第五章 battle encoder
「どうして………どうして逃げなかったのよ。」
ローサの身体を抱え、絵里が震えている。
朝出かける時まで、いつも通り賑やかにしてた。それが、今はただそこに『ある』だけ。
「ローサ…………………」
ヴァルゼ・アークは拳を握り、彼女の名を口にする。あまりに突然の出来事に、それ以上の言葉が出てこない。
「ダイダロスの奴!許せない!!今すぐ殺してやるっ!!」
「落ち着きなさい。ダイダロスの居所もわからないのに。」
冷静さを失った結衣を由利が引き止める。
「司令!!ローサお姉様が殺されたんですよ!?ローサお姉様が……………」
泣きたいのをみんな堪えている。その雰囲気に従えるほど、結衣は大人じゃない。一人泣き崩れる。
「総帥…………一度屋敷に戻りましょう。ローサを弔ってやらなければ……」
愛子が指示待ちに痺れを切らす。見ていてもローサは生き返らないのだから。
「そうだな………」
ローサの亡きがらを抱き上げる。
戻ろうとした時、羽竜と蕾斗がこちらへ駆けて来るのがわかる。
「ローサさん!!」
羽竜を押し退け、蕾斗がヴァルゼ・アークの抱えているローサに近寄り、安否を確かめようとする。………しかし、景子が立ちはだかる。
「ローサさん…………まさか………?」
「…………死んだのです。お前もここにいたのですか?藤木蕾斗………」
「街でローサさんと出会って、ここで色々話してたらダイダロスが現れて…………インフィニティ・ドライブを取られるわけにはいかないからって、逃がしてくれたんだ。でも、心配だから羽竜君を………」
「蕾斗!!」
羽竜が叫ぶ。結衣がロストソウルを蕾斗の喉元に突き付けたのだ。一瞬の早さで。
「あんたなんかを逃がしたばっかりに…………ローサお姉様は死んだっていうの!?冗談じゃないわ!」
やり場のない怒りは蕾斗に向けられた。
「返して!!お姉様を返してよ!!」
「…………………………。」
蕾斗が殺したかのように言われても、言い返す言葉もない。
「もうやめなよ、結衣。彼に責任は無いんだから。」
うなだれる蕾斗を不憫に思い、はるかが割って入る。
ローサを見ると、羽竜も蕾斗に助け舟を出すのも忘れてしまう。意外と身近に感じていた彼女達だ。その一人でも死んだとなれば、衝撃を受けないわけがない。
「ヴァルゼ・アークさん………」
顔色を伺う蕾斗に、ヴァルゼ・アークは冷たく言い放つ。
「蕾斗、ローサが死んだのは自分のせいだなんて思っているのなら、それは自惚れに過ぎん。インフィニティ・ドライブを持ってるくらいで調子にのるな。」
「なんだと!?蕾斗はそんな事は思ってねーよ!純粋にアシュタロトの死を悲しんでるのがわかんねーのかよっ!!」
「羽竜、それが自惚れだと言ってるんだよ。俺達とお前達は敵同士だと言ったはず。ローサの死は俺達のものだ。触れないでもらおう。」
触れるなというのは、悲しむなと言っているのだ。余計なお世話だと。
「帰るぞ。」
ヴァルゼ・アークの一言で、全員退却する。
蕾斗が声を上げ、泣き叫ぶ。地面に拳を叩き付けて。初めて見せた蕾斗の苦しむ姿に、かける言葉も見つからず、羽竜もまた胸を傷めていた。
今夜のレリウーリアは、結成以来初めて、それぞれがバラバラに夜を過ごしている。
ローサの死は、思っていたよりもすんなり受け入れられた。
いつかこんな日も来るのではと、心のどこかではみんな覚悟していたからだろう。
ヴァルゼ・アークも一人、玉座に座り、闇を見据えている。
「葵です。少しお時間よろしいでしょうか?」
数メートル先の大きな扉の向こうから葵の声がする。気付いたが、少しの間返事をせず、気持ちを落ち着けてからようやく返事を返した。
「…………入れ。」
ダメだとは言わない。わかっていたから、返事を返されるまで待っていた。
「失礼します。」
玉座の間では、緩い言動、行動は出来ない。普段はちゃんづけしてる相手にも、呼び捨てか悪魔名で呼び合うのが鉄則。
心して重い扉を押して中へ入る。
ヴァルゼ・アークが足を組み、頬杖をついてこちらを見ている。遠い昔、ミカエルに裏切られ、死ぬところをヴァルゼ・アークに助けられた記憶…………サタンの記憶が甦る。
つかつかとヴァルゼ・アークの前まで来て、ひざまずく。
「ヴァルゼ・アーク様、私にローサの仇を取らせて下さい。」
普段の面倒くさがり屋で、皮肉屋の葵は本当の彼女ではない。本当の彼女は、仲間を想う気持ちが誰よりも強い。
ローサの喧嘩相手だった絵里が、そのうち自分が仇を打つと言い出す前になんとかしようと考えている。言い出した時は、絵里に冷静な判断は出来ない事を知っているから。
「……………ならん。」
「何故ですか!?このまま黙っていろとおっしゃるのですか!?」
「今はまだ動く時ではない。」
「恐れながらヴァルゼ・アーク様、私が言わずとも絵里の方がそのうち……」
「絵里には釘を刺しておいた。心配の範囲ではない。」
「ヴァルゼ・アーク様は、悲しくないのですか?」
「…………俺が悲しめばローサの死を無駄にする。悲しめば…………俺も自分を見失う。」
葵にもわかっている。一番悲しんでいるのはヴァルゼ・アークだと。組織の象徴である以上、極端な感情の表現は慎まねばならない。組織全体が悲しみに染まっている以上、誰よりも冷静でなければならない。わかってはいても、聞きたい事だってある。
「勝手な言動でした。ヴァルゼ・アーク様の深いお考え、わかっているつもりでしたが、感情が先走ってしまいました。」
「気にするな。気持ちはみんな同じだ。」
「ヴァルゼ・アーク様……………」
慎まねばならない…………そう思っても、一人で抱え込むヴァルゼ・アークを見ていると、どうしてもそばに寄りたくなる。
ヴァルゼ・アークも、無下に拒むような真似はしない。
今はお互いが必要だから。
生まれて初めて味わう深い悲しみは、蕾斗の心に大きな傷を刻みつけた。
戦いを終わらせる為には、ヴァルゼ・アークもダイダロスも倒さなければならない。しかし、現実としては今の自分達には不可能な事。自分に宿るインフィニティ・ドライブすら使いこなせない現状では、戦いになっても逃げるのが精一杯。幸い、ヴァルゼ・アークもダイダロスも、まだ本気で来ない。
しかし、それも彼らなりの考えがあっての事。ローサは、インフィニティ・ドライブを手に入れる方法があると言っていた。
だとすると、いつその時が来ても、おかしくはない。
自分の中の力を巡って、最後の戦いが始まっている。
最終的には、羽竜やあかねやジョルジュを頼るわけにはいかないだろう。
せめて、インフィニティ・ドライブを覚醒させる事が出来れば………。
「自惚れて何が悪いんだ。僕には僕のやり方がある。」
ローサと話した場所で、蕾斗は一人決意を固める。
「ヴァルゼ・アーク、ダイダロス、見ていろ。僕は絶対に負けない!」
蕾斗の中で、何かが変わり始めていた。