表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/93

第三十九章 アンバランス

「ねぇ、景子いないんだけど?どこ行ったの?」


はるかが景子がいない事に気付いた。


「ほんとだ。いないね。お〜い!景子ちゃ〜ん!」


葵が声を出して呼んでみるが応答はない。

全員が足を止め来た道を振り返るも、水面に波一つ立たないように静かだ。


「まさか………敵に襲われたとか…………」


「それはないわよ。私達に気付かれず景子だけ連れ去るなんて。」


那奈の不安は的中しない事を愛子が言う。

屋敷で由利との会話を聞かれたかもしれない。聞いていただろう。あの会話だけから真相を見抜くのは困難だが、あの時の景子の様子は…………


(………勘がいいから……あの子。)


 愛子には確信がある。景子は自らの意志で自分達からな離れたのだと。


「何考え込んでるの?」


千明が顔を覗き込んできた。


「ううん。なんでもない。景子の事はほっときましょう。」


愛子が言うと、みんな頷く。

景子一人に時間は費やせない。どうでもいいわけじゃないけが、勝手に行動してるだろう者に甘い顔は出来ない。レリウーリアの掟だ。

掟とは言っても、ヴァルゼ・アークが決めたわけでもなければ由利が決めたわけでもない。これは彼女達が自分達で決めたもの。誰が言い出しっぺだったかは定かではないが、いくつかあるレリウーリアの掟………と言うよりは決まり事である。その決まり事を破る事は許されない。

ヴァルゼ・アークと由利から言わせれば、「難儀な事を……」と「貴女達がそうしたいのなら……」だそうだ。


「待って!」


不意に絵里が叫び、


「来たわよ。神様が。」


と続けた。

 高い天井にもやがかかったような怪しげな物体が現れ、次第に人の形を成す。

人の形を成したそれは、明確な存在感を示すまで差ほど時間はかからなかった。


「軍神………アレス!!」


千明の背中に汗が落ちる。


「悪魔も随分華やかになったものだな。」


白く短い髪に青い瞳。軍神の名に恥じない筋肉質な肉体。

一切の武器をも通さない肉体を守るように、自前の髪と同じ真っ白な鎧を纏っている。

しかしながら、腰には軍神からは想像もつかない細く長い剣を携えている。


「これまた会いたくない奴が出て来たもんね……」


「ご挨拶だな。その気配は………サタンか。」


葵は肩をすくめ、


「ほうら、みんなはさっさと行って。こいつは私が面倒見るから。」


「わかった。気をつけてね、戦いの実力は神族の中でも一番よ。」


那奈が葵を見ずに言った。

その後で愛子と視線をかわして互いに頷いた。


「副司令のところまで突っ走るわよ!」


那奈が走ると、純を残して来たように全員走り出した。


「俺をたった一人で相手するのか。見上げた根性だ。」


「大きなお世話。ダイダロスの手下に成り下がった人に言われたくないねっ。」


「フハハハ。俺がダイダロスの手下になっただと?」


「違うの?」


「俺が奴に手を貸すのは、俺にもまた事情があるからだ。利害関係が一致すれば相手が例え貴様達でも協力するさ。力だけで戦場は生き抜けん。自分を利用させるように見せ掛けて、自分も相手を利用する。戦略に際限はない。緻密な戦略があってこそ勝利を収められる。俺が軍神と呼ばれるのは、力だけで勝利を勝ち取るわけではないからだ。」


「別にあんたの事なんてどうでもいいんだけどぉ。なんつーのかなぁ、面倒臭いんだよ。殺るなら早く殺ろうよ。」


葵がマスカレイドを抜いて、手元でくるくると器用に回転させ片手で下段に構える。


「女と言えど魔王。相手にとって不足はない。」


鞘から刃のこすれる音と共に刀のような剣を抜く。西洋剣の幅を狭くしたような剣は、ギラリと鋭い光を放った。







アレスを葵に任せてから少し行ったところで、急にはるかが立ち止まる。

前を走っていた絵里がそれに気付いた。


「はるか?」


合わせて愛子達も立ち止まる。


「…………ごめん、私やっぱり戻る。」


やっぱりと言うことは何やら考え事をしていたように思える。


「何よ急に。」


つっけんどんに絵里が返す。

はるかが何を言ってるのかわからないからだ。


「葵ちゃん一人じゃアレスには勝てないよ。だから私も加勢してくる。」


「はるか…………」


絵里は自分を責めた。ローサの仇を討ちたい。それしか頭になかった。今を戦ってる仲間の事を忘れていた。

なんとかなる相手かどうかなんてわかりきった事なのに。

愛子も千明も那奈も、はるかに言われ己を恥じた。


「お願い!行かせて!」


美咲も助けたいが、葵に万が一があっては元も子もない。


「くすくす。止める理由はないわ。その変わり、必ず勝って来なさい。アレス一人にレリウーリアが二人掛かりなんだから、負けたなんて話にならないわよ?」


「千明ちゃん……ありがとう。」


「礼を言う必要はないわ。くすくす。正々堂々なんて悪魔には似合わないものね。」


千明に異論を唱える者はいない。

はるかは来た道を引き返す。


「私達は先を急ぎましょう。」


そして再び那奈が促す。


「生きて………生きて戻れるわよね、私達………」


珍しく絵里が弱気になる。


「生きて戻っても、総帥は全てを終わらせるつもりよ?ここで死んでも同じだけど、でも…………総帥が野望を叶えるところ、見てみたいわよね。」


愛子は同意を求めたわけじゃない。気持ちはみんな同じ。自分達を救ってくれたヴァルゼ・アークに最後の最後まで尽くすだけ。身も心も捧げると誓ったのだから。


「全てを終わらせる前に頑張ったご褒美はもらわないとねぇ。くすくす。」


意味ありげに千明が笑った。


「千明はHだから。」


絵里も意味深に笑う。


「あら、私は変な意味で言ったわけじゃないわよ?絵里こそ、良からぬ想像はおやめなさい。」


いつもならここで喧嘩になるところだが、今回は二人とも笑って済ませた。きっとまた喧嘩出来る日は来るだろうから。


「どっちもどっちよ。」


肩をすくめて苦笑いを浮かべたのは愛子だった。


「そんな事言って一番Hなのって、愛子じゃないの?」


那奈に冷やかされ真っ赤になる。


「ば、ばかじゃないの!みんな一緒でしょ!」


「それって認めたって事かい?」


絵里も冷やかす。

しどろもどろの愛子を尻目に三人は走り出した。


「ま、待ってよ!」


人として生きる事に絶望し、人に絶望していた日々。ヴァルゼ・アークに救われなければ自ら命を絶っていただろう。悪魔になって後悔はないはずだった。

そんな彼女達が、今は人として生きる事を望んでいる。

彼女達のやり取りを、ダイダロスは不気味な笑みを浮かべ黙って聞いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ