第四十四章 華麗なる一族(前編)
誰かが傍にいてくれるというのは心強い。葵とはるかが軍神であるアレス相手に善戦するのにはそういう理由があった。
「ほらほらほらほら!さっきまでの勢いはどうしたのよ!」
一度はコテンパンにやられた葵も、突風に吹かれた羽根のように優雅に動き回る。
はるかもまた細剣独特の強いられる動きに縛られる事なく、鋭角を描くような機微を見せる。
「見くびったか……」
算段が狂い、焦り始める。
「へへ。どんなもんさ。ケチョンケチョンにしてやるからね!」
負ける気がしない。アレスとは違い、はるかに算段なるものは皆無だが、確かな手応えは感じる。
千年前、数が敗因とはいえ天使如きに勝てなかった自分達が信じられない。ましてや敵は軍神。
アレスの白い鎧に映る自分の姿はか弱い女でも、悪魔の力を確実に受け継いでいる事をひしひしと実感する。
「悪魔というよりは融合種だな。」
「そういう事。人間と悪魔のね。人間の力も馬鹿に出来ないのよ。」
互いに睨み合う葵とアレス。もとい、サタンとアレス。
「劣悪な種族の融合が神を超えるというのか…………。」
「頂点は神じゃないもの。超える事は不可能じゃないわ。」
「そうそう。葵ちゃんの言うとおーり!つーわけでそろそろおあいそといきますか!」
おあいそって言うのは意味合いがしっくり来なかったが、伝わってしまったから乗るしかないだろう。
「はるかちゃん、首尾よくね!」
飛び出す葵の背中に、
「ヌフフフ。あいよ〜!」
オメガロードで宙に何かを描く。すると軌跡が光り輝き紋章のような………魔法陣と言い換えるべきだろう。が現れる。
「ビーゼムバーゼムデオラクダヌーア……………」
魔法陣に向かってはるかが呪文を唱える。
「くっらええ!!魔力超全開の色即是空ぅ!!!」
「こしゃくなっ!!ジャッカルカット!!!」
ぶつかり合う技と技。
そして、
「美しく散れッ!!百花繚乱!!!」
アレスの後ろから葵もまた百花繚乱を繰り出す。
「甘いわっ!!!」
挟み撃ちを当然に予想出来た。
高く跳ね上がって色即是空と百花繚乱が衝突、その隙にどちらか一方を倒す。
……………はずだった。
高く跳ね上がったまではよかったのだが、色即是空が魔法陣に変わり百花繚乱が魔法陣の中へ入った。
「何ッ!?」
疑問はすぐに打ち消された。
アレスの頭上に魔法陣が出現、アレスを直撃した。
「狙って…………たのか…………」
悟る。自己の終わりを。
「バ〜〜〜〜カ!」
はるかは舌を出して冥土へ送り出してやった。
主を失ったアレスの剣が悲痛な音を立て転がった。
「私達はヴァルゼ・アーク様の庇護を受けてるのよ、空間を操る術くらい心得てるわ。」
「ちょっちね!」
指で微量を表す形を作って葵におどけて見せた。
「せっかく決めたのに。」
ブーイングする。でも内心ははるかに感謝してた。彼女が来てくれてなかったら………アレスを倒せてなかっただろう。
22年もの間手を汚し続けた葵。いつの間にか自分の中に闇が棲み着いていて、誰かを頼るとか、信じるとか、愛するなんてなかった。でも今は闇に愛されたおかげで仲間に会えた。
頼れる仲間が。
「はぁ………でも疲れたぁ。噛んじゃうかと思ったよ。」
「噛んじゃえばよかったのに。」
決めゼリフを邪魔された仕返しをしてやった。
「ハア?ハア〜?なんか言いましたかぁ?ぜ〜んぜん聞こえませんけどぉ〜。」
「はいはい。次行くわよ。」
「何そのつれない態度は!助けてあげたのに!ねえ!葵ちゃ〜ん!」
「うざっ!」
「あ〜あ。言っちゃったよこの人。傷ついたね、私は。」
「冗談だって。ごめんね、感謝してるよ。」
「…………………ホントに?」
「もちろんです。はるか様には感謝感激です。」
「よ〜し!なら許す!」
堪え切れず二人して吹き出した。
葵とはるかがコントじみた事をしてると、つかつか歩いて来る者がいる。
気配を殺してるのか、足音だけは聞き取れるが特定するには至れない。
「葵ちゃん……………」
「わかってる………」
二人が再びロストソウルを構える。
やがて見えた姿は、
「純ちゃん!!」
はるかがそう叫ぶ。
「無事だったのね!」
葵もその姿に安心する。
はるかは嬉しいのか純のところに駆け寄る。
「よかったぁ!心配してたんだよ。怪我もしてないみたいだし、圧勝だった……………」
はるかの言葉が止まる。
「…………はるかちゃん?」
葵からははるかの背中しか見えない。時間が止まったように立ち尽くすはるかに声をかけたが応答はない。
理由はすぐに明らかになる。
はるかが崩れ落ちるように床に倒れた。
「は、はるかちゃん!!」
慌てふためく葵。倒れたはるかから血液とわかる液体が広がる。
「マヌケめ………………」
純がニヤリとした。
「純……ちゃん?」
葵ははるかと純に何が起こったのかわからないでいる。
言えるのは、はるかが死んでいるという事だけ。
気配を感じなくとも、見れば事足りた。
自分の意思とは無関係に、身体が震える。
純のロストソウルには、はるかの血がべっとりと付着していた。