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第二十八章 親殺し

問題は無いはずだった。試練だろうとなんだろうと、魔人ナヘマー・新井結衣には障害にならない。普段なら。

結衣は両親を殺した過去がある。彼女自身、後悔はしていない。むしろその事がなければレリウーリアには選ばれなかったかもしれない。

だからよかったとさえ思っている。それなのに、たまに悪夢にうなされる。親を手にかけたあの日の悪夢に。


「最っ低………」


汗が止まらない。具合は悪くなる一方だ。まともに歩く事すら困難になっていた。


「ヴァルゼ・アーク様………お力を……」


自分達の神であるヴァルゼ・アークに祈りを捧ぐ。

 『神頼み』でもしないと、気を保っていられない。そして、タイミング悪く客が現れる。タイミングなんてものは、良くも悪くも重なるものだ。嘆いても始まらない。


「「「悪魔が来ると期待していたのだが、既に弱っているではないか。話にならんな。」」」


結衣のタイミングを崩した、腹部のみを共有している三人の男の融合体がいる。

つまり、腹部を中心に胸、頭が三つ、足が六本という摩訶不思議な生命体だ。

結衣を待っていた事を伺える言葉を聞けば、結衣もまた会うべき相手に出会えたのだと知る。


「ゲリュオネス…………」


「「「いかにも。我が名はゲリュオネス。貴様を倒す者だ。」」」


『三人』が声を揃える。


「はぁ……はぁ………私を……倒す?それは私のセリフよ……。あんたなんかに……負けるもんですか………」


戦う前から悪夢に体力を奪われている。可能ならば今日は帰りたいところだ。

 景子でもいれば、変わってもらうのに。


「「「楽しめそうにはないのは非常に残念だ。しかし、貴様の容姿は気に入った。悪魔の標本として自慢出来よう。」」」


「う、うるさい…………三人で喋らないでよ………耳障りだわ……」


二本のダガー……ロストソウルのオリハルコンを取り出し、ふらつきながらも戦闘体勢を取る。


「「「そんなザマで戦おうと言うのか?」」」


「ハンデよ………あんたを倒して、紅牛を頂くんだから………」


「「「片腹痛いわ!内臓全て引きずり出してやるっ!」」」


ゲリュオネスの爪が長く伸びて結衣に仕掛けて来る。

 足が六本あるとは言え、戦いの時には浮遊して戦うらしく、動きにくさはないようだ。

結衣も、いつもなら身軽にかわすのだろうが、今日ばかりは防御に転じる。


(こんな奴………本気出せればちょろいのに………)


呪いなんて信じてない。それも両親が娘に向ける呪いなんて。

でも、ならこの具合の悪さはなんだ?両親を手にかけてから、数回ほど訪れたけだるい感覚。

ゲリュオネスの嫌みったらしい三つの顔がムカつく。

身体の震えが激しくなる。呪いでないにしても、原因がわからない以上両親のせいにするしかない。


「「「くくく。我は知っているぞ。お前が実の両親を殺した事を。お前は知らないうちに、罪の意識に苛まれいるのだ。いわゆる遺伝子というやつの仕業だ。苦しいのだろう?今楽にしてやるからな」」」


結衣に関する情報を知っているのは、ダイダロス辺りの悪ふざけだと思う。

 ゲリュオネスは遊んでくれる気はないらしい。

目が獲物にとどめを刺す獣の目だ。


「罪の意識………?お断りよ………あの二人を殺した事………後悔なんて……してないんだから………」


自分達の体裁の為に、娘を隔離させようとした奴らだ。懺悔を捧げる気にもなれない。

そんな事を考えていると、結衣はある事に気付く。


「…………………!」


ゲリュオネスが次の攻撃を開始しようとしているさなか、彼の弱点を見た。それも致命的な。


「「「抵抗する力は残ってはいまい!行くぞーっ!!」」」


また浮遊し突っ込んで来る。

致命的な弱点は浮遊していても、如実にそして顕著に……出ている。

ゲリュオネスの致命的弱点。それは彼自身。

 生命体には3パターンの構造がある。

一つは、人のように二足歩行を行うパターン。

一つは、人間を除く哺乳類、爬虫類、昆虫など地球上に存在する生命体のおそらく全て。胴体は『横置き』だが、頭と尾の部分までがはっきりしてるパターン。

一つは、単細胞生物のように五感があるのかないのか不明ではあるが、大きさ的に極小で分裂によって数を増やすパターン。

この3パターンは、互いの領域を絶対的に区別されている。

だが、ゲリュオネスはこの3パターンに含まれない。

 人間ではないかもしれないが、エトセトラとも違う。明確な思考があるからだ。

当然アメーバにも見えない。見ようによっては『分裂』しそこなったのかとも思わせるが、そういうわけではないらしい。

その致命的弱点とは?

答えはバランスだ。立っているのも不安だし、浮遊して突っ込んで来る行為にもバランスの悪さが出ている。

戦い慣れている者であるならば、見逃すわけがない。

 バランスを保とうとするあまり、集中力に欠け、思いきりに欠ける。

今の結衣が勝算を見出だすのであればそこしかない。

結衣ほどでなくとも、フラフラしている危ういバランス感覚を崩せば充分だ。


(…………チャンスは一度…………)


浮遊状態から攻撃に転じる瞬間が最大のチャンス。バランスを取る為に一度だけ足元を『三人』が見る。


「「「悪魔も所詮人の子よ!!遺伝子に組み込まれた罪の意識からは逃れられん!!」」」


チャンスが………来た。

浮遊状態からのわずかな隙間を突く。力を振り絞って。


「黙って消えなさいっ!!ハウリング・ハーモニクス!!」


間近で放たれたハウリング・ハーモニクスは、ゲリュオネスを遠慮なく飲み込む。


「「「バカな!こんな力が………どこに!?う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」」


気持ちよくとはいかなかったが、なんとか勝てた。

疲労困憊の結衣の前に、目指していた赤牛が現れる。


「…………フン。生命体の真理を無視した姿なんてありえないわ。」


逃げようとする赤牛の尻にオリハルコンを投げ、突き刺す。

痛さで逃げる事はない。オリハルコンに宿る魔力が眠りへと誘う。


「親殺しを罪だなんて思ってない。ここで負けてしまう事こそ、私には罪なのよ。」


九つ目のオーブが割れた。


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