第四十一章 High & Low
「葵ちゃん!!!」
一瞬にして葵のオーラが消え慌てて戻っては来たものの、葵の姿は視認出来ない。
はるかの視力が弱いわけでもなく、むしろ2.0といいほうだ。ちょっと見渡せば探し出せると思っていたのだが。しかし視認出来たのは崩れた天井と壁の山。
それと……………
「今度の気配は……アスモデウスか。仲間が心配で戻って来たか……。だが一歩遅かったな。魔王といえど、神に勝つ事など無理な話よ。」
軍神アレス。
「アレスッ!!貴様っ!!」
オメガロードを構え、フェンシングのように突きを繰り出す。
「やめておけ。神と悪魔とでは力の差は歴然。ヴァルゼ・アークが特別なだけよ。………とは言っても、奴も神の一人に違いはないが。」
はるかの攻撃を全てかわし、全くの余裕を見せる。
「黙れっ!!よくも葵ちゃんを…………!!」
冷静さの欠片もなく、ただ破壊神としてのはるかしかいない。
攻撃が通じる通じないは、もはや論じる的ではなくなっている。
「色即是空っ!!!」
問答無用で必殺技を浴びせる。
威力としては破壊神の名に恥じる事はない。
それであっても、アレスにはやはり通じない。
「くくく。無駄だ。」
色即是空が通じないとわかっても、怯む事なくアレスに向かう。
勢いよく向かって行ったが、足をかけられて瓦礫の方に転んでしまった。
「ハハハ。無様な。ヴァルゼ・アークが泣くぞ。」
ムカつきはするがアレスの言う通りだ。ヴァルゼ・アークが見たら呆れ返るだろう。
少しは冷静さを取り戻し、ゆっくりと立ち上がったその時、
「ひあっ!!」
何かが足首を掴んでいる。情けない声を上げたのはあくまでも条件反射と言うやつで、恐怖とはまるで別物。
「なっさけない声出さない。」
瓦礫を押しのけ現れたのは言うまでもなく、
「あ…葵ちゃん!!」
「イッタ〜……。死ぬかと思った。」
よろけながらも、はるかの肩を借りて立ち上がる。
「しぶとい奴だ。」
生きていた事にたいしてなんら文句はない。
怪我人が増えたところで何も変わらない。アレスはそう思っている。言わば自信だろう。負けないという。
「大丈夫なの?」
葵を支えながら身を案じてやる。
「大丈夫なわけないっしょ。ていうか何しに来たの?」
「何しにって……葵ちゃんに加勢に来たんじゃない。心配したんだからね。」
「ど−せ死んだとか思ってたんでしょ?」
「うっ………………ま、まあ、あの状況じゃ………あははは…………」
葵から目を反らして苦笑する。
「でも今度は二人だし、とっととアレスなんかやっつけちゃお!」
はるかは話をごまかすようにして強引に流れを変えようとする。
「二人がかりでも何も変わらん。ましてやそのロストソウルでは……戦えんだろう。」
アレスが指摘したのは柄の部分だけ残ったマスカレイド。
瓦礫に埋もれても葵は離さなかったのだ。
「ま、降参しても命はもらうがな。」
「残念でした〜。葵ちゃんと私が力を合わせたらとんでもない事になるんだから!べーっ、だ。」
舌を出して犬を追い払うような仕草でアレスを厄介払いする。いや、したい。
はるかの楽天的な行為に葵も失笑し、既に勝ちを確信しているアレスに、
「アレス、はるかちゃんの言う通りほんとに残念なんだけどさぁ……ロストソウルって…………」
葵はそう言って柄だけのマスカレイドを前に突き出した。
すると、まるで細胞が自己再生を行うように復元していく。
「…………バカな。」
呆気に取られるアレス。
「こういう事も出来んのよ。」
「へへん。悪魔をナメるなよ。」
してやったりの葵の隣で、鼻をピンッと指で弾いてはるかがにんまりする。
「バリオン物質か……!」
「そうゆ〜こと。私達の鎧もそうだけど、ロストソウルもね!ちなみに天使の使ってたイグジストもバリオン物質なのさ!」
「何っ?」
神であるアレスが知らなかったところを見ると、ミカエル達はイグジストがバリオン物質である事を隠していたらしい。
その気持ちもわからないでもない。バリオン物質はレアモノなんてものではない。それこそ視認出来る代物でもないし、どこにどういった形で存在するのかさえ明らかではないからだ。
神がイグジストがバリオン物質で構成されていたのを知っていたなら、有無を言わさず取り上げていたに違いない。
神という生き物は簡単に言えばわがままな生き物。全ての神がそうではないとは言え、事実である事に変わりはない。
「そうか………イグジストもバリオン物質で出来ていたのか。噂でしかないと思っていたのだが…………」
「バリオン物質は噂でもなんでもないのよね。確かに、質量も無ければ実体すら持たない物質なんて、確認のしようが無いから噂にしかならなかったんだろうけど。」
葵が復元されたマスカレイドを床に突き立て支えにしながら説明した。
「聞こう。確認出来るはずのない物質を、誰がどうやって見つけた?ダイダロスか?」
「イグジストやロストソウルを造ったのはダイダロスだけど、その前にバリオン物質を手に入れダイダロスに提供したのはヴァルゼ・アーク様よ。」
「ヴァルゼ・アークが……」
葵の言葉にまた驚く事はない。
予想はついてた。
ヴァルゼ・アークだけが唯一神々の中で重力や空間、時間を操作出来る。だとすれば、アレス達の知らない事、出来ない事をやってのけても不思議ではないだろう。
時間を凍結させ、空間を超重力で捩曲げたところからバリオン物質を見つけていたとしてもおかしくない。そういう場所にしか存在しない物質なのかもしれないし、その方が色々説明がつく。
実際、ヴァルゼ・アークの能力がどこまでのものかなんて誰も知らない。
神々が最初、インフィニティ・ドライブを巡る戦いに参戦しなかったのには彼を恐れる経緯があったからだ。
人間に記憶と能力を託したからと言って、魔帝そのものが復活したとは考えなかったのだ。
だが甘かった。葵やはるかを見ればわかる。見た目はか弱い女であっても、ひしひしと感じるオーラはアレス達が知る悪魔そのものであり、思考もそうである。
死の前兆。それがヴァルゼ・アークの通り名であって、彼に出会った者は死を予言されると言われていた。
「魔帝ヴァルゼ・アーク………奴を野放しにしたのが間違いだったようだ。」
「おもしろ〜〜い。神様も後悔するんだあ!」
野放しになってるのははるかの方かもしれない。さっきから茶化し放題だ。
「それじゃ、二回戦行きますか。めんどいけど。」
「降参するかあ?命はもらっちゃいますけどぉ〜。ねえ〜葵ちゃん?」
ニヤリと二人が笑む。
「ここで過去を悔いても始まらんか。くく………ザコが一匹増えたところで問題にはならん。来いっ!軍神の力、その身体に刻んでやる!!」