第四十六章 ただ、願う時
愛子、那奈、千明、絵里の四人の前にはいくつか階段がある。当然の事ながら美咲のいる場所までたどり着けるかは定かではない。
かと言って、じっくり考えてる暇は残されていない。翔子に続いて消えて行った葵と純、はるかの命の灯。一秒後には自分達も…………。
不安と苛立ちは彼女達を追い詰め始めていた。
「面倒ねぇ…………やり方が回りくどいのよ。」
千明のぼやきも頷けるものだ。
迷路なんて生易しいものとは違って、途中からはほとんど勘でここまで来た。
「ここからはみんな離れ離れか。」
那奈の言葉には重みがあった。
生きてまた会える可能性は低い。それが現実だ。
「誰でもいいわ、副司令を助けましょう。そしてダイダロスと藤木蕾斗を…………倒す。」
愛子が一歩前に出て振り返った。
「出来ればダイダロスは私がいただきたいわね。私の右目とローサの仇を取りたいもの。」
静かな口調の中にも、絵里の怒りはあった。
「私達は死なない。ヴァルゼ・アーク様の野望が叶うのを見届けるまで。」
そう言って愛子が手を出すと、その上に三人も手の平を重ねた。
「私達が愛した人。ただその人の為に。」
那奈の言葉に誰もが頷いた。
「それじゃあ………またね。」
千明は軽く助走をつけてから走り出した。
それを見習うように他の三人もバラバラに散って行った。
くねくねと東西南北を見失うほど走らされ、その果てに絵里は願いを叶えた。
ローサの命を奪い、右目を奪った憎き敵。そうダイダロスがいる。
「願えば叶うものね。あんたを殺す役目は誰にも渡したくなかったから、嬉しいわ。」
「光栄ですね。ならば期待にお答えしましょうか?」
気もないくせに調子を合わせてくる。
「いずれ時期が来るまで我慢するように総帥には言われて来たけど、覚悟は出来てるんでしょうね?もう我慢はしないわよ。あんたの存在を消してあげるわ。」
「それはそれは。実はちょうど身体を動かしたかったところなんです。気の済むまでお相手して差し上げますよ。」
ファイナルゼロが鈍い光をちらつかせる。
どうやら戦いを待ち望んでいるのはダイダロスのようだ。
(ローサ………やっと………やっとあんたの仇を取ってやれる。)
九十九折の爪を具現化し天を仰ぐ。
深呼吸まではいかないが、息を吸い込んで一気に吐き出す。
間もなく暴走する自分への準備だろうか。
創造神のオーラが建物を揺らす。
「いい感じ。今までで一番ノッてるかも。」
ローサが死んで時間が経ってるからだろう、気持ちも落ち着いた上での怒りだからこそ波に乗れてる。先走らない感情がそうさせているのだ。
「フフフ………確かに。今貴女はノッています。だからこそ、『準備運動』にはちょうどいい。」
「言ったわね?だったらかかって来な。」
「悪魔など私の相手にはならない事をお教えしましょう。」
「うっ………。こんな時にまで………」
由利は通路脇のモデルのわからない石像に手を着き悪くなった気分の回復を待っていた。
「はぁ……はぁ……お願い、せめて美咲を助けるまではおとなしくしてて。」
消えて行く仲間のオーラに悲しむ間もない。
初めて体験する気分の悪さに、さしもの由利も手も足も出ない状態だ。
お腹を摩ってなんとか落ち着かせようとするが、
「うっ………。言う事聞いてくれないのね………」
症状は酷くなるばかり。
悪い事とは重なるもので、今すぐにでも眠りたい状況の中、招かざる客が現れた。
「気分が優れないのでしたら私が楽にさせてあげますよ?」
ウェーブのかかった銀色の髪。水着に近いような鎧を着た若い女だ。
「バッドタイミングね。お呼びじゃないのに。」
顔見れば誰なのかわかった。
「貴女までダイダロスの仲間になってたなんて………落ちぶれたわね、ヘスティア。」
「あらあら、そんな事言える余裕はないのでは?ジャッジメンテス。懐かしい気配だわ。」
脂汗を滲ませ苦痛な表情を見せる由利を前に、ヘスティアと呼ばれた若い女は無防備なほど甘い笑いを見せていた。それには由利の体調の悪さの原因を知っている意味もある。
「ジャッジメンテス、貴女…………妊娠してらっしゃるのね?」
ぎくりとした。
「隠しても無駄。貴女が呟いたセリフ、聞いてしまいましたもの。」
「おとなしくしてて」「言う事聞いてくれないのね」と、誰かに話し掛けるように呟いたのは、間違いなく存在する誰かにだろう。
戦う前から最悪な状況になってしまった。
由利の妊娠の事実は由利と愛子しか知らない。仲間に知られるのならまだしも、敵に知られてしまい、体調は絶不調という最低最悪を招いてしまった。
「…………私が妊娠していても予定には何の変更もないわ。もちろん貴女の命がここで尽きるのもその一つよ。」
「予定…………それはその子の父親の予定かしら?」
完全に遊ばれている。わかりきった上で言って来るからむかつく。
シャムガルを具現化し、姿を悪魔へと変える。
「黙りなさい。お喋り女!」
「仮面取りなさいよ。沈着冷静が信条の貴女が怒ってる顔、私見てみたいもの。」
そうして取り出したのは薙刀。
「似合わない武器を………。」
「無理をなさらないで。どんな皮肉も、それこそ今の貴女には似合わないわ。」
これまでの由利の人生で、ここまで追い詰められた記憶はない。ジャッジメンテスの記憶にもだ。
実力では、勝てない相手を探すのが難しいくらい強い由利も、妊娠というハンデはキツすぎる。
仲矢由利は人生で空前絶後のピンチを迎えていた。
「身重の身体でどこまで踏ん張ってくれるか………楽しみです。」
「気に入らない女ね。昔からだけど。」
生き延びねば。例え醜態を晒す戦いになろうと、自分『達』の最期は愛する男が野望を遂げる時と決めている。
「永遠の処女を望んだ貴女に、女としての幸福を得た私の気持ちはわからないでしょうね。」
「子をもうける事が女の幸福?フン、そんなもの。エゴよ。」
「そう言うと思ったわ。だから教えてあげる、女の強さがどこにあるのかを。」