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第三十三章 心の闇 〜欲しかったもの〜

「暗くてなんだか気味悪いのよ。」


「そう言うな。ほんの二ヶ月預かるだけだから。」


「そうは言ってもねぇ……」


「我慢してくれ。一応世話になった人の娘なんだ。」


「でも私達だってそんなに裕福じゃないのよ?上の子だって受験控えてるのに。他人の子供を預かるのは……」


「せめて一ヶ月は耐えてもらわないと困る。面子というものもあるからな。」


「いい迷惑だわ。」


もう何回聞いただろうか。私を否定する言葉を。

私だって望んで世話になるわけじゃない。施設に行けと言われれば、おとなしく行くのに。

中間翔子。それが私の名前。 両親は私が七歳の時、事故で死んだ。以来、親戚や両親の友人の間をたらい回しにされ現在にいたる。

年齢は二十二歳だから、独り立ち出来なくもないのだが、周りがそれを許さない。

理由は一つ。両親が残してくれた遺産だ。どのくらいの遺産かは知らない。小学生だった私は両親を突然失い、間もなく親戚に引き取られた。

ただ………私は両親を亡くしたショックから自閉症になり、他人とコミュニケーションがとれなくなった。

学校でもいじめられ、何かと誤解を受けては引き取った親戚などに迷惑をかけた。

だから私はどこへ行っても厄介者でしかなかった。

普通、私のような状況になれば、施設へ容れられるのが常識なのだが、何故かそれがなかった。

二十歳になった頃、たまたま叔父と叔母が話してるのを聞いた。莫大な遺産があると。

誰がそれを管理してるかはわからないけど私を引き取ると、日数に応じてお金が振り込まれるらしい。そんなに裕福な家ではなかったはずなのに。

そういう理由から、独り立ちしたくても必ず誰かが接触して来ていらぬ世話をされる。

迷惑な話だ。

自閉症な私だが、他人にいいようにされるほど殻に閉じこもってはいない。

コミュニケーションがなかなか取れない私が選んだ職業、それはメイドさん。

メイド喫茶なる喫茶店で、メイド服を着て働いている。

動機は単純。メイド服が可愛かったから。

自分の気持ちに素直に行動したのだ。初めは挨拶すら出来なくてモジモジしてるだけだった。ところが、後で知った事なんだけど、それが『ご主人様』にはウケたらしい。

そう、『萌え』と言うやつだ。

萌えたご主人様が、新たなご主人様を連れて来て店は街一番のメイド喫茶へと急成長した。

ご主人様のおかげで、自閉症も徐々に姿を消して、今では新人さんを育てるまでになった。

そんな私も、心に余裕が生まれると、私が施設に行けないように(?)仕向けた人物を探したくなった。

行きたかったわけじゃないんだけれど、自分を否定されながら生きなければならないのなら、施設に行った方がよかったのかも。今となってはどうでもいいが。

さて、話を戻すと、私の両親の遺産を牛耳る人物。

『一応』世話になった親戚なんかに問い合わせて、それらしい人物を突き止める事が出来た。

興信所に無駄なお金を使わなくて済んで助かった。

……と、また話がズレるところだった。

かくして、私はその人物に会いに行った。

両親の遺産をどうして管理してるのか?

私をどうしてほっといてくれなかったのか?

その人物の自宅は、驚くような豪邸だった。


「すごい……………」


しばらく立ち尽くした後、『本物』のメイドさんが現れ、私に声をかけて来た。


「何か御用でしょうか?」


歳は私と同じくらいに見えた。

メイド喫茶のメイド服とは違い、とても落ち着いた黒に染まった衣装が品の良さを手伝っている。


「あの………私、中間翔子といいます。今日はご主人様はご在宅でしょうか?」


緊張しながら伺う。


「ええ。おりますが…………お知り合いの方ですか?」


メイドさんの反応から、その人物は結構な歳だという事が推測された。

訪ねて来る客にしては、あまりに想像を超えていたのだろう。

それは私が若過ぎるという事だろう。


「はい。名前を言えばわかると思うのですが………」


アポも何もない。不審者に見えていたとしても仕方がない。


「はぁ………ええと……」


「中間翔子です。」


怪訝な顔をしながら、


「少々お待ち下さいね。」


名前を言えばわかってもらえるかは怪しかった。

でも、両親が死んだ事を知り、なおかつ本来ならば、娘の私のものになるはずの遺産を管理してるのだ。名前くらい聞けばわかるはず。

断っておきますけど、私は別に遺産が欲しいわけじゃないので!あしからず。

五分くらいしてから、さっきのメイドさんが来て、


「お待たせしました。旦那様がお会いになるそうです。」


よかったぁ。…私は息を吐いて胸を撫で下ろす。


「どうぞこちらへ。」


ん〜〜。メイド喫茶のメイドとはまた違う種類のメイドだな。

…などと思いながら豪邸の中を案内される。

いつしか私の胸によぎるのは、その人物に対する疑問でわなく、期待感にも似た気持ちだった。興味が沸いて来たのだ。


「旦那様、中間様をお連れしました。」


メイドさんが、見るからに高そうなドアをノックする。

コンコンと、気持ちのいい音がした。


「…………。」


返事はなかったが、メイドさんがドアを開け私を通す。

こちらに背を向けた感じで椅子に座る人物がいた。

メイドさんは私の横で頭を下げると、部屋を出て行った。


「………あ、あの〜…………」


なんとなく話しづらい雰囲気が漂っていたので、恐る恐る口を開く形になってしまう。


「よく調べたね。まあそんなに難しい事でもなかったか。」


渋い声を発した。男だ。


「中間翔子です。いろいろお世話になってます。」


感謝なんてしてないけど、喧嘩をしに来たわけでもないし。とりあえず様子見だ。


「苦労して来たみたいだね。……初めまして、楠木新一郎と言います。」


くすのき?あれ?どっかで聞いた事がある。どこで聞いたんだっけ?

中年の男はそう名乗った。


「いつか君が訪ねて来るのではと思ってたよ。」


「あの、いきなりですけど、両親とはどういった関係で……」


なんだろう…………不安が出て来た。危険信号ともとれるような不安。

もし両親の友人ならもうちょっと歳がいっててもいい。

親戚からは聞かない名前だし…………誰なんだろう?


「………その前に、一人暮らしを始めたらしいね。それも時給で働くウェイトレスで生計を立ててるそうじゃないか。」


なるほど。調査済みというわけか。


「はい。もう二十二歳になりましたから。他人の世話にならなくても生きて行けます。」


「…………翔子君、君はこう思ってるはずだ、なぜ自分は施設に容れられなかったのかと。違うかね?」


「はい。おっしゃる通りです。」


「…………それはだね、施設へ容れてしまうと、無名で世話をするという事が出来なくなってしまうからだ。私は出来るだけ姿を隠していたかったのだよ。」


「どうして………ですか?」


「どう聞いてるかは知らないが、私は君の両親の遺産を預かっている。それは、幼い君を施設に容れて、施設に君が大きくなるまで遺産を管理してくれと言っても、君に知らせる事なく自分達のものにしてしまうだろう。それを防ぐ為に私が預からせてもらった。遺産を預かっておいて、君を施設に容れるのは忍びない。だから君の両親の親戚や友人に多少のお礼をする事で、君の面倒を見てもらったというわけだ。……結果、いらぬ苦労をさせてしまったようだが。」


「失礼ですけど、楠木さんは私の親族の方ですか?」


聞かなくとも親族であるわけがない事は明白だ。

だがあえて聞く。不安が消えないからだ。


「…………いいや。」


目を閉じゆっくり首を横に振る。


「翔子君、私には君の面倒を見る義務がある。」


「どういう事です?」


「君の両親は事故で死んだんだじゃない。」


心臓が止まりそうになった。


「何を………両親は事故で死んだんです。連休の帰り道、私を乗せた車と、車線をはみ出した対向車が正面衝突して……」


「…………違うんだ。君の両親は………私が殺した。」


「な…………」


「当時私は三十歳。まだ若かった。君のお父さんとは仕事で何度か取引をした事があった。しかし、ある日私の失敗から君のお父さんの会社に損失を与えてしまった。その責任を取れと、君のお父さんに迫られ、会社を辞めた。私は職を失い、新婚の家庭まで失った。………途方に暮れていた時、幸せそうな君達を見た。そして、堪えていた悲しみが怒りに変わり…………君の両親を殺した。」


「う………嘘よ……私は事故で………」


「そう言ったのは誰かね?警察かい?違う。お父さんの会社の人だったろう?君はショックでその時の記憶がなかった。だからうまく騙せた。」


「なんの為にそんな……事を?」


「君のお父さんはね、会社の裏金を仕切る立場にあったらしい。私が殺した事で、公になる事を嫌ったお父さんの勤めていた会社が、大金をばらまいて事実を隠蔽した。私の元にも来て、一億という大金と引き換えに、自首するなという条件を押し付けられた。もちろん、私は快諾した。恨みを晴らし、大金まで手に入れ、犯罪者にならずに済むのだ、断る理由がなかった。」


楠木…………思い出した。葬儀の日、泣きじゃくる私より泣いてた人だ。ただひたすらに「許してほしい」と言っていた。


「だが罪の意識が消える事はなく、施設に容れられそうになった君を救う為に、君の親戚を調べ両親の友人達を調べては交渉した。面倒を見てくれと。」


「………十五年もの間ですか?」


「皮肉にも、もらった一億で始めた事業が成功して、お礼として渡して来た金には困らなかった。」


「………………遺産というのは……嘘なんですね?」


それはそうだ。いくら渡してたかは知らないが、見ず知らずの者がそこまでするのに、まさか理由が無いとは言えまい。

遺産の管理をしてる。と、いうのは都合がよかったのだ。


「単刀直入に言おう、私に罪を償わせてくれ。今なら君の望む金額を用意出来る………」


「ふざけないで!!」


身体が震えて止まらない。


「罪を償わせてくれ?十五年も経ったら殺人も時効じゃない!!警察だって動かないわ!!」


「だから君の望む金額をだな………」


「お金なんていらないわっ!!いくら積まれても、お父さんもお母さんも、苦しかった私の日々も戻らない!!」


好奇心は時に人を不幸にする。

会わない方がよかったのだ。

どんな思惑があろうと、この男は私の両親を殺したのだ。

記憶にはなくても、真実なのだと第六感が告げている。


「翔子君!!」


「嫌っ!近寄らないで!!」


私はそこから逃げ出した。

どこをどう走ったかはわからないけど、とにかく走った。

気がついた時には見た事もない景色のところにいた。


「そんな………事故じゃなかった……?何よ、裏金を仕切るって…………お父さんは普通のサラリーマンよ!!うぅ………なんでこんなオチが待ってるのよ…………なんで………」


知らずに掴んでいた雑草をがむしゃらに毟った。

やっと、自分の殻から抜け出し、これからが本当の私の人生の始まりだと思っていたのに。

こんなんなら死んだ方がいい。


「なら死んでみるか?」


周りは夜になっていた。そして私に声をかけた男がいた。


「……………誰………あんた?」


しゃっくりをしながら男を見る。結構な色男だが、今はなんの興味も沸かない。


「俺はヴァルゼ・アーク。闇に生きる者だ。」


「………………………。」


「真実はもっと軽いものだと思ったか?」


「知ってる………の?」


男の目が私を吸い込むような気がした。辺りは暗いのに、それでもはっきりとわかる黒い瞳。

不思議と落ち着いていく。


「どんな真実も、追い求める者には重いものだ。人は安易に真実を知ろうとする。そして絶望する。」


「別に知りたくて知ったわけじゃないわ。」


ヴァルゼ・アークと名乗った男は、しゃがみ込む私の前に何かを置いて、


「その石はお前の願いを叶えてくれる。死にたいのならそう願うといい。」


それだけ言うと消えてしまった。


「……………消えた?」


夢でも見ていたのかと思ったが、置いて行った石がある。

私は無造作にその黒い石を手にした。すると、一瞬目眩がして、気がついた時には何も見えないくらいの闇の中にいた。


「ここは………どこ?」


「人間よ、何を願いここに来た………」


どこからか声がする。不気味な声が。


「今度は誰よ!!」


「我が名はティアマト。竜神ティアマトだ。」


「ティアマト……?」


「さあ………言え。何を願う………」


「願い事なんて………」


死にたい。


「死を願うのなら殺してやろう。」


「!!!………わかるの?私の考える事………」


「人間の思考などたやすいものよ。」


「………だったら私が考えてる事わかるわよね?」


違和感がなかった。竜神ティアマトなる怪しげな声の主と話しているのに、まるで昔から知ってるような感覚。

私は次第にティアマトに興味が沸く。


「…………悪魔になりたい……………」


「そうよ。人間なんてうんざり!いっそ悪魔になって人間を見下してやりたい!!」


「………ならば私を受け入れよ。」


「貴方を?」


「望むままの力を与えてやる。」


「ふぅん………どうせならビルを吹き飛ばせるような力が欲しいわ!」


「…………よかろう。我が力、お前に与えよう。」


闇に射した光が強く発光すると、次の瞬間には別の場所にいた。

見慣れない建物の中にいて、長く伸びた廊下を進んで行く。

奥には扉があり、力いっぱい開けた。


「待っていた。」


私に石を渡したヴァルゼ・アークという変わった名前の男が、玉座に座っていた。

隣には綺麗な顔立ちの女が立っている。


「竜神ティアマトを受け入れし者よ、貴女は今日より悪魔となって生きるのよ。そして誓いなさい。我らが主、魔帝ヴァルゼ・アーク様の為に尽くすと。」


そう女が叫ぶと、いつの間にか見知らぬ女達が現れた。

 ヴァルゼ・アークへの道を作るように、両脇に列んでいる。

でもどうしてだろう?彼女達なら私の苦しみを、嘆きをわかってくれそうな気がする。

そして…………


「魔帝ヴァルゼ・アーク様。この中間翔子、竜神ティアマトとして貴方様に身も心も捧げ、命果てるまで尽くす事を誓います。」


「人間は真実と共存出来ない。真実を従える事が出来るのは、闇に身を染めた者のみ。忘れるな。」


魔帝ヴァルゼ・アーク様が私に微笑む。私の身体が熱くなる。

 血管を流れる赤い血が、人のそれではなくなった。


 そう………私は悪魔として生まれ変わった事を実感していた。


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