第四章 −1
「久しぶりだなあ〜、買い物に来るのも。」
悪魔に休日なんて習慣はないが、戦いが再び始まるまで、息抜きくらいはしたい。
ローサは、一人街で買い物を楽しんでいた。
「でも、ちょっと買い過ぎたかな……」
両手を塞ぐ荷物を見て反省なんかをしてみる。
買ったものは服、服、服……………というのが女の定番だが、ローサは買い物の一割だけが服で、残り九割は様々な種類のコーヒー豆と、エスプレッソメーカー。金をかけるところが少し違う。
「ふぅ〜。買うものも買ったし、屋敷に戻ろうかな。」
行き交う人々が、ローサのあからさまな手荷物に目を見張って行く。
「え〜と、バス時間は…………ん?」
バス停の向こう、道路を挟んだ向こう側に蕾斗を見つける。
特に今は蕾斗に用事はない。
無視してもよかったのだが、過去で一緒に過ごした時の彼とは雰囲気が違う。暗いというか、思いつめた表情で歩く姿は、あの雨の夜の自分と同じ。
ほっとけるわけがない。
「…………………はぁ。しょうがないなあ。」
「食べなよ。」
ローサに差し出されたタコ焼きを爪楊枝で一つ取る。
「いただきます。」
腹は減ってないが、食べられないほどではない。熱いのはわかってるから、一口でいくような愚行はしない。半分かじり、そしてまた半分。
「ここのタコ焼きおいしいでしょ?うちの連中もお気になんだよね。総帥はタコ焼きよりはクレープの方がいいって言うけど。食べ物としては対極にあるから、比べるものが違う気がすると私は思うんだよね〜。」
浮かない顔の理由は出来るなら、彼から相談された方が楽でいい。
「……………………な、なんか暗いけど、羽竜君と喧嘩でもしたのかな?」
どうして自分が気を使わなければならないのか納得出来ない。
とは言え、声をかけたのはこっちなんだから、そんな事を言っても始まらない。
「そういうのとは違います。」
「じゃあ何かしら?お姉さんでよければ相談にのるわよ?」
「なんか…………」
「うんうん。」
「無常だなあって。」
「…………は?」
「どんな想いも、確実に伝わる事ってないのかなと。」
相談に乗るべきではなかったかもしれない。この手の話は、由利か美咲か那奈と決まっている。ローサには苦手分野だ。
「む、難しい事で悩んでんのね。お姉さん、びっくりしちゃったなあ。」
まさかキャンセルなんて無責任な真似は出来ないだろう。
持てる知識をフル活用して挑むしかない。
「過去に行って、未来の為にみんな命を削って戦ったのに、僕達の世界は未来の事なんか口先でしか考えてない。人の想いは人には伝わらない。そう思うと、なんだか儚くて…………」
高校生が悩む事じゃない。全く知らないフィールドへ引きずり落とされる。どこと無く、ヴァルゼ・アークを思わせる思想が垣間見えるからだろう。
「でもさ、私が言うのもなんだけど、人の世ってそういうもんじゃないの?」
「そうなんですよね。結局その一言に行き着くんです。もしかしたら、他の答えもあるのかなって考えたんですけど、僕にはわからない。だから、戦争すら宇宙の意思だって事も頷ける。人が生きるのはやっぱり偽りなのかと思えてしまうんです。」
「偽りもまた真実。総帥がよくおっしゃる事。深くて私には理解出来ないけど、蕾斗君の答えは、そこにあるような気がする。」
「偽りもまた真実……………あの人らしい言葉ですね。」
ヴァルゼ・アークの言葉だと聞いただけで、不思議とモヤモヤしてた気持ちが収まっていく。
「どう?少しは気持ち晴れた?」
「はい。」
返事と同時に腹が鳴る。
「あ……………」
「ふふ。カワイイわね。これ、全部食べていいよ。」
残っていたタコ焼きを蕾斗にパックごと差し出す。
「ありがとうございます。」
もう冷めてしまったから、遠慮なく口へ放り込む。
蕾斗のイメージからは想像出来ない姿に、唖然としてしまうが、やはり男の子なのだと思う。
「ふぅ〜〜、ごちそうさまでした。」
見事、数十秒で平らげた蕾斗の顔には、さっきまでの曇りはない。
ローサも満足だ。
「偽りもまた真実…………されど偽りは所詮偽り。惑わされてはいけませんよ。」
「ダイダロス!!何しに来たのよっ!!?」
「これはアシュタロト、いたいけな少年に嘘は感心出来ませんね。」
ダイダロスが不気味なオーラを纏い、ローサと蕾斗の前に現れる。
「嘘?別に嘘なんか言ってないわよ。あんたと違ってヴァルゼ・アーク様は物の理を知り尽くしてるのよ。」
「彼が偉大な事は認めます。しかし、だからと言って誤った事を言わないとは限りません。」
「それを証明する為に戦ってんのよ!」
ロストソウルと鎧を纏う。
「私と一戦交えるおつもりですか?アシュタロト。」
「あんたの狙いは蕾斗君でしょ?インフィニティ・ドライブを手に入れる為に来たのは周知の事実じゃない。」
「ローサさん、インフィニティ・ドライブは僕の遺伝子に組み込まれてる。それを手に入れる方法なんてないはずだから、心配いらないよ。」
アシュタロトになったローサの隣で、魔法を唱える準備をする。
「………あるのよ…………手に入れる方法が。」
ある。ヴァルゼ・アークもその方法を知っている。まだ明らかにはしないが、確実に手に入れる方法が存在しているのだ。
「蕾斗君、逃げて。」
「嫌です。僕も戦います!」
そう言った瞬間、ローサに腹を踵で蹴られる。
「ぐはっ!な、何するんですか!」
「私の蹴りもかわせないくせに、生意気言わないで!」
「今のは……!」
「勘違いしてるんじゃない?私も貴方の敵よ。」
「でも………」
「いいから早く逃げて!!足手まといなのよっ!!」
ローサの勢いに気圧され、その場から走り去る。
とりあえず羽竜のところへ行って、戻って来るしかない。
ローサの必死さは、彼女でもダイダロスに勝てない故のものだ。万が一があってはならない。
そう思って、ただひたすらに走る。
「あんたの相手は私がしてやるわ。」
「フフ…………今回は途中退場はお互いに無しですよ?」
「…………望むところよ。」
ロストソウル・神息を構える。
「言っておきますが、私の前でロストソウルの力は無効となります。お忘れなく。」
「千年前からこうなる事がわかってたみたいね。だからロストソウルもトランスミグレーションも、ダイダロス(あなた)の前では力を示さない。」
「私の方が上手だったようですね、オノリウスやヴァルゼ・アークよりも。」
ファイナルゼロを具現化する。
「まとめて相手するのは、かなりハードルが高いですから、一人一人殺して差し上げますよ。」
二人のオーラが相乗効果を生み、衝撃波となって周りの木や建物を吹き飛ばす。
買い物したものも全て。
「いいの?こんなに派手にやったら、すぐに総帥達が来るわよ?」
「ご心配なく。すぐに済ませるつもりですから。」
ローサは唾を吐き捨て、ダイダロスに仕掛ける。
だが、ローサの予想を反して、意外にもダイダロスは力技でファイナルゼロをぶつけて来た。
鍔ぜり合いにはならず、ダイダロスに打ち負かされ体勢を大きく崩す。
「くっ…………!」
もっと華麗に来るものだとばかり思ってたから、すんなり崩した体勢を立て直せない。
「フン………女狐が。」
ダイダロスの振るったファイナルゼロの太刀筋が見えなかった。生体反応と言おうか、防御反応と言おうか、無意識に左腕を出してしまった。
そして、ローサの腕が宙を舞う。
スローがかかったように、ゆっくりと地面に落ちる。何が起きたのかわからない。
痛みが…………やってくるまで。
「ギャアアアアアアアアアッ!!!!!」
轟くような叫び声が辺りに撒き散る。
「いい声をお持ちだ。女性の叫び声は堪らない。特に肉体を失う痛みの声は。」
「はぁ………はぁ………サディストめ…………」
「仕上げです。」
動けないローサの胸の上にファイナルゼロが現れる。
「させないっ!!ザ・サクリファイス!!」
残る力をダイダロスにぶつける。
「フフフ……………他愛もない。」
「そ………そんな………この至近距離で……」
爆煙の中、無傷のダイダロスを見る。
「万全の状態にあっても、私には勝てなかったでしょう。」
ファイナルゼロは、まだそのまま胸の上。
「嘆かないで下さい。最期なんてこんなものですから。それと、浄化はしないでおきますよ。お仲間への置き土産として。」
ファイナルゼロはローサの胸を貫いた。
「ククク………今日はこの変で退却しましょう。悪魔を一人、殺せましたから。」
満足の笑みを浮かべ、消えて行った。
「ヴァルゼ………アーク……様…………みんな…………ごめん……私……死んじゃう………」
悔し涙を流し、生き絶えた。