第六十五章 全ては満たされぬ運命の為に(中編)
「どこまで派手なんだい………ベルゼブブ。」
黄泉の世界へ引きずり込んだ事を、ハーデスは後悔していた。
黄泉は辺り一面火の海。いや、灼熱地獄だ。
黄泉の世界は彼女にとって神聖な場所。何も無く、ただ死者が行き交うだけの世界でも決して荒らされたくはないところなのだ。
いかに遊び人のハーデスでも、神聖な場所を荒らされれば顔は強張る。
「誘ったのはお前だろ、後悔しても遅いんだよ。」
「笑えない挑発だね。怒りたい気分だよ。」
「ハン!挑発ってのは怒らせる為の手段だ、笑ってもらっては困る。」
「遠い昔に君に会った時に殺しておけばよかった。まさかこんな形で黄泉を荒らされるとは思ってなかったからね。」
「いまさら何を。今言ったばかりだろーが、後悔しても遅いってよ。耳ついてんのか?」
「いい勉強になったよ。でもこの代償はヴァルゼ・アークにおねだりしないといけないね。」
「何をねだるつもりか知らないけど、あの人に会う事はない………二度とな。」
ダモクレスの剣とハーデスの鎌がぶつかり合い火花を散らす。
我を忘れたように、灼熱の炎の中で。
ヴァルゼ・アークとダイダロスも剣を交え、時に魔法で激しく火花を散らしていた。
剣が頬をかすめるほどの接戦。舞台は建物の外………夜の空になっていた。
限られた空間で戦うのは互いに本意ではないらしく、宇宙になろうとする者と宇宙を無に還そうとする者にはこの上ない舞台だろう。狙う獲物がすぐ真上にあるのだから。
「この広大な宇宙の元で貴方と戦えるとは……幸せですよ私は。」
ダイダロスは当てつけがましいくらいニヤニヤと笑う。
「悦に浸るのは俺に勝ってからにするんだな。息が切れてるじゃないか。」
「これでも訓練を積んで来たのですよ、地道にね。」
「俺に不利な状況を造ったつもりだっただろうが、宛が外れたな。」
「そんなことはありませんよ。長い時間をかけて仕組んだ戦い、こういう事も想定の内です。」
「フッ………お前やオノリウスだけがこの戦いを仕組んだと思っているのなら大間違いだ。」
「なるほど、貴方も仕組んだ一人だと?」
「愚問だな。でなければ千年も時を越えたりはせん。」
「フフフ………そうなるとこの戦いは誰が仕組んだんでしょうか。」
「誰だろうと同じ事。最後に笑うのは俺だからな。」
二人の想いは強く熱い。目指したものがすぐそこにあるのだから。交わす言葉にも自信と不退の意思がある。
彼らに用意された道は生か死か。打ち合う剣にも、どこか一途な想いが見える。
「会うほどに貴方は………魔帝らしくなっていく。」
「そう思うのなら、もっと敬うのだな。」
絶対支配が力を解放し始めた。
創造主であるダイダロスに逆らい、使い手であるヴァルゼ・アークの心に共鳴している。
ダイダロスの呪縛がヴァルゼ・アークの領域に届かない。
「そんなバカな………創造主たる私を否定するのか………?」
「何を驚いている?魔帝『らしく』なって来たんだろう?俺は。ならこのくらいは朝メシ前だよ。」
神々が恐れた男が、本気になる。
「ダイダロス………いや、ライト・ハンド、お前に聞きたい。」
にやけ面を消したダイダロスに対して、今度はヴァルゼ・アークがほくそ笑む。
「私に……?」
「お前は宇宙の一体何を知っている?」
「もちろん………全てですよ。」
「そうか………」
ヴァルゼ・アークは俯き、肩を震わせる。
笑っている。ヴァルゼ・アークは肩を震わせ笑っている。
「本当は何も知らないのだろう?」
ダイダロスを見据える。
「そんな事はない!私は宇宙の全てを知っている!」
焦るダイダロス。しかし形勢逆転したわけじゃない、もとより優勢だったのはヴァルゼ・アークだったのだ。
嵐が来るかもしれない。強風が吹き荒れて来た。
冷たい強風がダイダロスの心を掻き乱す。
「知ってるか?宇宙に心があることを………」