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第三十一章 アンリミテッド

「羽竜君、歩くの早いよ〜!」


あかねが遅れをとるほど、のろまなわけではない。言葉通り羽竜が先を急いでいるだけなのだ。


「何言ってんだ。とっとと終わらせて蕾斗んとこ行かなきゃなんねんだから。」


「わかってるけど………もう知らないっ!」


中々意思の疎通が計れず、いらついてしまう。途端、あかねの歩くスピードが早くなる。


「お、おい吉澤!待てって!」


今まで後ろを歩いていたあかねが、自分をあっという間に追い抜いて行く。

 初めからそうすればいいものをとツッコミを入れたいのは山々だが…………女心というのは難しい。羽竜には到底わかり得ない領域かもしれない。


「よ、吉澤〜っ!」


「何よ!早く歩いてほしいんでしょ!男のくせにだらし無いっ!」


ある一線を越えると、あかねの感情は180゜方向を変えるらしく、こうなると羽竜にも手がつけられない。

レリウーリアの連中が見てたらいいネタにされてしまっただろう。


「はぁ〜。」


「溜め息なんかついてなんか文句あるの!?」


「い、いえ、ないです!全っっ然ないです!」


「だったらもっと早く歩く!」


「はいっ!」


いつの間にこんなに逞しくなったものか。間違いなくレリウーリアの、通称『お姉様』方の影響だという事は言われるまでもない。

とにもかくにも、目的を忘れたわけではなく、試練である黄金の角と青銅の蹄を持つ牝鹿を探すのが先だ。


「それにしてもダイダロスの野郎、面倒な事させやがって。何の真似だ。」


「結局相手の思惑なんてわからないんじゃない?私達は蕾斗君を救うだけ。ダイダロスはヴァルゼ・アークさん達に任せておけば大丈夫でしょ。」


まだ怒ってるのか、口調が荒々しい。羽竜はぽりぽり頭を掻きながらなんとか怒りを鎮めようと、冷静な思考になるような話題を持ち出す。


「宇宙になるとか宇宙を無に還すとか、想像出来ない話だよな。漫画なんかじゃ読んだ事あったけど、実際にそれをやろうとする奴がいるなんて……」


「それを言うなら私達だって同じじゃないかな?あの人達からすれば、自分達の野望を阻止されるかもしれないわけでしょ?口には出さなくても、やっぱり恐い存在なんじゃないのかな?」


あかねもあかねなりに、いろいろ考えはあるようだ。

ただ、羽竜やあかねがどんなに考えても、ヴァルゼ・アークとダイダロスの先回りするのは困難。若い羽竜達はどうしても感情を優先させてしまう事が足を引っ張る原因だろう。


「少なくても、私達には私達の出来る事があるって事よ。」


「そうだな。弱音を吐く時じゃないもんな。蕾斗だって話せばわかってくれる………だろ?」


羽竜の問い掛けに笑顔で頷く。

どうやら機嫌は立ち直ったらしい。

それからは会話はお目当ての牝鹿の事ばかりだった。捕獲すればいいとの事だが、どこにいるかは全くわからない。

ダイダロスの事だ、すんなり捕獲出来るような素直な鹿ではないだろう。

凶暴だとか、バカでかいとか、またはその逆とか。一番信用に欠ける男だ。用心にこした事はない。

羽竜はトランスミグレーションを、あかねはミクソリデアンソードを利き手にそれぞれ握る。

羽竜はルバートとの戦いから、右手でトランスミグレーションを持つのではなく、本来利き手である左手で持つようになった。

ボクシングをやってる時も、普段はサウスポーである事を隠している。ピンチになった時にだけスタイルを変える事で、相手にも心理的に有効であるからだ。まあ、蕾斗のアドバイスなのだが。

『戦い』の才能はあるものの、単純な性格の為に敵に乗せられやすい。というよりは流されやすいと言うべきか。

その為に一撃必殺のような技ではなく、精神的に追い込む手段を身につけたのだ。

しかし、それが通用するような輩はもういない。

ルバートにそれが有効だったのは、彼が羽竜の利き手を右と思い込み、それまでそういった手段をとってきた者を見たことがなかったからこそ効いたのだ。

ヴァルゼ・アークやダイダロスはその手の策を『小細工』としか思わないだろう。

 羽竜の野生の勘が働く。

それをあかねも気付いていた。


「ねぇ、いいの?」


「何がだ?」


「利き手。左だって隠してた方がいいんじゃない?」


「ああ。いいんだよ。多分、ヴァルゼ・アークやダイダロスには通用しないよ。それに蕾斗が考案した作戦だし、ダイダロスは知ってる可能性が高い。あいつらと勝負するなら、ガチでいくしかない。特にヴァルゼ・アークは、俺の利き手が右だろうと左だろうと問題にしないよ。そういう奴さ。ヴァルゼ・アークって男は。」


ちょっとだけ、男という人種を羨ましく思う。

ガサツな生き物だけれど、人生において自分より付き合いの短いヴァルゼ・アークの事を理解している。

女であるあかねには、永遠に辿り着けない未知の世界にほかならない。


「男同士っていいね。」


「はっ?」


なんの感心かは羽竜には理解出来ないだろう。男と女という壁がある以上は。


「あっ!羽竜君!」


あかねが急に立ち止まる。その華奢な背中に羽竜がぶつかる。


「わ、わりぃ……」


さっきの事もあって、いつもの強気な姿勢は封印されている。

そんな羽竜の気持ちは無視して…………端的に言うと見つけたのだ。黄金の角を持つ牝鹿を。

羽竜があかねの後ろから覗き込む。

いた。悠々と川の水を飲んでいる。自分達の世界の水とは違い、泥臭いわけでもなく、ましてや薬品の臭いなど微塵もしない。

お金という最大の発明品を利用しなければ、水すら飲めない世界に生きる羽竜とあかねには、その光景が楽園に見えた。


「水って………殺菌しなくても飲めるんだな。」


「うん。私達の世界も、昔はこうだったんだね。セイラ様やメグちゃんのいた時代もそうだったもん。」


現代っ子にとっては奇跡を目の当たりにしてるのと変わらない。


「で、どうするよ?力ずくで行くか?」


「待って。目的は捕獲だから、間違っても殺しちゃダメだからね。」


「わかってるよ。」


わかってないから念を押してるのだが。


「作戦はあんのか?」


「私が空気を使って足止めするから、すぐに捕まえて。」


作戦とは程遠いというか明解過ぎるというか。

とは言っても、他に方法はないのも事実。見た目だけで、単なる鹿なら問題ないが、油断は出来ない。


「準備は?」


「俺はいつでもオッケーだ。」


「じゃあ行くよ!」


あかねが左手を前に出し技を放つ。


「ディストーション!!」


あかねの声に牝鹿が気付いて逃げようとするが、空気の振動する音に神経が痺れて脚が縺れる。


「今よ!」


「任せとけ!」


縺れて動けない牝鹿の前に飛び出して、トランスミグレーションを突き付け………た。


「おとなしくしやがれ!」


…………やっぱりわかってなかった。


「何やってんのよ!!早く捕まえて!!」


慌てて補正を入れる。


「わかってるって!ようし、痛くしないからおとなしくしてろよ。へへっ。」


悪者のノリにしか見えない。

それもこの瞬間まで。立場は逆転する。


「野蛮な人間が何故ここにいる?」


「!!!」


牝鹿が喋った。羽竜の動きが止まる。


「し、鹿が……喋った?」


「答えよ!人間!私を縛りつけるような力まで持ち合わせてるとは…………お前達は何者だ?」


見るに見兼ねたあかねが傍まで来た。


「待って、鹿さん。私達は敵じゃないの。」


「敵じゃない?お前達の行為のどこを敵じゃないと言えるのだ?」


牝鹿に言われ技を解く。

自由になった牝鹿は身体をぶるぶると振ると、あかねの瞳をじっと見る。


「ごめんなさい。手荒な事をした事は謝ります。まさか喋るなんて思わなかったから………言い訳にはならないけど。」


深々と横で頭を下げるあかねを見て、羽竜も謝る。


「あ、その……わ、悪かったよ。」


乱暴な行動とは裏腹に、素直に謝る二人に悪意がなかった事を悟り警戒を解いた。


「…………人間が私を捕まえてどうする気だ?」


「それは…………」


あかねがひとしきり説明をする。

羽竜が何か言おうとする度、羽竜の足を踏み付けたり、肘鉄を入れたりしながら。

そのやり取りが牝鹿には好印象だったらしく、最後まで話を聞いてしまった。


「………なるほど。そういう事情なら手を貸さないわけでもない。」


「よかったぁ。わかってもらえたね、羽竜君。」


「あ、ああ。」


手加減してるのか疑いたくなるほど痛みが残り、正直今はどうでもいい。


「しかし、私の意志だけでは人間に手を貸す事は出来ない。」


「そんな…………。じゃあどうすればいいの?」


「私は女神アルテミス様の聖獣。アルテミス様の許可があれば問題はないのだが………」


「そのアルテミスって女神様はどこにいるの?」


「アルテミス様は人間を嫌う。お前達が行けば話すら聞くまい。変わりに私が行って話をしてこよう。二人はここで待っていてほしい。」


一分でも時間が惜しいが、自分達が行って話をこじれてしまうのは本意じゃない。

牝鹿を信用するしかない。


「うん。わかった。私達はここで待ってるから、早く帰って来てね。」


「大丈夫なんだろうなあ。神様ってのはどうもいいイメージがねーんだよ。」


「心配するな。アルテミス様は人間を嫌うが、私が話せばその程度の助けならダメとは言わない。」


その程度とは、羽竜とあかねと共にこの世界に来た時のスタート地点まで行く事。

そんな事まで許可を取らねばならないとは、神様ってのはよほど束縛するのがお好きのようだ。


「頼むぜ。」


神様を信じない人間ていうのも珍しいかもしれない。羽竜の神様への不信感に苦笑するあかねと牝鹿。


「では行って来る。」


牝鹿は機敏な動きでいなくなった。


「マジで大丈夫なのかよ。」


「大丈夫だよ。あんな酷い事したのに、ちゃんと話聞いてくれたもん。」


「吉澤はすぐに誰でも信用するからな〜。」


「そんな事ないもん。」


「あるよ。」


「ない。」


「あ〜る。」


「な〜いっ!」


「絶っっっ対あるって!」


「ないって言ってんの!!いーだっ!!」


……………若いというのは眩しいものだ。どんな状況でも自分達のペースを取り戻せる。



時計を確認する。ここは日本でもなければ全く別の世界。でもどれくらい時間が過ぎたのかくらいはわかる。

赤いバンドの腕時計はあかねには似合わない。本人の趣味ならば文句を言う筋合いはないが、もうちょっと控え目な色の方が彼女らしい。羽竜はそんな事を考えながら、目を覚ましつつある夕日を見ていた。


「………まんまと逃げられたな。」


「まだわからないよ。」


否定はしてみるが、自信は無さそうだ。


「一眠りはしたんだ。いい加減それなりの時間は経っただろ。」


「まだ三時間しか経ってないよ。」


「充分だろ。だから信用なんねーんだよ神様とかその辺の輩はよ。」


むくっと起き上がり背伸びをする。ムキにならないのは、こうなる事も予想はしていた証拠だと言える。


「またいちから探さないとな。」


「きっと帰って来るよ。多分遠いんじゃないかな、アルテミス様のところまで。」


「すぐに戻るって言ってたんだぜ?三時間が『すぐ』って言うのかよ。」


「……………待てるもん。」


「はぁ?」


「待てるもん!絶対鹿さんは来る!もし羽竜君が待ってろって言ったら三時間でも三日でも待てるもん!!」


「俺は鹿じゃねー。」


「バカっ!!!」


不安と羽竜に責められ泣いてしまう。


「だからなんで泣くんだよ。」


「泣いてない!」


「全く…………」


溜め息が漏れる。泣かれては身も蓋も無い。


「泣くなよ。もう少し待ってみるから。」


「………………ぐす。ほんと?」


「ああ。吉澤が来るって言うなら、きっと来るよ。」


「…………鹿さん……来る?」


「絶対な。」


同意を得られ、あかねが涙を拭い羽竜に寄り添う。


「お、おおおいっ!!?離れろって!!」


「いいじゃない。」


「バカ……誰か見てたらどうすんだ!!」


言葉だけは出てくるが、身体は硬直して動けない。血液の全てがマグマになったような熱さに見舞われる。


「よよよ吉澤さん、あぶあぶ危ないです。」


情けないけど声が裏返る。

小さい頃は一緒に風呂まで入った仲なのに、寄り添われただけで心臓が暴れ出す。

口調までコントロール不能に陥ったみたいだ。


「どうかした?顔真っ赤だよ。」


知ってて言ってるんじゃないだろうな?


そう思いたくもなる。


「羽竜君、鹿さんだ!」


泣いていたかと思えば、ずーっと先から跳びはねながら向かって来る牝鹿を視認して騒ぎ出す。

あかねが牝鹿の方へ駆けて行き、とりあえずホッとする。

羽竜があかねの気持ちに気付くまでは、まだまだ時間が必要なようだ。


「待たせたな。」


牝鹿は息を切らしている。急いでくれたのだ。


「戻って来れたって事は……」


「許可はもらって来た。案ずるな。」


あかねの不安は解消された。


「だったら早く行こうぜ。疲れてるとこ悪いけど。」


羽竜も不安から解消され、一応牝鹿を気遣ってやる。


「その前に、お前達は神と戦う覚悟があるのか?」


「どういう意味だよ。」


「ダイダロス………奴は神と手を組んだらしい。つまり、お前達が戦う相手はダイダロス一人ではなく、神々とも戦わねばならんのだぞ。天使や不死鳥族とも戦って来たと言っていたが、格違う。それでも………」


「今更引き返せるかよ。友達を救ってやりてーし、人間界も救いたい。俺達がやらなきゃ誰がやるんだ。」


真っ直ぐ牝鹿を見据える。

何を言われようと揺らがない。

何かをしようとすると、いつも必ず誰かが止めようとする。

心配されてるわけではない。そこにあるのは『人間だから』という理由だけ。

特別な力を持ってしても、人間である以上は負ける運命にあるて言っているのだ。

羽竜にはそれが気に入らない。


「いいだろう。意志が固いのならもう言う事はない。自分達の世界は自分達で守るのが筋だしな。」


「アルテミス様も私達と?」


あかねはなるべくなら自分達に理解を示してくれる者とは戦いたくない。


「アルテミス様は傍観するそうだ。神々の全てがダイダロスの味方をするわけではない。あくまで一部の神のみ。インフィニティ・ドライブ………それが目的なのだろうが。」


いつか神と呼ばれる輩も出て来るのではと予想はしていた。

たいした問題にはならない。


「神様なんか目じゃねーよ。誰が相手だって俺は負けない!」


羽竜を見てると、ひょっとしたらという気持ちが牝鹿にも生まれる。

人間に興味はないが、インフィニティ・ドライブを巡る争いの歴史は牝鹿も知っている。

長きにわたり続いた戦いに終止符が打たれる日が近づいているのだ。

誰かがインフィニティ・ドライブを手にするのなら、心正しき者であってほしい。それには羽竜とあかねは適任に思えた。


「少年よ、迷う事なく進むがよい。」


最後のオーブが割れた。


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