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第五十八章 レリウーリア

「総帥、ご無事でなによりです。」


また体調が著しく悪くなった由利に変わり、愛子がヴァルゼ・アークに声をかけた。


「お前達も。だが喜んではられん。千明、純、葵、はるか、絵里、翔子、那奈が逝った。彼女達の死を無駄にしない為にも、ダイダロスと蕾斗を倒す。いいな?」


いつになく厳しい表情のヴァルゼ・アークに緊張を覚えた。


「由利、どうした?どこか具合でも悪いのか?顔色が悪いぞ。」


由利の額から汗が流れ落ちる。

ヘスティアとの戦いで無駄に体力を使い疲弊していた。

格下のヘスティア相手に情けないと思いつつも、ヴァルゼ・アークに要らぬ心配をかけたくなくて虚勢を張る。


「歳でしょうか、走り回る事に少々疲れてしまっただけです。」


無下に笑っては見るが、風邪をひいてるのとはわけが違う。嘘をついてるのはバレてしまう。

 もしヴァルゼ・アークが何か嘘をついていても由利にはわかるだろう。そういう関係にある。


「お前が疲れを隠せないとは思えんな。体調が優れないのなら帰れ。」


「嫌です!私も最後まで戦います!この身はヴァルゼ・アーク様に捧げたもの、貴方の為に死ねるのなら本望です!」


「黙れ。俺が自分の為にお前達が死んで行く事に何も感じないと思ってるのか?仲間が消えて行く度に身を裂かれる想いは俺も同じだ。」


「わかっています!でも帰るわけにはいきません!例え総帥の命令でも従うわけにはいかないんです!」


ヴァルゼ・アークが自分を案じているのはわかる。身を裂かれる想いだというのも。

だからと言って帰れるわけがない。

しばしヴァルゼ・アークと見つめ合う。いや、見つめるというよりは、由利は頑なに自分の意志を貫こうとしているのだろう。


「いつから聞き分けのない女になった?」


ここまで来ればヴァルゼ・アークにも由利が単なる疲労ではないと気付く。どんな状況でも命令を聞かないなんて行動はとらなかった彼女だ。食い下がる必死な姿は何かある事を告げてるようなもの。

 逆効果とは頭で理解していてもやはり従えぬ命令もある。


「総帥!!」


重い空気を消し飛ばすように結衣が元気よく現れた。


「……勝ったようだな。よくやった。」


結衣に笑顔を見せ褒めてやる。

ヴァルゼ・アークの言葉と笑顔がなによりの褒賞だろう。


「はい!景子に助けられはしましたけど。へへっ。」


舌を出して精一杯の照れ隠しをする。もちろん、手柄の独り占めは出来ないから景子の名前も出してやった。


「そうか………景子が……」


そう言ってヴァルゼ・アークは、後から来た景子を見る。

自分の代わりが務まる者。統率力とかカリスマ性とかではなく、純粋に実力を指して言った言葉。その言葉を裏切らず、神の頂点に君臨するゼウスを二人がかりとは言え倒したのだ。

景子は由利と愛子を見つけ顔を背けた。


「ん?どうかしたんですか?」


結衣が重苦しい空気を感じて由利に問う。


「なんでもないのよ。」


結衣の頭を撫でそのまま顎の下も撫でてやる。


「子供がいるのです。」


不意に景子が口を開いた。

ヴァルゼ・アークと結衣は景子が何を言ってるのかわからないが、由利と愛子だけは慌てふためき愛子が叱咤した。


「景子!!」


だが景子も退かない。


「隠す必要はないのです。隠し事はよくないのです。」


しれっと言ってはいるが、これは景子にとっては自虐にしかならない。真実を知り、ヴァルゼ・アークがどう反応するか…………それを見れば傷つくと知りながらも言わずにはいられなかった。


「何の話だ?」


ヴァルゼ・アークが視線を焼べたのは由利だった。

由利は黙ったまま何も言わない。


「愛子!」


今度は愛子の名を。彼女も何も言わない。


「由利姉様?愛子お姉様も………どうかしたんですか?」


結衣もただ事ではないと悟った。そして、


「司令は妊娠してるのです。」


告げる。


「なん………だと?」


さすがに動揺は隠せなかった。


「申し訳ありません。」


由利が頭を下げた。

結衣も唖然と由利を見る。


「総帥、司令は……」


なんとかフォローを入れようとした愛子を由利が制し、


「貴方の………貴方の子を身篭っています。私の………お腹の中に……」


自分の口から真実を述べた。

なんて言われようとかまわない。真実は一つなのだから。


「間違いなく俺の子か?」


「貴方以外を受け入れた事は、ただの一度もありません。」


「なんて事だ…………俺に…………子供が………?」


「すいません。私が迂闊でした。どうか………どうかお許し下さい…………」


俯き、涙を。


「馬鹿な。なぜお前が謝る?謝らねばならないのは……俺じゃないか。」


責任は………男にある。きっと由利は苦しんだはず。

これでようやく謎が解けた。

不死鳥界から戻った時から、過去へ行った時、由利に変化があった事。妙に女らしくなったと言うか、喜怒哀楽が読み取れた。クールで決して自分を崩さなかった由利がだ。

その意味が、ようやくわかった。

まさか身篭っているとは思わなかった。仮に身篭るような事が起きれば、自分にはわかるだろうと思っていた。

しかし蓋を開ければ愚かにも見抜けなかった。愛し、誰より信頼を置いていた女の変化の意味を。


「いいえ!総帥は何も悪くありません!悪いのは全て私!申し訳ありません。本当に………うぅ……」


泣く由利をヴァルゼ・アークは抱きしめた。


「もういい。どう見ても悪いのは俺だ。身勝手を………許してくれ。」


二人の姿を見て愛子と結衣はなんだか安心したが、景子だけは面白くなかった。

愛子は景子に言った。


「景子ちゃん、貴女を責めようとは思わないわ。でもね、感情に任せて口にした言葉はコントロール出来なくなるの。貴女が狙った結果にならなくてよかったわね。そしたら景子ちゃん自身が、もっと深く傷ついたはずよ。」


「説教はごめんなのです。」


目を合わせようとはしない。


「わからないのなら………」


愛子が手を振り上げた。


「止せ!」


ヴァルゼ・アークが愛子を止める。

理由はどうあれ、あまりに稚拙な景子の行動を正そうとする愛子だったが、ヴァルゼ・アークには景子の気持ちが痛いくらいよくわかっていた。

歳が近い結衣とでさえ三つも違う。高校二年生と中学二年生とではその差は大きく、景子は子供扱いされて来た。

その扱いの全てが不満だったわけじゃないが、一人女として見てもらえなかった事に我慢して来たのだ。


「景子は何も悪くない。悪いのは全て俺だ。だから景子をぶつ事はならん。」


「………………はい。」


愛子は手を下ろし、自分を恥じた。

はたして景子をぶとうとしたのは、本当は自分も嫉妬を堪えてたからではないのかと。


「結衣、貴女にも謝らなきゃね。」


由利がヴァルゼ・アークの胸から離れ、結衣に向き直る。


「やめて下さい!私はむしろ嬉しくて。由利姉様とヴァルゼ・アーク様の赤ちゃんだなんて!私いいお姉ちゃんになれるかな?」


結衣だってわかっている。生まれて来る事はないだろうと。

だからと言ってネガティブにはなれない。確かにそこにある生命、大切にしてやりたい。


「なれるわ。貴女ならきっと。」


由利が笑い、結衣も笑顔になり、愛子も微笑んだ。


「景子…………怒っているのなら俺を恨め。お前を不愉快にさせたのも俺だ。甘んじて受けよう。」


そう言われても恨めるわけがなく、逆にヴァルゼ・アークに見離されたくなくなり首をおもいっきり横に振る。


「私は………………」


誰に言われずとも、愛子が言った事が正しい事くらいわかっている。ただ、気持ちのやり場がなかった。

素直に感情を表現出来ない苦しみが募り、果てまで辿り着いてしまっただけ。

結衣が景子を抱きしめた。ヴァルゼ・アークが由利をそうしたように。


「景子だっていいお姉ちゃんになれるよ。生まれて来る子が男の子でも女の子でも、『お姉様』って呼ばせるの。『お姉様』は強いんだから!だから泣いちゃダメ。」


結衣の胸の中、静かに頷くのが見えた。


「由利、帰れとは言わん。戦うなとも。ただし、戦うのなら死ぬ事は許さん。残っていい条件はそれだけだ。」


「わかりました。仰せの通りに。」


涙を指で拭った。


「女は素直が一番だ。」


真っ赤な瞳で見られているが、そこには紛れも無い愛した男の瞳が見える。

悪戯な少年のような瞳が。


「愛子、結衣、景子、お前達もだ。死んではならん。美咲を助け、ダイダロスと蕾斗を倒し、俺が宇宙に引導を渡すまで、泥水飲んででも生きるんだ。」


「もちろんです。」


愛子が、


「了解しました!」


結衣が、


「はい……なのです。」


景子が答えた。


「行くぞ。後少しだ。」


ヴァルゼ・アークがマントを翻し歩き出すと、四人も彼に続く。

闇十字軍レリウーリアは立ち止まらない。


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