第三十六章 芸術は時を語りて愛を生む(後編)
「こんな時間に呼び出したりして一体何の用事?」
現在真夜中の12時。高校生の私が寝る時間にはまだ早いけど、出歩くには遅すぎる。
連絡をして来たのは羽竜君だったけど、用事があるのはジョルジュらしく近くの公園……私が初めてフラグメントを拾ったあの公園に呼び出された。
羽竜君はいない。なんでも二人で話をしたいんだとかで。
「済まない。だが蕾斗の件もある。ぐずつく暇がないのと、今のうちにあかねに教えておかねばならない事もあってな。」
そう言ったジョルジュとの会話。事は地上に白い霧状の生き物が出現する二日前に遡る。
「教えておきたい事って?」
「その前に、お前は本当に最後まで付き合うのか?」
「最後まで?」
「ダイダロスを倒し、ヴァルゼ・アークを倒すまで。それまで羽竜と共に戦うつもりなのかと聞いている。」
何をいまさら。と言ってやろうかと思ったけど、あまりに真剣に見つめられるのでやめた。
「そのつもりですぅ〜!んもうっ!何が言いたいの?はっきり言って!」
「エアナイトの最後の奥義を伝授してやる。」
「エアナイトの………奥義?」
そんなものがあるなんて初耳。
「急にどうして?」
「あかね、お前には死んでほしくない。もちろん羽竜も………蕾斗もだ。しかし、羽竜はまだしも、今のあかねでは生還するのは…………」
「………ジョルジュ。」
「もし、あかねが戦いから身を退くのなら、羽竜も何も言わないだろう。出来ればそれが一番だと思う。だからあえてもう一度聞く、最後まで戦いぬく覚悟はあるか?」
死ぬなんて事を考えたら、そりゃまあ怖い。だからと言って、怖いからやめますなんて言えない。言わない。
私は………
「戦う。羽竜君とジョルジュと一緒に。蕾斗君を連れ戻して、そしてダイダロスを倒してレリウーリアも倒して世界を救うのよ。私は……逃げない!」
そんなに精悍な顔付きはしてなかったと思う。半分以上は不安げな表情だったんじゃないかな。
そんな私の表情を見たジョルジュは、フッと微笑んだ。
何を思ったのかは知らないけど、優しい瞳だった。
「そうか。ならばもう二度と聞くまい。」
「で、奥義っていうのは?」
なんにせよ、早く帰らなければまたうるさく小言を言われる。
技のやり方だけ聞いたら帰るつもり。だった。
「構えろ。」
「え?」
「ミクソリデアンソードで防御の姿勢をとれ。」
「何よ、防御って。」
「手取り足取り教えてる時間はない。私が技を仕掛ける。あかねは未来を読み取って一瞬で覚えろ。」
「無理よ!一瞬で見て覚えられるほど簡単なわけじゃないでしょ?」
「技なんてものは、コツさえ掴んでしまえば他愛もない。私と同じエアナイトであるあかねなら、見ただけでも会得出来る。さあ、構えろ。」
本気だ。本気でそのエアナイト最後の奥義を仕掛けてくる。
ジョルジュがパラメトリックセイバーを手にして、オーラを高める。冗談を言うような人じゃないから、全身全霊の一撃を繰り出してくるはず。
なら私も全力で対応するだけ。どうなるかはわからないけど。
ミクソリデアンソードを横にして正面で構え、エアナイトの能力を全開にする。
「一回だ。たった一回で身体に刻め。行くぞ!」
…………見える。ジョルジュの一秒にも満たない未来が、動きが見える。
それも途中まで。蜃気楼のように歪んだジョルジュが見えた時には、私は吹き飛ばされて地面に叩き付けられた。
痛い?痛さを感じるのはその瞬間よりもう少し後よ。思わず「痛っ!」とか言う時もあるけどね。
「私があかねに教えてやれる最後の技。エアナイトとしての最後の指導だ。」
何言ってるのかよく聞こえないけど、来るってわかって全力で防いでもこの威力。すごい。
ゆっくりと状態を起こした私に、
「無声両唇摩擦音。私が編み出したエアナイトの最後の砦だ。」
その意味はなんとなくわかった。無声両唇摩擦音………きっとダイダロスにも通用するくらいの技だ。当たればの話だけど。
万が一にも当たれば大ダメージは必至じゃないかしら。最後の砦。つまり、この技が効かない相手が現れたら、私はそれまでって事。
「それと言い忘れたが、エアナイトの空気の流れから未来を読む能力の最大の特徴は、相手の攻撃を防ぐ事でも回避する事でもない。」
ならなんなのよ。
「エアナイトの能力の最大のメリットは…………カウンターだ。」
カウンター?
「相手の攻撃に合わせて無声両唇摩擦音を当てる事が出来れば、神と呼ばれる輩ですら命はあるまい。」
「………そこまでの技なのに今まで教えなかったっていうのは………」
「強力過ぎる為、肉体にかかる負荷は想像以上だ。故に、集中力に支障をきたす。一回限りとまでは言わないが、集中力の切れたところに逆にカウンターを浴びればお前の命が危うくなる。いや、死ぬだろう。そういう技だ。」
だからか。繰り出す事は出来ても、使い熟せる技ではないという事。だから……私には危険過ぎて教えたくなかったんだ。
ぼーっとする頭を横に振り立ち上がった。そんな私に、
「……………生きろ。お前にも羽竜にも蕾斗にも、希望に溢れた未来がある。運命が最初から決まっているものだとしても、精一杯今を生きろ。」
深い想いはありそうだったけど、それを読み取るのは今の私には無理だった。
でも、彼の私達を想う気持ちは、濁りのない清水のようだった。