第五十六章 光の強さ
ヴァルゼ・アーク………不思議な男よ。
まだ神と不死鳥族と天使がが地上を支配し時代。余はヴァルゼ・アークなる男と出会った。
神の世界にも派閥はあり、余はその様々な派閥の頂点にいた。
まだ若い余は怖い物など皆無で、地上を我が物としていた。
ある日、実に賢く美麗で強ささえ兼ね備えた男の噂を聞いた。ヴァルゼ・アークだ。
慢心していた余はヴァルゼ・アークに会いたくなった。嫉妬から。
余さえ超える実力を持っているかもしれないと聞いた以上、許し難い存在となっていた。
天馬を駆り、山を越え海を越え谷を越え。ヴァルゼ・アークの元へ急いだ。
彼は悲愴感に溢れた表情でいつも遠くを見ていた。何を見ていたのか…………今思えばいずれ起こるだろう戦いの未来を見ていたのかもしれない。
余はヴァルゼ・アークに問いた。
「お前は何がそんなに悲しい?こんなにも華やかな地上で、何をそんなに憂いているのだ?」
草花が咲き乱れ、どこまでも澄んだ水と青い空。豊富な作物に穏やかな風。不満などあるものか。そう思っていた。
「万物の……憐れな運命に。」
「運命を憂いたところでなんになると言うのだ?世界はこんなにも満たされているというのに。」
「満たされるものか。感情は欲を生み、欲は身を滅ぼす。その繰り返しの為に生きるのなら、世界は何を望む?望んだもので満たされていると言うのか?違うな。世界は何も望まぬ。だからこそ満たされぬ。世界が満たされぬから運命もまた満たされぬ。因果とはそういうものだ。」
「…………………。」
切り捨てる事は可能だった。ただ、切り捨ててしまえばヴァルゼ・アークを恐れた事を認めてしまう事になる。あってはならない事だ。
「帰るがいい……ゼウスよ。お前とでは生き方が違いすぎる。」
「言われずとも帰るさ。」
次に会ったのはアダムが地上に現れた頃、神も不死鳥族も天使もそれぞれに世界を築こうという時、余の元へヴァルゼ・アークは来た。
「お前に反対意見を持つ者達を闇に堕としたと聞いたが………なぜだ?」
この頃、余に反し地上に残るという者達を全員闇の底へ堕とした。それを聞き付けて来たらしかった。
「愚問だな。答えるまでもない。」
「…………そうか。」
ヴァルゼ・アークは背中を見せ立ち去ろうとし、
「ゼウスよ、お前は闇を何と心得る?」
そう言った。
「闇?闇とは存在価値もない愚者達の墓場よ。」
闇など………存在自体が腹立たしい。
「ヴァルゼ・アーク、お前はどうだ?逆に問おう、闇を何と心得る?」
口だけの男ならば今度は切り捨てる。
「残骸よ。」
「何?残骸だと?」
「闇とは愛の残骸。誰しも心に闇を持っているのに、認めようとしない。己の心の中にある存在でありながら決して愛されぬ愛の残骸。それが闇よ。」
「戯れ事を………」
「闇はお前の中にもある。戯れ事かどうか、身を持って知るだろう。いずれ……」
再び去ろうとする背中に、
「お前はこれからどうするのだ?地上にはアダムがいる。もはや我等の生きる場所は地上にはない。」
「…………闇だ。闇に堕ちた者達には光が必要だ。俺は闇に存在する太陽となろう。」
「自ら闇に堕ちると言うのか?」
「光の中に存在する光より、闇の中で存在する光の方がまばゆい輝きを放つものだ。」
地上の時間で何十億という年月が過ぎた今になって………
「もっとも、誰しも闇の中では光無しで存在する事など出来ぬがな。」
その意味を知った。
「お前を倒せばヴァルゼ・アーク様は神様の中で一番偉くなるのです。」
「そうそう。一番偉い神様が世界の行く末を決めるのが相応しいわ。」
子供に等しい女達。彼女だけでなく魔界に生きる者達は口々にヴァルゼ・アークの名を出す。
魔界の者だけではない。余が支配する神界においてでさえヴァルゼ・アークの名は不吉の象徴、死の前兆と恐れられている。
あの時、ヴァルゼ・アークを切り捨てていたらば………余は長い時間をもっと有意義に過ごせたのか…………。
「一番偉い神様……か………。そうたやすく口にしてほしくはないものだな。」
舞台には相応しい配役というものがある。
「そうね。ヴァルゼ・アーク様が安っぽく見えちゃうもの。」
「なのです。」
配役を間違えれば狙った通りの物語は完成しない。
「それほどまでにヴァルゼ・アークを想うのなら、強さで証明して見せよ!」
慎重でなければならない。誰がその役を演じるのかを決めるのに。
「言われなくてもね!」
「なのです!」
忘れないだろう。余に恐怖を与えた二人の少女を。そして、
「悔い改めよ!クラスター・ボルケーノ!!」
光の中の光より………
「ハウリング・ハーモニクス!!」
闇の中を生きる光………
「デッドエンドネメシス!!」
まばゆい輝きを放つのは………
常に後者であると。