであがいて見せますよ!アポトーシス・レイン!!」
結果は時を待たずにやってくる。
魔帝たるヴァルゼ・アークの本気に、ダイダロスの力など遠く及ばない。
「私は負けるわけにはいかない!神が相手でも勝ってみせる!」
「種族は問題ではない!もとより俺と貴様では釣り合わなかっただけよ!」
抵抗虚しく、アポトーシス・レインが消されていく。
ダイダロスは走馬灯のように巡る記憶を見る。それは『ダイダロス』の記憶。おそらく死ぬだろう瞬間に、ライト・ハンドとしての走馬灯は流れなかった。
「くっ…………このまま終われるか…………っ!」
格の違いを知ってもあがく姿には、もはや不死鳥族の気高さはなく、野望を叶えられなかった憐れな道化者。
ファイナルゼロで防ぐも、脆く砕け散っていき、そして………終わる。
「ぐああああああああああっ!!」
無限を操る力を求めた男がまた一人、無限の彼方へと消えた。
達成感などない。ヴァルゼ・アークにとっては単なる通過点。宿命でもなんでもない。
「執念だけは認めてやるよ。」
ダイダロスの消えた虚空に呟いた。
開かなかった扉が支えを失くしたように開き、羽竜とあかねは後ろへ倒れた。
蔓延っていた気配が消え、新たに感じる気配にきっと良くない事が起きてると察知した。
トランスミグレーションの光が、早い点滅を繰り返す。危険の合図か、それともこの尊大な気配に呼応しているのか、羽竜にもわからなかった。
でも行かなければならない。蕾斗を止める為に来たのだ。暴走する蕾斗に、今度はちゃんと話を聞いてやろうと、気持ちを受け止めてやろうと、そう自分に誓った。
熱い想いは、儚く散る事も知らずに。
「蕾斗!!」
一本道だった。だから蕾斗がいるとすれば他にはない。
いつもの如く礼儀を無視して、羽竜は扉を蹴り開けた。親友の名を叫んで。
視界に映る光景は、無愛想でいけ好かない景子が倒れ、会話はした事がない美咲が倒れ、冷たい中にも気品があって、どこか優しさを感じる由利が倒れていた。悪魔の姿から人の姿へと戻って。
「遅かったね……羽竜君。」
不気味な生物が羽竜をの名を呼んだ。
「………………蕾斗……か?」
面影などない。しかしそう呼ぶのはあかねの他には蕾斗しかいない。
「嘘…………」
あかねも驚愕する。変わりすぎた蕾斗の姿に。
「ずっと待ってた。僕は羽竜君を超えない限り僕のままの気がして。だから羽竜君を………終焉の源を倒すんだ。」
「まだそんな事言ってんのか?俺を倒したってお前はお前だよ、蕾斗。」
「言うと思った。まあ羽竜君を倒せばわかるさ。」
ニヤッと笑ったのは自信の現れだろう。
羽竜の男らしさに羨んだ事もある。『強い』という気持ちに憧れて。自分には縁がないと思っていた言葉に近づいた。後は蕾斗が認める『強さ』を打ち負かすだけ。
「蕾斗君、お願いだから元の優しい蕾斗君に戻って……」
「それは無理な話だよ………吉澤さん。人類の道標になるって決めたんだ。後戻りはしない。」
堅固な理想を崩すのは容易ではない。
あかねには野望だとか理想なんてよくわからないが、きっぱりと絶縁を言い渡す蕾斗にもどかしさが込み上げる。
「そういえばジョルジュは来なかったか?」
「ああ……来たよ。」
「………どこにいるんだ?」
先に行ったはずのジョルジュとはここまで会ってない。だとすれば既にここに来てるはず。
蕾斗の表情に陰りが。嫌な予感がする。
「………あの世だよ。」
「なんだって!?」
「そんな…………」
あかねがショックでへたり込む。
「あの世って…………殺したのか………?」
「ああ。殺した。」
「な………なんでだよ!仲間じゃないか!」
「仲間じゃないよ。僕を否定する奴はみんな敵さ。」
淡々と言うのはわざと。羽竜の怒りに火をつける為だ。
「蕾斗……………お前………………」
トランスミグレーションを握る手に力が入る。
作戦としては成功と言っていい。付き合いが長いからこそ、羽竜の性格を隅々まで知っている。怒るポイントも照れる言葉も何もかも。あかねに好意を抱いている事すらお見通しだ。
「亡きがらをね、残しておいたんだけど、インフィニティ・ドライブに目覚めた時に消し飛んだみたい………」
聞くに堪えず、トランスミグレーションをたたき付けて蕾斗の言葉を遮る。
「よく平然と言えたもんだな?お前は蕾斗なんかじゃない。」
「そうさ。僕はアダムだ。」
「黙れよ。絶対に許さねー………亡きがらを残しておいた?腐りやがって……」
羽竜から立ち上がるオーラが熱い。
「ようやくやる気が出たみたいだね。」
終焉の源のオーラ。インフィニティ・ドライブを纏った蕾斗に対抗しうる武器になる力。
「話合えばなんて考えた俺が馬鹿だった。」
望まぬ結末が待ってるとしても………
「肝心なところがいつも甘いね、羽竜君は。親友としての最後の言葉だよ。」
戦うしかない。このまま見逃す事なんて出来ない。
羽竜のオーラが爆発する。
「俺からも親友として最後の言葉だ……………」
トランスミグレーションの輝きが強くなる。今までには強い輝き。
まるで蕾斗を倒す事を後押しするかのように。
「あの世に行ってジョルジュに謝って来い!!」
インフィニティ・ドライブもまた爆発する。
終焉の源を迎え撃つ為。