第三十六章 芸術は時を語りて愛を生む(中編)
一撃一撃は、あのペチャパイ女よりも強打ではなかった。
え?ペチャパイ女って誰の事かって?それは言うまでもなく、妙ちくりんな『ですます口調』のお子様悪魔の事よ。
ミューズの武器はムチだった。どこからどう見ても私達が普通に認識出来るムチだ。
「エアナイトと言うだけあって、私の攻撃は先読みされてしまうのですね。」
どーせ本気なんか出してないくせに。いやらしい。パターンとは言え、毎回似たような会話に付き合うのもそろそろうんざりしてきたな。いっそ必殺技で片付けてみよう。うん、それがいい。
かくして、戦闘能力という面では、私より劣るだろうミューズに対して一撃必殺をお見舞いしてやる事にした。
「そう思うのなら、おとなしく降参したらどうです?」
一応神様なので、粗末には対応出来ない。なんとなく。
続けて私は、
「ドミナント・セブンス・スケール!!」
放った技がミューズに直撃するまで時間はかからなかった。
「キャアッ!!」
絶叫を上げ壁に思い切り背中をぶつけた。それはかろうじてドミナント・セブンス・スケールを防いだ事も示唆する。
戦闘には不向きなドレスを纏ってのモーションは、予想通り限られた動きしか出来ず、防御にも隙を与えていた。
「芸術の神様は芸術だけを気にかけてたらいいんじゃない?」
たまに強気な言葉が口を突くのは、多分レリウーリアの影響に違いないと思う。
女性としては魅力ありありの軍団ですから。だって、美しく、聡明で、ボキャブラリーにも溢れ、そして強い。自信に満ち溢れるのもわかる気がする。悪魔に憧れるわけではないけれど、魅力を感じずにはいられないでしょ。
「ふふ。あかね……でしたね?芸術というものは尊いものです。気にかけていればいいというものではないのです。まだ若い貴女には縁遠いものでしょうけど。」
思ったよりダメージはないみたい。しならせたムチが私を襲う。
エアナイトの能力をフルに使えば神様だって怖くない。そう思うのは、少しばかり驕りだったかも。
私が未来を読み込むよりも早く、ミューズのムチが頬を掠めた。これは軽い挨拶みたいなものだろう。ムチはまたミューズの元へ戻る。
「教えてあげましょう。戦いにも芸術が存在すると。」
「………………。」
特に言う事なんてない。要するにいたぶるつもりなんだ。
「神様に逆らうとね、ただでは済まないのよ。」
また、見えないムチが私の腕を掠めた。
「………っ!」
エアナイトが万能だとは言わないけれど、唯一無二の能力に頼れないのは痛い。
その攻撃を皮切りに、何度も私をミューズのムチが打ち付ける。
服はボロボロになり、おびただしい数の赤い傷が現れた。
傷痕、残らないといいけど。
「あはははは。ぞくぞくしますねぇ。」
私の肢体を這う血液に興奮してるようで、微笑んでた顔が次第に醜くなっていく。
「本性現したわね。芸術なんて名ばかりのただの拷問好きなんでしょ?神様が聞いて呆れる。」
「顔に似合わず強気な性格をしてるのね。あかね………」
「みんな必死なの。地上を救う為に。私だけ弱気じゃいられない。」
「そう。でもその方がなぶり甲斐があるというもの。」
もう否定はしないらしい。
考えてみれば、芸術の神様なんていらないと思う。芸術ってさ、決まった材料・様式・技術によって美を追求し創造する事。そしてそれは、人々の共感を獲られなければ独りよがりなのと同じ。そんなものを象徴する神様がいる事自体ナンセンスだと思うの。
極小数ではあるけど、拷問という愚行に美を追求する人達もいるけどね。
でもそれは芸術とは言わない。
「ミューズ、私は芸術の事はあまりよく知らないけど、これだけは言える………」
うん。間違いなくこれだけは………。
「何かしら?」
「貴女の存在は意味が無いわ。」
ぴくりとミューズの眉が動いた。
「芸術って人々の心を癒すもの。拷問を芸術と呼ぶ貴女は、芸術の神を名乗る資格はないわ!」
「ふふふ。なるほど。私には神たる資格がない。そう言いたいのですね?」
だからそう言ってるってば。
案外打たれ弱いのかな?精神的にはかなり効いてるみたい。
勝利を確信するって、こういう時の事を言うんだ。この際、見えないムチは恐れるに足らない。
「ここで無駄に時間を費やすわけにいかないの。」
「でもあかねの技は私には効かないわ。」
待っていた。と言えばこれもやはり驕りかな?
だいぶ傷は負ったけど、いい機会だ。試す価値はある。
「芸術を語る資格が無い事を教えてあげるっ!」
ムチの軌道は相変わらず読めないけど、多分ここがミューズの限界なんだと思う。彼女の言動から私はそう読んだ。だから言ってやった。
「芸術はその時代を反映したもの。人々が語らずとも十分にその価値を示してるわ!」
そして私が試したい事、それは新たな必殺技。その名も、
「無声両唇摩擦音!!」
ジョルジュから伝授された最後の技。その名を力いっぱい叫んだ。
「おぉ…………私の…私の身体が…………」
無声両唇摩擦音によってミューズの肉体が塵となる。
「嫌だ………私はまだぁぁ…………っ!!!」
「すごい………これがエアナイトの奥義………無声両唇摩擦音!」
自分で発動させた技に身体が震えていた。
呆気ない幕切れとは言え、収穫はあったのだから良しとしなければ。
さよなら、ミューズ。戦いに芸術を求めた時点で、貴女は戦いから身を退くべきだった。