第四十四章 華麗なる一族(後編)
神話の時代を見ても、嫉妬や妬み、欺瞞や虚飾はある。人間だけをどうして責められようか?
ヴァルゼ・アークは悲愴を感じずにはいられなかった。
宇宙誕生以来、ただ争う事を望まれた憐れな生物達。
自我と思う事すらプログラムに過ぎない。例えるなら、好意を寄せる者に想いを告げるか否か。どちらか一つしか道はなく、一度選んでしまえば後戻りは出来ない。
しかし、どちらの道を選んでも結果は変わらない。選ぶ道が違えど、生まれる感情は同じ。人がそれに気がつかないだけ。
ヴァルゼ・アークやダイダロスが言う法則とは個人に課せられた人生そのもの。それに気付いた者だけが運命と言う名の鎖から逃れられる。
インフィニティ・ドライブは宇宙が捨てた罪の意識。罪の意識を持たない宇宙は生物にとって有意義な世界は創らなかった。
だからこそ、インフィニティ・ドライブを手にすれば無限の力を手にする事が出来る。
何もかもが想いのままに。
「ヴァルゼ・アーク……様……」
葵はヴァルゼ・アークの背中を見つけた。
「ローサに続いて純とはるか、翔子までも死んだようだな。」
血のような真っ赤な髪がなまめかしく、側頭部から天を突くような角が雄々しい。
「はっ………そのようです。はるかと純に至ってはヘラに。」
「…………………。」
ゆっくり振り返り葵を見る。
その鋭い眼光にほだされる自分がいた。
「ああ…………ヴァルゼ・アーク様………」
よろめくように近づいて抱き着く。鎧を纏っていても伝わる体温。葵の身体を熱くする。
「はっ……申し訳ありません、こんな時に…………」
無意識だった。自分の愚行に恥じる。
「かまわん。仲間が死ねば不安は重圧に変わる。無理もない。」
胸がキュンと締め付けられる。
「ところで翔子は誰に殺られた?」
「え……………さ、さあ……翔子の事は存じませんが………」
「……………そうか。」
「あ、あの……」
「なんだ?」
「次の戦いに行く前に、口づけをしても………」
厳しい表情だったヴァルゼ・アークが微笑んだ。
それを肯定の合図と取り、瞼を閉じる。
「!!!!!」
葵がパッと目を開けてヴァルゼ・アークを見る。
「ぐはぁっ…………ヴァ………ヴァルゼ………アーク……様………な………ぜ……?」
絶対支配が葵の身体を突き刺していた。
「見るに耐えない猿芝居だったな………ヘラ。」
「ぐふっ…………なぜわかった……」
絶対支配から自分で身体を引き抜く。
「がはっ………がはっ………か……完璧だったはず……」
血を吐き苦しむのはヘラであっても、姿が葵であるため痛ましく思える。
「完璧だと?笑わせるな。肉体は葵のものだ、完璧も何もあるか。」
「なら………一体………」
「葵は仲間を呼び捨てにはしない。極稀にはるかや純を呼び捨てにする事はあるが、翔子を呼び捨てにする事は絶対にない。言い加えれば、仲間を失った状況で口づけをせがむ真似をする奴は、俺の部下にはいない。葵や純やはるかは騙せたかもしれんが、仕掛ける相手を間違えたな。」
迂闊だった。仲間同士の呼称とは気がつかなかった。
細心の注意は払ったつもりだったのだが………。
「ふ…………ふはは………確かに……魔帝に小細工は通用せぬ。だが……今度は……貴様の肉体をもらう………」
「俺の?フッ………愚か者が。自分の状況をよく見てから言うのだな。」
「状況だと?」
ふと周りを見る………………………………無い。影が無くなっている。それはヘラにとって絶望の告知。
「お前が他人の『影』を利用して肉体を変える事など当の昔に知った事。葵達は知らなかったかもしれんが…………残念だったな。」
無くなった影は、壁に張り付いたまま動かない。
「あ………あ……」
影が無くては葵の肉体に閉じ込められたまま。出口は無い。
「昔から俺は、お前みたいな傲慢な女が大嫌いなんだよ。」
絶対支配が振り上げられ、
「ま………待て……私を殺せば…………」
「黙れ。」
「ぶほっ……………」
とどめが刺さる。
「俺の女を手にかけた者を許すと思ったか。」
絶対支配を抜き、倒れる葵を受け止める。
「…………ヴァルゼ・アーク様…………」
「葵…………」
ヘラの魂は消え、葵が戻る。
「私がいながら………はるかちゃんも…………純ちゃんも…………」
「もういい。お前達はよくやってくれた。安心して眠れ。」
「………よかったぁ………最期に……褒められて………」
涙でヴァルゼ・アークの顔が霞んでいく。
「許せ。他に方法はなかった。」
「………ううん。感謝してます………だって……私の手でヴァルゼ……アーク様………を傷つけたくないから…………。どうか………インフィニティ・ドライブを手に……入れて………野望を………叶えて下さ……い………」
「葵………………」
自分の腕の中で命に幕を閉じた葵をそっと床に寝かせる。
「つくづく幸運に恵まれない男だな……俺は。なにもかも奪われて行く。」
葵の涙を拭ってやる。
いつも賑やかな仲間達。鬱に浸る暇さえないくらいだ。
そんな仲間達が次々死んで行く。
その十字架を背負い、魔帝は歩き出す。
「だが、ここまで来て泣き事は言わん。俺からなにもかも奪われてしまう前に、俺が全てを奪ってやる。」
何度…………何度同じ事を口にしてきたか。確実に進んでるはずの己の道。犠牲にしたものも少なくない。
「葵、純、はるか、翔子、ローサ………お前達の墓標には俺がなってやる。」
少なくないが故に、歩みを止めるわけにはいかない。
例え行き着く先が奈落とわかっていても。