第四十八章 Manual laber
純とはるかの無惨な姿に、結衣は泣き縋っていた。
「うっ………うぅ………お姉様…………」
翔子に続いて純とはるかまでが逝った。ついさっきは絵里のオーラが弾けたのも感じた。
無敵だと思っていた。神でさえレリウーリアには勝てないと。
しかし現実は違った。無敵なんかじゃない。自覚しなければ自分も…………。
「泣いてちゃダメよ、結衣。お姉様達に怒られちゃう。」
言い聞かせる。心が折れてしまわないように。
「見ててね、千年前みたいに相討ちなんてしないから。今度こそ………絶対に勝ってレリウーリアが最強だって思い知らせてやるから。だから、見守ってて……お姉様。」
純とはるかの亡きがらに口づけをする。二人のまだほんのり温かい唇を愛おしんだ。
「どうしました?女の強さとやら、教えていただけるんではなかったの?」
「くっ……………身重の身体でなかったらあんたなんか……」
気分の悪さはまだいい。ただ、無意識に腹を庇った動きになってしまう。
ヘスティアは由利の周りを歩き出す。
「その子、魔帝の子?」
「………聞いてどうすんのよ。」
「そんな怖い顔しないで。魔帝は知ってるのかしら?貴女が妊娠してるって。………知らないわよねぇ。知ってたら貴女を戦場には連れて来ないでしょうし。」
ピタリと足を止め由利の背後に立つ。
「もし、この事を知ったら、魔帝はどうするのか気にならない?」
「!!」
「はたして『産め』と言うかしら?ねぇ、試してみません?」
「やめて!!」
後ろを振り返り、ヘスティアを睨む。
「うふふ。何そんなに焦ってるの?」
「あの人は知らなくていいのよ。知ってしまえば………」
知ってしまえば………心が揺らぐだろう。そんな事になれば仲間の命が無駄になる。平凡な幸せを求めてるわけじゃない。ヴァルゼ・アークの、レリウーリアの目的が達成されるまであと少しなのだ。隠し通さねばならない。
「かわいそうな人。好きな人との間に子供が出来て、それを伝えられないなんて。」
「いいのよ。あの人に父親なんて役は似合わないしね。」
嘘を言った。彼ほど父親の似合う男もいないと思うのが本音だ。彼と出会って愛し合い、何度も夢見て来た事。
霧雨のような夢だったが、想像するだけで幸せだった。
本来なら素直に喜ぶべき事なのに苦しまねばならない。迂闊と言えば迂闊。
「でもねヘスティア、好きな人の子供を身篭るって、女として最高の幸せなのよ。永遠に処女であることなんて、何の価値もないわ。例え神であっても例外なく………ね。」
「おやまあ、悪魔の口からとんだ戯言が聞けましたわね。愉快ですわ。地上に来た甲斐があったというものです。」
「それはよかったわ。それじゃあ次は冥界に案内してあげるわ。」
会話をしたおかげで気分が少しよくなった。
今なら片付けられる。
「身重の貴女に私が負けるとでも?」
「そうよ。いい歳して処女を気取る気持ち悪いあんたに、実力の差を見せてやるわ。」
ムッとしたヘスティアを尻目に機敏の良さを見せつけ、
「行くわよ!明鏡止水!!」
上手くいった。威力も申し分ない。
「妊婦が……生意気なっ!!」
明鏡止水をかわし、魔法を連発する。
強力な一撃を見舞うよりは、威力はそこそこでも由利を常に動かせてバテさせる。普通の状態にない由利の身体では時間もそうかからないはず。
ヘスティアでなくても思い付く作戦だろう。
「甘いわ。」
それを読み、微少な動きとシャムガルのみで魔法を払う。
「うふふ。そうでなくてはつまらないですわ。」
手数を増やして少しずつ由利の負担を上げていく。
(ちまちまやってても埒があかないわね。私の体力を考えれば持久戦は自殺行為だし、一か八か突っ込でみるか………)
空中に飛び上がる。浴びてる魔法の激しさとは対象的に、音もなく静かに。
(すぐ済むからいい子にしてるのよ?)
お腹の子供に言い聞かせ、
「はあぁぁぁぁぁっ!」
オーラを全開にヘスティア目掛けて突っ込むという、彼女らしからぬ荒業に出た。
どんなに魔法を繰り出そうと由利には通じない。
回避しようとするが怯み、足が動かずシャムガルを身体に受けてしまう。
「キャアッ!!」
白いドレスが血で染まりうずくまる。
「口だけね。あんたは昔からそうだけど。」
由利が『貴女』ではなく、『あんた』とヘスティアを呼ぶのは、あまりいい関係ではないからだ。
「情けない。実力もないくせに戦場に出て来ないでって、確か神話の時代にも言わなかったかしら。」
「ぐ……………うるさい……子持ち女に言われてたまりますか………!」
由利は内心ほっとしていた。一瞬とは言っても、おとなしくしてくれてた事に。
自分の都合に合わせてくれるわけではないから、リスクの大きい判断だった。
「自分の血の通う新たな生命。何ものにも代えられない尊い絆。母たる存在が強い理由よ。」
「かはっ……かはっ……は……母親が強い理由……?く、くだらない………」
刺された腹を押さえ立ち上がる。戦いに慣れていないヘスティアにはもう手はない。
「一時はどうなるかと思ったけど、どうやら『いい子』みたいで助かったわ。」
シャムガルを構えヘスティアへとどめを刺そうとした時、ヘスティアが由利に掴みかかった。
「無駄なあがきね。」
放っておいても死ぬだろう者に出来る事など何もないと、油断した。
悪あがきもしてみるもので、思いがけない結果を見る事もある。
「た……ただでは死なない。貴女の仲間がしたように………私だって意地が………あります……」
「自爆?やめなさい。あんたの力では私を道連れには出来ないわよ?」
「うふふ……道連れにするのは貴女じゃない。貴女の………子供よ!!」
由利の腹部に魔力とオーラを集束させる。
「は、離れなさい!」
シャムガルを捨てヘスティアを引きはがそうとする。
母の強みのはずだった血の通う生命が逆転、弱みとなる。
由利に外傷が与えられなくても、衝撃で腹の中の赤ん坊を殺すくらいは可能だ。
「どうせ生まれて来る事が許されない子であるなら…………私が堕ろしてあげます……」
「くっ………させるもんですかっ……」
ニヤリと口を歪めたヘスティア。
「そう……その表情が見たかったのよ!!」
初めて見せた由利の………ジャッジメンテスの焦りの顔。
満足だった………それだけで。
絵里がそうしたように、翔子がそうしたように、敵であるヘスティアも自らの命と引き換えに新たな命を摘み取る。
自身の威厳を保つ為なら新しい生命すら犠牲にする。
それが神。