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第三章 心の闇 〜ある雨の夜〜

世の中って、嫌な事がたくさんあり過ぎる気がする。

ハーフってだけで色眼鏡で見られるし。父はイタリア人、母は日本人のハーフ。生まれと育ちは日本。実際のところ、イタリア語なんて話せない。だからそんな特別な人間じゃない。学生の頃だって、優等生ってわけでもなかったし。

私の名前はローサ・フレイアル。22歳。書道家やってます。

名前が外人ぽいから、驚かれたりはするけど、生粋の日本人。

この時は、自分が悪魔に見初められるとは思わなかった。


「ローサちゃん、師範がお呼びですよ〜。」


「は〜い。」


ちゃん付けされてるが、立場は先生と生徒。生徒の方が母親くらいの歳なだけ。先生と呼ばれないのはそういう理由もあるのだろう。親しみがあって嫌いじゃないのだが、師範からはけじめをつけるようによく怒られているけど。

小綺麗な身なりの生徒からの伝言を受け取り、師範の部屋まで行く。

有名な書道家なので、部屋から部屋までがとにかく広い。

書道のブームってわけでもないのに、生徒数は300を超え、先生の数も15人と大所帯の家元だ。

その師範がお呼びとあれば、まあ結構な用事だろう。


「失礼致します。ローサです。」


「入りなさい。」


襖の向こうから歳を重ねたとはっきりわかる声がする。師範だ。師範は女一つでここまでやって来た人間だから、礼儀作法に関わらず、とにかく厳しい。

私は正座したまま襖を両手を添えて開ける。

師範の部屋に入り、襖を閉めてから、また頭を下げる。


「私をお呼びだそうで。」


「ええ。そう堅くならないで。」


こういう切り崩しから話が始まる時は、『いい』か『悪い』かはっきりしてる時だ。


「実はね、今夜パーティーがあるの。」


「パーティー………ですか?」


「そう。そこで私の作品がいくつか飾られる事になって、お誘いが来たんだけど、貴女変わりに行ってもらえないかしら?」


「私が?」


「今日はどうしても都合つかなくて。とは言っても行かないわけにもいかないのよ。そこで、他の人を行かせるより、まだ若い貴女に経験の意味でもお願いしようかと。」


「はぁ………構いませんけど………私で師範の代理が務まるでしょうか?」


「大丈夫よ。適当に挨拶してればいいんだから。」


師範は厳しいだけじゃなく、時折ざっくばらんな一面も見せてくれる。確率は低いけど。


「わかりました。行かせて頂きます。」


「よかったわあ。じゃ、今夜6時にプリンスホテルに行ってちょうだい。あ、政財界のトップばかりだから、身なりはきちんとね!」


「はい。かしこまりました。」


初めは、一人暮らしの暇つぶしのつもりだった。お偉方のパーティーってのにも興味あったし。今考えれば浅はかだったと思う。やはり身分相応に生きなければならなかったのだ。

それを思い知るには、デカすぎる代償を払わされた。

















師範に言われた通り、6時ぴったりにプリンスホテルについた。一流ホテルらしく、ベルボーイの対応は紳士的で気持ちのいいものだった。


「ありがとうございました。」


会場まで案内してくれたベルボーイにお礼を言って、来客名簿に家元の名前を記載する。


「中は立食になっております。」


無愛想な受付けの女性に軽く頭を下げ中に入る。

そもそも、何のパーティーなのかもわからない。受付けが無愛想なくらい気にもならない。


「わ〜お………」


着物を着て来て正解だった。会場にいる女性の多くはウエディングドレスみたいなものを着ている。


「さすがにああいうのは持ってないなあ。」


仕事柄、着物はたくさん持っている。高価のものもいくつかは。でもやっぱりドレスには憧れてしまう。

会場内を見渡すと、師範の書が飾られてあり、それに魅入る人達で溢れている。我が師ながら、その偉大さに改めて感心する。


「きゃっ!」


「おっと、失礼!」


ボーっとしてた私に男の人がぶつかって来た。


「大丈夫ですか?おケガは?」


華奢な線の細い身体はしているものの、育ちの良さが漂ってくる。タキシードを着こなす辺りがそう印象付けた。


「あ、大丈夫です。私の方こそぼんやりしてたものですから。」


「僕の方こそ、つい貴女に見とれてしまって……」


「え…………あ、あは。そんな………」


こんなベタな口説き文句に照れてしまうとは迂闊………。


「照れた顔も素敵ですよ。」


爽やかな笑顔で、これみよがしに口説いてくるところを見る限り、遊び慣れているのがわかる。それでも、男の人と付き合った事がない私には、この感覚は新鮮以外の何者でもない。


「そうやって他の女性も?」


堅苦しい人達の集まりだとばかり思い込んでたから、緊張が一気に解れていつもの自分に戻れた。

その後はお決まりのコースだった。パーティーを儀礼的に済ませ、ホテルの彼の部屋まで着いて行く。

少しお酒を飲み、談笑して、男と女………になるはずだった。


「ようやく目を覚ましたみたいだな。」


目を覚ました?目を開き、私は愕然とする。

手足を手錠で塞がれ、下着姿にされている。


「………………………。」


恐怖感で声さえ出ない。だって……………四人増えている。男が………。


「それにしても極上の女じゃないか。よくお前なんかに落とせたな。」


「冷やかしはやめろよ。俺だってたまにはやるさ。」


何の会話かわからない。ただ、これから何が行われようとしてるのかは…………聞くまでもなかった。


「ど〜れ、脱がしちまおうぜ。」


初めて見る男の手が上を簡単に外し、下を………力任せに破った。

ここまでされても声が出ない。


「おいおい、少しは楽しめよ。」


カメラが回されている。最悪だ。

肢体を触られ、舐められ、叩かれもした。男達は服を脱ぎ、代わる代わる私で快楽を得る。

何が起きてるか認識出来ているのに、ただ成すがまま……。

















あれから一ヶ月経った。忘れたくても忘れられない。誰にも言えない。あれがなんだったのかさえわからない。

苦しみから逃れるには、自ら命を絶つしかない。

そう考え、ある雨の夜、私は傘も挿さず街へ出た。

意識ははっきりとはしていなかったと思う。悪夢にうなされる毎日から離れられればそれでよかった。

誰もいない歩道橋の上に来た時、雨は勢いを増した。

打ち付ける衝撃が痛みを伴い、流れてる涙を吹き飛ばす。


「ううぅ…………」


脳裏に深く刻まれた悪夢が、私をまだ苦しめている。もう死ぬというのに。

どれだけ苦しめれば気が済むのだろう。私は何一つ悪い事してないのに。傷ついただけなのに。一秒足りとも頭から離れない。

歩道橋の手摺りに裸足で上がる。私を跳ねる車には悪いが、確実に死ねるタイミングで落ちさせてもらう。別に化けて出ないから許して。

ヘッドライトが見えた。運がいい事に大型のトラックだ。

死ねる。


(お父さん、お母さん、おじいちゃんもおばあちゃんもお兄ちゃんも…………ごめんね。)


トラックから目を離さない。後少し………タイミングを見計らい、飛び降りる…………つもりだった。声がかからなければ。


「死ぬ事に反対はしないが、他人を巻き込むのには反対するよ。」


罪悪感と共に振り向くと、黒ずくめの服装の男が立っていた。


「…………………邪魔しないで。」


「邪魔をしようなんて思ってない。見届けてやるよ、君の死を。」


なんて闇の似合う男なのだろう。まるで闇を従えてるように見える。


「どうした?怖じけづいたか?」


トラックが通り過ぎて行った。


「………貴方のせいでチャンスを逃したじゃない。」


「死ぬ事にチャンスなんて無いさ。人間だけだ、自分で自分を殺そうなんて考えるのは。」


厳しい視線で私を見てる。


「フッ………変な人。自殺しようとしてる人間を見て、騒ぐわけでもなく、説得するわけでもないなんて。」


「死にたくなるほどの絶望を感じてる奴に、死ぬなというのは酷だろう?」


「……………………なら、どっか行ってよ。見届けなんていらないから。」


男は意外な行動を取った。両手を広げ、私を待っているのだ。


「俺がお前を助けてやる。」


「!!」


身体を電気が走った。そして、気付いた時には男の胸に顔を埋め泣いていた。


「…………泣くといい。泣いて………泣いて………深く眠れ。誰にも邪魔はさせないから。」


泣いて…………泣いて…………泣いた。激しい雨音にも負けないくらい声を上げて………泣いた。汚された身体を洗うように。深く眠るまで。

















「う……う〜ん………」


目を開けるのを一瞬躊躇った。眠った記憶がない。あの時と同じだ。

耳を澄ませ、周りを確認する。

誰もいないようだ。

私は勇気を振り絞り、祈りながら目を開けた。


「こ………ここは?」


見慣れない空間に驚いた。薄暗い空間で、いくつかの蝋燭が揺らめいている。


「………死んだ……の?」


「死んでなどいない。お前は選んだんだ………生きる事を。」


蝋燭が続く先に、私を抱きしめてくれた男がいた。


「貴方は……………」


「魔界の神よ。」


大きな玉座に足を組んで座る男の隣にいる、冷たい視線の女が喋った。


「魔界の神?」


普通なら変な宗教か何かだと思うのかもしれないが、不思議とそういう気持ちにはならなかった。


「魔界の神様が私に何の用ですか?」


「お前にチャンスをやろう。」


「チャンス?」


「再び死を望むか…………俺達の仲間となり、新たな世界の住人となるか。選ぶがいい。」


やっぱり宗教か。とはやっぱり思えない。言葉には出来ないが、何かがそう思わせる。


「貴方達の仲間になって、私にメリットはあるんですか?」


「悪魔の力を授けてやる。」


「私に悪魔に成れと?」


「お前を弄んだ奴らを消し去る事も可能な力だ。」


知っている………なにもかもお見通しってわけだ。


「悪夢から………悪夢から私を解放してくれるの?」


涙が流れた。あんなに泣いたのに。

魔界の神はニコリと微笑み頷いた。


「わかりました。信じます。貴方の言葉。」


私の返事を聞くと、冷たい視線の女が歩み寄って来て、黒く光る石を差し出す。


「これは………?」


「強く念じなさい。」


冷たい視線の女に言われるがまま、黒く光る石を握り、強く念じると、暗闇の中へ堕ちた。




「お前が私の力を継ぐ者か。」


女の低い声だけが暗闇に響いた。


「誰?」


「私の名は戒律王アシュタロト。」


「戒律王………アシュタロト?」


「そうだ。……さあ、名を答えよ。」


幻じゃない。私は確かに暗闇だけの空間にいる。


「………ローサ………ローサ・フレイアル。」


「ローサ……………私を受け入れよ。私と一つになるのだ。」


今まで苦痛だった悪夢が消えていくような感覚に捕われる。

きっと、戒律王アシュタロトの存在感に比べれば、悪夢など塵と同じ。気にする価値もない。


「受け入れるわ。戒律王……アシュタロト。」


瞬間、身体に強い痛みが走った。


「私の力はお前のもの。ローサ、お前を弄んだ奴らに復讐するといい。感情のままに。お前にはそれが許される。」




 そして、元の場所へ戻った。


「受け入れたか、アシュタロトを。」


わかる。目の前の男、魔界の神と冷たい視線の女が誰なのか。


「ジャッジメンテス様…………ヴァルゼ・アーク様…………」


「ローサ、俺を愛せばいい。お前の汚れが消え去るまで、俺を愛せ。」


永遠に消え去る事のない汚れ。そのおかげで、私はヴァルゼ・アーク様を永遠に愛せる。


「ありがたき幸せ。」


知らぬ間に何人か女が両脇に並んでいる。

認められたのだ。仲間と。


「悪夢は嘆くに値しない。」


ヴァルゼ・アーク様が微笑んだ。


「ヴァルゼ・アーク様、貴方の為だけに、この身も心も捧げましょう。」


私は魔界の住人となった。


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