第四十章 天罰
戦い………という言葉はどこか男心をくすぐり、響きもすんなり体に浸透するような言葉だ。
しかしながら、決していい言葉だとは思わない。その原点は命のやり取りだ。
勝利を確信して戦いに赴くも、敗北して屍になる事の方が確率は断然高くなる。
矛盾するのは、生きて帰る事を前提に戦いに行くのに、死んでも勝ちを望む。
戦いという言葉の根底にどんな魔物が潜んでいるというのか?それは戦いに身を置いた者でさえ、生涯わかりえない。
神とて例外ではない。
「女の細腕でよく気張れるものだ。」
「褒め言葉どうも。」
軽く返したつもりだが、アレスの力の前ではあまりに非力。
剣の大きさは葵のマスカレイドの方が上なのに、刀のように細い刃なのにもかかわらず、打ち付けられただけで腕が痺れてしいた。
「しかしお前達も物好きな。戦いに勝ってもどのみちヴァルゼ・アークは宇宙を無に還すのだとか。くく。まあ悪魔ってのは気の毒な生き物だからな。それもまた運命か。くくく。」
「んなこと言ってるとヴァルゼ・アーク様の怒りを買うハメになるわよ。ヴァルゼ・アーク様は運命って言葉が大っ嫌いだからね。」
「それこそ気の毒というやつよ。運命に振り回されているのは奴の方だろう。」
「本人に向かって言いなさいよ。言えないくせに。」
「口の減らぬ………」
図星。神々がヴァルゼ・アークを恐れる理由は、重力や空間、僅かではあるが時間をも操る術を知っているから。
その力は強大だ。
千年前の戦いの時、神々は天使達にまとまって行動する事を指示した。結果的に数の少ない悪魔達は敗北、ヴァルゼ・アークは最後のあがきとして天使達を千年魔法で封印した。
仮に天使達が負けていたとしても、弱った悪魔を神々が狩る事で同じ結果が悪魔には与えられた。
何度も言って来た事だが、ヴァルゼ・アークは悪魔という種族は神や天使に勝つ事は出来ないと知っていた。
ま、そこらへんの事情はまた別の話だが。
葵は生きる事への執着もなければ、死への恐れもない。
死んでもいいとは思ってないが、意味のある死であるなら拒む理由もまた、ないと思っている。
面倒がり屋で他人に興味をあまり示さない彼女だが、意外にもストイックな面も持ち合わせている。
「いちいち説明すんの面倒だから一度しか言わない。ヴァルゼ・アーク様の望みは私達の望み。ヴァルゼ・アーク様とどこまでも命を共にするの。貴方達と違って上辺だけの薄っぺらい忠誠心じゃないのよ。Do you understand?」
「上辺だけか…………くく。否定は出来んな。神というのはお前が思う以上に厄介なシステムでくくりつけられている。忠誠なんてものは上辺だけで事足りる。」
「ホントにそう?」
首を微妙に後ろへもたれ、嘘を見抜くような視線でアレスを見る。
「どういう意味だ?」
「神族にはヴァルゼ・アーク様のように偉大な人物がいないだけなんじゃない?」
「…………ほう。面白い。ヴァルゼ・アークはそれほど偉大か?」
「偉大ってのもちょっと違う気もするけどね。信頼が出来るのよ。貴方達の主人とは比べものにならないわね。」
「ゼウス様が信頼に値しないと…………そう言いたいのか?」
「信頼出来ないでしょ?顔に書いてあるわ。」
葵は、神々の間には信頼感が0に等しいくらい無い事を見抜いていた。
「信頼感…………くく……くはははははっ!サタン……貴様の口から信頼感などと聞けるとは。変われば変わるものだ。しかし、主を信頼出来ぬからと言って、負けていい理屈にはならん。」
「どーせ狙いはインフィニティ・ドライブでしょ。そして自分が主神になる…………ぜ〜んぶ顔に書いてあって助かるわ。」
隙の無いアレスには真正面からぶつかって行くしか道はない。
「百花繚乱!!」
パラパラと浮かび上がる光が花吹雪のように辺りを包み、その一つ一つが刃物のようにアレスの鎧に傷をつける。
アレスに隙が出来る。そこを見逃さずマスカレイドを思いきり振り抜いた。
軌道は実に綺麗で、自己陶酔してしまいそうになったほどだ。
「やるな。だが………甘いっ!!」
マスカレイドを紙一重で回避して、カウンターを浴びせるように剣ではなく手の平から闘気を放った。
ほとんど葵の腹に触れた状態まで近づいてからの一発。葵の鎧は部分的に破損して後ろへ飛ばされる。
「キャアアッ!!イタタタ…………」
致命傷にはならなくて済んだものの、ダメージとしては十分だ。
「さあて、いつまでも戯れる気はない。早々にケリをつけよう。」
やっぱり刀か?と思う構えを取る。つまり、剣道特有のあのスタイルで構えているのだ。
予想される攻撃を迎え撃つ為に、葵も構えを取ろうとするもふらついて安定して立てない。
(やばっ………このままじゃ……)
どっと汗が噴き出る。
「魔王サタンよ……消え失せろっ!!ジャッカルカット!!」
縦に振り下ろした後、すぐに横に一文字に振り抜く。
その十字の中心に向かって最後、一気に突いて波動を放つ。
「チッ………」
舌打ちをしてアレスの技に耐える。全身に力を入れるという行為自体あまり好きじゃないのだが、そんな事も言ってられない。
十字を受け止め流れる波動の威力に絶対的な力の差を感じる。
そして信じられない事に、マスカレイドがみるみる砕けていく。
「マジ…………?」
他に凌ぐ手段はない。
堤防を失った川の氾濫のようにあっさりと波動が葵を飲み込んだ。
轟音と共に城が振動し、柱が倒れ、天井と壁まで崩れ落ちた。
「くくく。神を冒涜した罪とその裁き。これを、俗に天罰という。」