第六十二章 ヨリシロ
「吉澤!」
あかねを見つけ羽竜は駆けて来た。
「羽竜…………君………」
傷だらけで座り込んでいるあかねを介抱する。
「大丈夫か?」
こんなにも安心感のある男だったっけ?そう思いながら羽竜の胸にもたれる。
「なんて人なの………カウンターを狙う為だけに力を注ぐなんて…………」
左足を引きずりながら二人の前に結衣は出る。
勝負は引き分けと言ったところだろう。結衣にも反撃の意思は見られない。
「新井………てめぇ……」
「やめて、羽竜君。新井さんが悪いんじゃないの。」
「でもよ………」
「お願い………新井さんは大切なクラスメートだもん。やっぱり殺せないよ。」
左手で羽竜の腕を掴む。強く。
「………わかった。立てるか?」
「うん。なんとか。」
羽竜にすがるように立ち、ふらつくながらも自力で立つ。
「行かせないから。」
結衣はどうあってもあかねを倒したいらしい。ダメージの残る身体を隠そうともせず敵意を剥き出す。
「やめとけよ。お前もボロボロじゃねーか。そんなになってまで戦う理由があんのかよ?」
「あるわよ!その女……千明お姉様を殺したのよ!?理由なんてそれだけで十分でしょ!さ、そこどいて!じゃないと目黒君も一緒に殺すから!」
「やれよ。やれるもんならな。」
「なにそれ?バカにしてんの!?」
「してねーよ。都合のいい事ばっかいいやがって。」
「千明お姉様の仇を取らなきゃ死にきれないわ!」
「千明さんだって新井だって、俺達の事狙ってたじゃないか。やられたら今度は悲劇でも気取るのか?甘えてんなよ。」
「甘えてなんかないわよ!」
「甘えてんだろ!ヴァルゼ・アークは相当甘やかしてたみたいだな。」
「ヴァルゼ・アーク様は関係ないっ!」
「ならヴァルゼ・アークに聞いてみろ。吉澤だって好きで千明さんを倒したわけじゃないと思うぜ。でもこれは命を賭けた戦いだ。どうにもならない事だってあるさ。」
「割り切りがいいのね。私は目黒君みたいに割り切れないわ。」
両手を正面で交差させて羽竜に仕掛けようとしたが、かわされたあげく足を掛けられ転んでしまった。
「…………つっ!」
直ぐさま羽竜に向き直るが、トランスミグレーションが鼻の1センチ先にあり、羽竜が見下ろしている。
「どうしてもってなら来いよ。俺達は先に行くからよ。後ろからでもいいからかかって来ればいいさ。だけどよ、新井の攻撃に気付いちまったら…………クラスメートでも殺すからな。」
羽竜の本気の眼差しに臆してしまう。言葉が出ない。
羽竜とあかねは結衣に背中を向け歩いて行く。
今なら殺れたかもしれない。でも出来なかった。なぜかはわからないが。
「う………うわあああああああああっ!!」
床を殴る。何度も……何度も。
悲しさなのか悔しさなのか………別の何かか………自分の意思とは無関係に涙が溢れた。
一時間前………ジョルジュは蕾斗の元へ辿り着いていた。
「蕾斗………か?」
蕾斗のオーラは感じるのに、目の前には見知らぬ男がいる。
「やあジョルジュ。君一人かい?」
容姿は違えど話し方はあどけない。蕾斗だ。
「いつの間に大人になったんだ?」
圧迫感のあるオーラに怯みそうで、皮肉でも言わなければ心を読まれそうだ。
「大人になったわけじゃないよ。僕はアダムになったんだ。もう藤木蕾斗じゃない。」
「蕾斗は蕾斗だ。どんな姿になってもな。」
説得出来る自信はやっぱりない。有り余るエネルギーはおそらくインフィニティ・ドライブ。もう心まで侵食されてるだろう………扱い切れぬ力に。
「逃げなさい、ジョルジュ。この子には何を言っても無駄よ。」
ジョルジュには、美咲が自分を気遣うのは意外だったが、蕾斗に刺激を与えたくないのだと悟った。
「君は黙っててくれないか………リリス。大切な客の前だ。」
蕾斗からすれば、弱い自分から成長した姿を見てもらいたい。口を挟まれるのは論外だ。
「さて、ジョルジュ、ここで僕からお願いがあるんだけど………聞いてくれないか?」
「外ならぬ友人の頼み、聞くだけは聞いてやろう。」
「ありがたいね。」
蕾斗と腹の探り合いをしなければならないのは気が重い。
「僕はこの病んだ世界を救いたいんだ。戦争もなく、草木が生い茂り、水が澄み、宇宙の恩恵を受け永遠の平和を創りたい。その為にジョルジュ、君の力を貸してほしい。」
気持ちはわかる。ジョルジュの生きた時代もまた争いの時代。
蕾斗の思想を理解は出来る。しかし………
「さあ、ジョルジュ!」
「断る。」
「な………なんでだよ!?」
「お前の気持ちはわかるが、永遠の平和とは創るものではない。決して訪れる事のない人々の夢物語………理想だ。」
「理想なんかじゃない!!」
「聞け!蕾斗!お前だってそれをわかってるから望むのではないのか?………いいか?永遠の平和など訪れはしない。でも人々は願い望むものに近づこうと努力する。人々には未来を繋ごうとする知恵がある。誰かに導かれなくても歩いて行けるのだ。人々に依り代はいらん。」
「………わからないね。僕にはジョルジュの言ってる事がわからない。人間には道標が必要だとは思わないのかい?」
「一度は思ったさ。だけどな、いつの時代も必ず現れるのだ。争いを収め、一時的ではあっても平和をもたらす者が。」
「………終焉の源……だね?」
「誰も気付かない存在。ひょっとしたら終焉の源自身も自分の役目にな。でもどんな形でも役目を果たしてくれる。ま、例外もいるようだが。」
「羽竜君には無理だよ。がさつで乱暴だし、物事を平和的には解決出来ないし。」
「フッ……そうだな。だがあいつは真っ直ぐだ。淀みのない真っ直ぐな目と、歪みのない真っ直ぐな性格を持って生きている。今はまだ頼りない男でも、いつか何かをやってくれる。人々に夢や希望をもたらすような何かを。私は見てみたい。羽竜が人々に夢や希望をもたらすところを。」
「それは僕が羽竜君より劣っているって言いたいの?」
「そうじゃない。お前が羽竜を強く意識してる限り、あいつを超える事は出来ないと言ってるのだ。今のお前には何も望めないだろう?力に溺れ、自分を見失ってるお前にはな。」
「くっ………!」
蕾斗に食い込む心の刃。まだ『藤木蕾斗』がいる。嫌いだった自分が。
「貴方の負けよ。ジョルジュの想いがわからないほど愚かじゃないでしょう?このままダイダロスの言いなりなんてならないで。」
「うるさいっ!ダイダロスは僕の気持ちを理解してくれた。僕を助けてくれた!」
「利用されてるのがわからないの!?ダイダロスの狙いは貴方のインフィニティ・ドライブなのよ!」
「僕のインフィニティ・ドライブを狙ってるのは君達悪魔じゃないか!」
「それは………」
返す言葉は美咲にはない。蕾斗の言う通り、目的はインフィニティ・ドライブ。蕾斗から見ればダイダロスも自分達も同じ。
「もういい。僕が馬鹿だった。もう誰も信用しない。」
蕾斗のオーラが灼熱の如く熱くなる。
「羽竜……だから言っただろう、やはり私には荷が重かったようだ。」
ジョルジュは呟いてパラメトリックセイバーを抜く。
「人としての寿命以上に生きた。戦乱の世を越え、大切な仲間も出来た。十分すぎる人生だったが、最後くらい………友の為に生きたい。」
「ぶつぶつと何を言ってるんだ?命請いなんかしたって遅いからなっ!!ユーグリッド・メビウス!!」
ジョルジュを仕留めにかかる。
「羽竜……あかね……お前達に出会えてよかった。もちろん蕾斗………お前にもな………フッ。」
ニヤリと微笑み蕾斗に向かって行く。
「無声両唇摩擦音!!」
倒せないのは承知の上。それでも友として全力でぶつかるのが礼儀。
「うおおおっ!!」
唸り声を上げて無声両唇摩擦音に全てを賭ける。
「羽竜!あかね!後は頼んだぞ!!」
蕾斗の心に少しでも波紋を立てられるのなら、自分の命など安い。
ジョルジュは肉体が消えるまで叫び続けた。
叫びは、必ず羽竜とあかねに届くと信じて。