第四十七章 パイオニア
ある日、突如として住む世界が変わる。
昨日までの薄汚い人間のしがらみから離れ、人を超越した能力を得たいと誰もが一度は考えるだろう。
でもそれは人間だけが思う事で、他の動物や種族は自分達が住む世界を変えたいなどとは思わない。人は不完全ゆえよりよいものを好む。
ヴァルゼ・アーク…………ダイダロス…………蕾斗、そして羽竜。一様に信念を貫こうと躍起だが、戦いの発端は彼らではない。遠い過去、千年よりもっと前にある。アダムがインフィニティ・ドライブを手に入れるよりも前にだ。
気が遠くなるような時代のしがらみに捕われ命を賭け合う。
果たして彼らは愚かだろうか?運命に従う事を嫌い、報われないかもしれない努力を重ね、それでも手札にはワンペアしかない。
戦いに勝つにはパイオニアとなるしかない。戦いの………ではなく、運命に抗うパイオニアに。
「食い下がりますね。嫌いじゃないですよ、もがく人間というのは。」
「悪魔よ。やっぱり性格悪いのね。でも安心したわ、いい人だったら復讐とはいえ戸惑いそうだもの。」
絵里は根は優し過ぎるくらいのお人よしでもある。クールな皮肉屋の葵とは違い、感情的な皮肉屋なのはその裏返しと言える。
まかり間違ってダイダロスが生来のいい人だったら………戸惑っていただろう。
「一つ聞くけど、副司令……リリスは無事なんでしょうね?」
「今のところは。ティアマトが犠牲を払ったおかげでミスティアも消え、生体エネルギーを使う必要はなくなりましたからね。」
ミスティア………あの白い霧状の生き物の事だらう。名前を知ったところで雑魚に用はない。
「そう……。生きているのならそれでいいわ。これ以上仲間を失いたくないもの。」
「わかりませんねえ。ヴァルゼ・アークが宇宙を無に還せば貴女達も死ぬというのに、なのに生きようとする。矛盾してると思いませんか?」
「してないわ。ヴァルゼ・アーク様が望むのは新しい宇宙。最初からシナリオの用意された人生なんて誰も望まないものね。」
「ならばどうして彼は彼自身が宇宙になるのを拒むのでしょうか?新しい宇宙が生まれたとして、その宇宙がシナリオを用意しないとは限らないではありませんか。」
「さあね。私にはそこまではわからないわ。ま、あんたと違って純粋なのよ。」
「理解に苦しみますよ。」
「私としてはあんたさえ死んでくれたら丸く収まるんだけど?」
カシャカシャと九十九折の爪を鳴らす。
少し表情を曇らせたダイダロス。死んでくれと言われて不機嫌になったわけではなさそうだ。
「バルムング、私は理解出来ないという事が非常に嫌いなんですよ。」
ゆっくりと歩き出し、不気味なオーラが更に不気味さを増す。
「貴女は私を倒すのを我慢してたとおっしゃいました。」
「……だったらどうだっての?」
「私も我慢してたのですよ…………千年もの間ずっと。」
絵里を睨む。いつものダイダロスの雰囲気じゃない。
「貴女達がこの戦いをどう解釈してるか存じませんが、元は私が仕組んだ戦いなんですよ。」
「何を馬鹿げた事を……」
「馬鹿げた事?フフフ……本当にそうお思いですか?天使にイグジストを与えたのも、貴女達悪魔にロストソウルを与えたのも、オノリウスにトランスミグレーションを与えたのも、全ては私の計算。インフィニティ・ドライブを手に入れる事が不可能だと知り、色々考えた末に出した答えだったのです。」
「何が言いたいの?」
「インフィニティ・ドライブと魔導が同じだと知り、私は絶望しました。オノリウスを殺してもインフィニティ・ドライブを手にする事が出来ない。でも私は気付いた。インフィニティ・ドライブを手に入れる方法を。」
すぐ目の前まで来て絵里を見下ろす。
「だ、だったら千年前にそうすればよかったじゃない。」
ダイダロスの視線はまるで獣のように鋭い。右目は眼帯をしてるから左目だけなのだが、それでも十分に痛さを感じる。
「オノリウスの老体にあった魔導………インフィニティ・ドライブは何の魅力もありませんでした。彼もまた、運命に絶望を抱いていましたから。ですから、どうせ奪い取るのなら手に負えないくらいの力がいいと思い、いつか生まれるだろうアダムの子孫を待ったのです。」
「それが……現在……」
「そうです。ヴァルゼ・アークも天使達も初めはフラグメントを集める事でインフィニティ・ドライブを手に入れられると信じてましたから、この時代にアダムが存在した事は偶然でしかないのです。まあ………それすらも宇宙の意思かもしれませんが。」
殺気立つダイダロスに警戒して後ろへ飛びのく。
情けないと思いつつも、尋常ない殺気だ。
「ヴァルゼ・アークもどうすればインフィニティ・ドライブを手に入れられるか気付いたようですし、時空の狭間から引きずる出されたのはいい頃合いでした。」
「我慢したって言ってたけど、それはあんたが勝手に我慢してただけでしょ。私達には関係ないわね。」
「関係なくはないですよ。不死鳥族を滅ぼしてくれたまでは感謝してますが、何度か邪魔をされたのも事実。私はヴァルゼ・アークとのみ対峙出来ればよかったのですが、傘下の貴女達が頑張り過ぎてくれたおかげで苛立ってたんですよ。」
絵里が敢えて取った距離を詰めるようにまた歩いて向かって来る。
「くっ………」
壁に背中がぶつかるまで後ずさる。
「私が描いた舞台。虫けら一匹残る事は許しません。私と……ヴァルゼ・アークだけがいればそれでいい。」
「どうしてそこまでヴァルゼ・アーク様にこだわるの?」
「魅力的だからですよ。神でありながら闇に堕ちた者達を庇護し、決して見捨てない愛の深さ。彼のような人物がなぜ神の頂点に立てないのか不思議なくらいです。そんな彼に、どこか惹かれているのかもしれませんね。だからこそ、ラストは私と彼で飾る。」
終始穏やかな口調なのに、表情は相変わらず睨みを利かせていた。
「そういうセリフは、私を倒してから…………言えっ!!」
先手必勝。ダイダロスに襲い掛かるも、ファイナルゼロで払われ体勢を崩す。
「倒す?倒すという言葉は妥当ではありませんね。『倒す』というのはより強い者に使う言葉。貴女は私より弱い。ですから正確には『殺してから』………というのが妥当です。」
「うるさいっ!あんたには死んでもらわないとローサが浮かばれない!!」
なりふり構わず飛び掛かったのは、恐怖感を拭う意味もあった。初めて感じる恐怖。気が狂いそうになる。創造神であるはずの彼女がだ。
ダイダロスは飛び掛かって来た絵里の首を掴み取った。
「ぐっ………は、離せ……」
「結局、準備運動にもなりませんでしたねぇ。」
「ぐが…………」
抵抗出来ない。なんて力だろう。見た目からは想像も出来ない力に意識が遠退く。
「仲間の仇………?笑わせる。この程度の実力で私と張り合おうなどと。」
敬語が消えたのは、本気になってる証拠だろう。
「くそ………このまま……このまま死ねるか……」
かくなる上は……翔子がしたようにオーラを全解放して自爆しかない。躊躇う事はない。
「フン………自爆する気か。やれるものならやってもらおう。」
「ぐはっ……」
口から血が噴き出す。
「どうした?早くしないと何も出来ないまま終わるぞ?」
頭の中を仲間達との思い出がよぎる。何より、ローサとじゃれ合った日々。
(ローサ…………)
涙が零れ落ちる。
喧嘩ばかりしてたけど、憎かったわけじゃない。
楽しかった。レリウーリアに来てからずっと楽しかった。
出来れば、その楽しかった日々が永遠に続いてほしかった。
「創造神バルムング………。クク……私は神をも超えたか。」
「だ………黙れ………」
かすれた声を出しながらダイダロスの腕を両手で掴む。
「最後のあがき、見せてみろ。ほうら……」
更に上まで絵里を持ち上げる。
「くそ……ったれ…………」
全オーラを両手に込める。
「……………ローサの仇ッ!!一緒に死んでもらうぞ!ダイダロスッ!!天地創造!!」
必殺技が相手を道連れにする技になる。
オーラはダイダロスを飲み込み辺りを吹き飛ばした。
より凝縮したオーラの破壊力は、絵里のいた建物を崩して行く。
爆煙が立ち込め、視界を遮る。………ダイダロスの視界を。
「クク…………クハハハハ………ハーッハッハッハ!!バカめ!!虫けら一匹残る事は許さないと言ったはず!手間が省けたわっ!!ハーッハッハッハ!!」
爆煙が収まり、いつの間にか夜に変わっていた空が顔を出す。
宙に浮きながら高笑うダイダロスは月光を一身に浴びる。戦いの汚れを落とすように。
悲しいかな、ダイダロスの身体にはかすり傷一つなかった。