第六十五章 全ては満たされぬ運命の為に(前編)
「随分遠回りしたじゃないか。」
ダイダロスを睨むわけでもなく、見つめるわけでもなく、視界の中に入れてるだけ。ヴァルゼ・アークは負ける要素が無いと確信している。
「遠回り………とは?」
かと言って、ダイダロスも勝利は確信している。
ダイダロスの前でヴァルゼ・アークのロストソウル・絶対支配はその力を発揮出来ないからだ。
「羽竜から聞いたぞ、お前は魔導とインフィニティ・ドライブが同じ物だと知ってたそうじゃないか。インフィニティ・ドライブを手に入れようと思えばオノリウスから千年前に奪えたはずだ。だがお前はそうしなかった。わざわざ千年もの時間をかける理由でもあったのか?」
「理由………ですか?」
「無いとは言わせんぞ。イグジストとロストソウルまで準備しておいてな。俺達はお前にとって邪魔者でしかないだろう?いかにお前の前でイグジストやロストソウルが力を発揮出来ないとは言え、危険因子である事には代わりは無いにも関わらずだ。」
絶対支配を正面に突き立て、柄に両手を乗せて、実にリラックスした体勢を取る。
「フフ。あなた方や天使達にロストソウルやイグジストをお造りしたのは単なる保険ですよ。」
「保険?」
「オノリウスより後世のアダムの直系が現れた時、その者が素直で純粋な少年だとは限らないでしょう?あなた方が戦いを繰り広げてくれる事により、何かと私には都合がよくなる。実際、蕾斗はあなた方の戦いに巻き込まれ多大な影響を受けたではありませんか。私にとって更に運がよかったのは、彼が素直で純粋な少年であった事。おかげで余計な手間が省けました。」
「それだけではあるまい?」
「さすがは魔帝、察しがいい。ロストソウルとイグジストを造りあなた方を次の時代へ移したもう一つの理由は、運命が覆る瞬間を見たかったからです。」
「運命が覆る瞬間………」
「ええ。悪魔と天使は戦えば必ず天使が勝ち、悪魔が負ける。その法則が破られなければ、運命には逆らえない事になります。悪魔が天使に勝つ事が出来れば、私自身も運命に逆らえる事が証明される。自分が身体を張って証明するより、第三者を観察する方が遥かに効率がいいと考えたまでですよ。」
嫌味なにやけ面を浮かべ続ける。
「貴方が終焉を観察していたようにね。」
ヴァルゼ・アークが羽竜を観察していた事を、ダイダロスは見抜いていた。
「俺を試していたのか。だが試す相手を間違えたな、俺とお前では格が違う。」
「フフフ……魔帝らしいお言葉です。格が違うからこそ敬意を表してこの居城を造ったのです。偉大な神と運命に戦いを挑んだ者達の霊廟。私の為のものではないのですよ。」
「せっかくだが俺の趣味じゃない。お前の墓標にしてやるよ。」
「それは残念。喜んでいただけると思ったのですが。」
にやにやとするダイダロスにも飽きて来た。
「そのにやけ面を見るのも今日で最後だ。引導を渡してやる。」
そう言って闇のオーラを纏う。
「断る理由はありません、受けて立ちましょう。これが私と貴方の最後の戦いなのですから。」
ダイダロスの背から炎の翼が二対生える。
ヴァルゼ・アークの背からも黒い翼……闇の翼が二十四対生えた。
無限を操る力を求めて、男達は戦う。
「やるじゃない。楽しいわ。」
ハーデスは心底楽しんでいた。
楽しくないわけがない。黄泉の世界で死者の管理を一人でこなしているのだ、何をしたって楽しいに決まっていた。
「そりゃ結構。私も楽しいよ、ハーデス。」
とは言ってみたものの、愛子はぎりぎりだった。遊ばれてるのが痛いくらいわかってしまい、苦々しい唾を飲まざるを得ない。
「ところでさあ、さっきヴァルゼ・アークといた女………誰?」
「女?ああ、彼女はジャッジメンテスだ。それがどうかしたか?」
「ノンノン。ジャッジメンテスは気配でわかった。あたいが言ってるのはちびっこいほうよ。」
残るは景子しかいない。だがハーデスが意識するような悪魔ではない。
「あいつはシュミハザだ。」
「ふ〜ん……聞かない名前だねぇ……レリウーリアなのに。」
「レリウーリアに入るのに有名も無名も関係ない。ヴァルゼ・アーク様が選ぶのだからな。」
「ベルゼブブ、彼女はとんでもない力を秘めてるぞ。」
景子が?と思った瞬間、ふと景子の顔が浮かぶ。
(………バカバカしい。景子になんの力があるって言うんだ。)
愛子は軽く鼻で笑い飛ばした。
「ハーデスともあろう者が、目が曇ったか。あいつは『普通』の悪魔だ。くだらねー。」
「アッハハハハ!『普通』の悪魔ねぇ………目が曇ってるのはお前さんじゃないのかい、ベルゼブブ。彼女は………まあいいや。」
「言いかけてやめるなよ、景子がなんだって?」
「な〜んでもないって。とっとと続きを楽しもうよ。」
「気にいらねぇなあ………」
口に含む言い方は、愛子の最も嫌うところ。
「そう怒んない。ゲームはまだまだなんだからさ。」
ハーデスが鎌を振り回すと、辺りが突然黄泉の世界に変わった。
「お前さんにやられる前にやっちゃわないと。あたいはヴァルゼ・アークと遊びに来たんだし。」
「チッ………うぜー女だ。」
舌打ちをして身構える。
「行くのさ!サンクション・オブ・ザ・エレバス!!」
黄泉の制裁が行われる。
当然、甘んじて受けるほど影の愛子はお人よしではない。
「今度は黄泉の世界ごとぶっ壊してやるっ!ベルゼビュートキャンディ!!」
ハーデスの魔力を打ち破るように現れた炎の球体。球体は遥か上空にある。ゆっくりと上下に割れてハーデスを見つめると、狙いを定め灼熱のレーザーが放たれる。
二人の強すぎる魔力が擦れ合い、空間が歪む。
黄泉の世界に引きずり込んだのがハーデスの運の尽き。
愛子に勝算はある。
「なんだ………ジャッジメンテスとツンデレ女か……」
待ち人が来ず、蕾斗は不機嫌をあらわにした。
「藤木………蕾斗なの……?」
由利も景子も初めて会う男に戸惑っていた。
「その名で呼ぶのはやめてほしい。僕はアダムになったんだ。藤木蕾斗じゃない。」
「変わらないわ。そんな事にこだわるようじゃね。」
上から押さえ付ける言い方はしているのは、由利のプライドが下手に出るのを許さないからだ。刺激はしたくないが、やっぱりプライドは捨てられない。
そしてもう一人、
「お前に用はないのです。副司令を出せなのです。」
景子は由利以上にプライドが高いかもしれない。そこに頑固さが加わるのだから、他人には扱い切れないだろう。
「リリスならあそこにいるよ。」
顎で方向を指示する先で手足を縛られ、宛になりそうにもない時刻を懸命に刻む時計台の上に張り付けられ、気を失った美咲がいる。
「美咲!!」
風に煽られ傾くような危うい状態にある美咲を助けようと由利が飛び出そうとした時、蕾斗が魔法で阻止する。
寸前かわしたが、美咲を助けるにはどうやら蕾斗を無視は出来ないと悟った。
「勝手な真似は慎んでもらう。でないと、貴女の部下のように死んでもらうよ。」
「……誰を殺ったの?」
「アドラメレクだよ。死体………見たいかい?」
由利の返事を聞かず、空中に穴を開ける。そこから既に死んでいる那奈とジョルジュが落ちる。
「那奈………………」
由利は名前だけ囁くと絶句し、景子も言葉を失った。
「もう僕には誰も勝てない。例えヴァルゼ・アークでもだ。」
まだ目の前の男と蕾斗が被らない違和感はあるが、まさしく話し方は蕾斗だ。
気に入らない。由利も景子も、蕾斗にいいように言われてるのがどうにも気に入らない。
「貴方、ジョルジュは貴方の仲間じゃなかったの?それなのに………」
那奈はまだ蕾斗の敵だから理解出来ない事もないが、由利が許せないのは、蕾斗にすればかつて仲間だったジョルジュの亡きがらを、『まだ』持っている事だ。
「逆らう奴は誰であっても死んで償ってもらう。」
「償ってもらう?笑わせないで。神ですらない貴方に、そんな権限はないわ!」
「うるさいっ!僕は神だ!」
叫ぶと同時に、強い衝撃波が由利を襲う。
「ああぁっ……!」
吹き飛ばされ全身を強打する。
「君もやるかい?ツンデレ女。」
「吉澤あかね同様、お前も最高にムカつく奴なのです。」
「アハハ。褒め言葉と受け取るよ。」
景子はデスティニーチェーンを用意する。どうにも我慢ならないのだ。あかねにもやられたままでフラストレーションは限界まで来ている。
「ダメよ……景子……。藤木蕾斗には手を出すなと総帥から言われて………」
「私がこいつの相手をしてる間に副司令を助けるのです。」
身重の由利に蕾斗のお守りは期待出来ない。ならば自分が相手をするしか他に道はない。
「景子…………」
「これは任務なのです。副司令を助ける間だけこのバカ男の相手をするのです。問題ないのです。」
無愛想な景子にも少し焦りが見える。
「バカとは失敬な。言葉は選ばないと痛い目見るよ?」
蕾斗の言葉は無視して由利に目で訴える。早く行けと。
美咲は目感で数十メートル先の時計台の上、避雷針と思われるところ。助けるに二分もあれば事足りる。
景子が持ちこたえてくれれば。
(情けない………偉そうな事ばかり言って来て、結局若い景子を盾にしなければならないなんて…………)
由利は唇を噛んで己の不甲斐なさを呪った。
「…………二分でカタをつけましょう。美咲を助けたら合図するわ。そしたらここから離れるのよ。」
「了解なのです。」
翼を広げ由利は美咲の元へ飛ぶ。ジャッジメンテスの優美な姿が夜に舞った。
景子はそれを確認すると、
「ヴァルゼ・アーク様の為とは言え、恋敵に従わなければならないのは切ないわ。」
瞳が赤く染まる。
雰囲気が変わった景子の気配に蕾斗も玉座から立ち上がる。
「…………なんだ……このオーラは……………?」
「魔人が魔神になったのよ。」
景子が………口元を歪め笑う。
「二分もいらないわ。」