第二章 stay night
しばらくぶりの学校は、羽竜達に安堵をもたらしてくれた。
同時に、プレッシャーももたらす。
平穏な日々は退屈でつまらないはずだったのに、こんなにも愛おしく思えるのだから不思議だ。そんな想いさえ、ヴァルゼ・アークとダイダロスは踏みにじろうとしている。
自分達の身勝手な理屈で。
「平和かあ…………悪かねーよなあ。」
昼休み。羽竜はいつもの屋上でいつも通り貯水タンク脇で昼寝をしている。
あかねも蕾斗も、久しぶりに友人達と楽しくしてるみたいだし、つかの間にはなるだろうが休息には充分だ。
「好きね〜、ここ。」
「新井………何しに来やがった。」
「冷た〜〜、学校のアイドルがわざわざ出向いて来たっていうのに。」
「よく言うぜ。みんなはお前のぶりっ子を知らないだけだろ。大体、自分でアイドル言うな!」
警戒する必要はお互いにない。結衣が学校では手を出さない事を羽竜は知ってる。
無防備でも問題はない。
「ぶりっ子ってのは失礼じゃない?」
「ぶりっ子じゃなかったらなんなんだよ。」
「あ〜そう、そういう事言ってるとヴァルゼ・アーク様からの伝言教えてあげないよ?」
「ヴァルゼ・アークからの?」
伝言を言付かっている以上は、羽竜がどんな態度をとろうとも伝えなければならない。
すんなり伝えられないのは羽竜の反応を見て楽しむ為。
ヴァルゼ・アークからだと言えば、目の色が変わる事を知っているからだ。
「聞きたくないなら別にいいけど。」
「………し、しょうがねぇなあ。聞いてやるよ。」
そして結衣の意地悪が始まる。
「じゃあ、『教えて下さい、結衣ちゃん』って言いなさい。」
「は、はぁ?なんで俺が!」
「言わないの?なら帰る。」
「ま、ままま待て!」
「言う?」
「くっ!」
プライドが許さない。プライドがこんなにも邪魔なものだったとは思ってもみなかった。
「ほ〜ら、早くなさい……くすくす。」
千明を真似てからかってやる。
羽竜は聞かなくてもいいとは絶対に言わない。
「うっ……………お、教えて………下さい………ゆ、ゆ……」
どうしてヴァルゼ・アークの伝言の為にここまでしなければならないのか、羽竜自身わからない。しかし葛藤は欲求を優先させてしまう。
「結衣ちゃん……………」
言ってしまった…………。
「ちゃ〜んと言えるじゃない。よくできました!」
なんと満足気な表情か。膝をつき崩れ落ちる羽竜。結衣の圧勝だ。
「くそ………俺とした事が……」
「そう落ち込まないでよ。ヴァルゼ・アーク様からの伝言は『君と初めて会った公園で今夜19時に待ってる』だって。」
「なんだよ『君』って。男誘うのに。気持ちわりーなあ。」
「あら、チャーミングじゃない。ヴァルゼ・アーク様のそういうところが好きなのよ、私…………」
「はいはい。」
「それじゃ、ちゃんと伝えたからね!」
羽竜の前ではいささか性悪な部分も覗かせるが、それでも美少女の笑顔というのは悪くない。
転校間もなく学校のアイドルになるのも頷ける。
運動神経抜群、頭がいいともなれば必然だろう。
誰も結衣が性悪だとは思っていないのだから。
「新井!」
名を呼ばれ、性悪な美少女が振り向く。
「何?」
「いや…………千明さん大丈夫か?」
ほんとは別の事を聞きたかったが、やめておく。聞けば結衣は人から悪魔へと変わる。今のこの雰囲気もわざわざ壊す事もないだろうから。
「ピンピンしてるわ。昨日なんか景子の事追っかけ回してたみたいだし、私達普通じゃないから。」
それを証明するかのように、昇って来た梯子を使わず五メートルの高さから飛び降りて見せた。
「五時限目は化学室だからね!遅れるとうるさいよ、あの先生。」
結衣の声だけが聞こえた。五時限目までは後30分ある。
遅れるわけがない。
「ヴァルゼ・アーク……………何の話だろう……?」
PM7:00。
伝言通りヴァルゼ・アークと初めて会った公園へ羽竜は来た。
夜の公園は静かで気持ちいい。夜という空間自体、思春期の頃には特別なものだ。特に匂い。夜の匂いはどこか神秘的な香りがする。
そんな特別な空間で待ち合わせをしているのが、魔帝でなければ文句はないのだが。
「来てくれると思ってたよ。」
相変わらず黒ずくめの服装で池の橋げたに腰をかけている。
「気持ち悪い伝言すんなよな。」
「気持ち悪い?」
「『君』とか言っただろ。」
「ああ。単なるギャグだ。気にするな。」
ムカつくほど爽やかな笑顔を見せる。
「何か飲むか?」
ヴァルゼ・アークは、暗闇でその存在感を充分なほどアピールする自動販売機を見る。
「喉は渇いてない。」
「そうか。」
話があると言って来たのはヴァルゼ・アークだ。羽竜に話があるわけじゃない。向こうから話をして来ない限り、こちらから話す事はない。でも、羽竜は沈黙というのが苦手だ。
「今日はジャッジメンテスはいないのか?」
いつもヴァルゼ・アークの傍らにいる人物の影がない事が気になった。
「由利か?彼女なら今日はいない。二人きりで話したかったからな。」
「なんだよ………その話って。」
「…………羽竜、舞台から降りろ。」
「戦いから身を引けって事か?」
「…………そうだ。」
予想はしていた。
「あんたやダイダロスがやろうとしている事を知ってて、そう簡単に身を引けると思うか?」
「身を引かねばお前にとって最も辛い結末が訪れるかもしれんぞ?」
「俺にとって最も辛い?どういう意味だ?」
「引く気がないのならば、そのうちわかる。後悔の名の元に。」
「あんたの言う運命ってやつか?だとしたら、そんなもの俺が打ち破って見せる!インフィニティ・ドライブだってこっちにあるんだ。それに、レジェンダが肉体を取り戻したし今まで以上に俺達は強くなった。あんたにもダイダロスにも負けない!」
「レジェンダが肉体を…………そうか。だが、勝ち負けだけにこだわってるようでは俺は倒せん。お前が思っている以上に俺の信念は深い。」
「インフィニティ・ドライブはもう誰のものにもならないのに、それでも信念を貫くのか?意外と執念深いんだな。」
「執念深くなければ、ここまでやって来れなかったさ。」
「そんなに宇宙を無に還したいのかよ。」
「まあな。………………俺が言いたかったのはそれだけだ。わざわざ呼び出して悪かったな。」
最初に見せた笑顔以外は、いつものヴァルゼ・アークとは違うイメージを受けた。
聞きたい事があった事も思い出したが、そんな空気じゃない。 レジェンダの事を聞いても驚かなかった。当たり前だとは思っていないはずなのに。
もう何も驚くには値しない。
近いうち、ヴァルゼ・アークは最後の戦いを始めるだろう。
羽竜の肩にポンと手を乗せ去って行く。
「ヴァルゼ・アーク………」
魔帝の後ろ姿が闇に同化するまで見つめていた。
自分にとって最も辛い事……………仲間を失う事以外は考えられない。だったら守ればいい。ここは自分達の世界。心残りは残せない。