第二十七章 禁断の果実
「ここか………」
ジョルジュは、ダイダロスから受けた試練を全うする為、ヘスペリデスの園へと来ていた。
辺りは青々しく木々や草花が咲き乱れ、せせらぎの音が心地よい。
実際、ここまで来るのにも苦労はなかった。
世界の果てと呼ばれるこの場所は、まさに楽園。ジョルジュはここに、黄金のリンゴを取りに来ていた。
園に入り、黄金のリンゴを探す。簡単に見つかるとは思ってないが、いちいち断って持って行こうとも思ってない。
善くも悪くも、この世界と自分が存在する世界とは、なんら関係ない。
面倒を起こさず事を済ませられるのなら、それにこした事はない。
ところが、そう上手く行かないのが世の常。園を怪しくうろつくジョルジュに、主が話し掛ける。
「我が園をお気に召しましたか?」
コバルトブルーの髪をした女性がジョルジュを見つめる。
ジョルジュの反応は至って単純で、『興味を示さない』態度に出る。
「目的の物が見つかれば帰るさ。」
「ストレートなお方ですね。」
「回りくどい事が嫌いなだけでね。」
人の世界じゃない。別次元の世界に来ている。わかっていたが、思っていた以上に『辺鄙』なところに来ていたようだ。
「ここは神の世界だろう?」
「はい。ここは紛れも無い神の世界。そして私は禁断の果実を護る者。」
そう。ここは神々が住まう世界。大気に満ちる気配が教えてくれる。
「貴女に頼みがある。」
「禁断の果実を渡せとおっしゃりたいのでしょう?」
「禁断の果実かどうかは知らんが、黄金のリンゴが欲しい。」
「構いませんよ。」
別に驚く事はしない。本気で言ってる事は、女にはわかっているはずだ。
黄金のリンゴがどんなに大切なものかは、禁断の果実という代名詞が表している。
あっさり渡してもらえるのなら、断る理由はない。
「渡せないと申し上げても、力ずくで奪って行くのでしょうし、私は貴方達に勝って欲しい。」
「………知っているのか?」
「ダイダロスという不死鳥族の青年が神の世界へ来てから、多くの神々が彼に従い始めました。」
「神々が?」
神がダイダロスの軍門に下ったなど、信じられるわけもない。
もちろんそこに理由はあるだろう。
「インフィニティ・ドライブ…………それを覚醒しつつあるアダムを操り、あたかも自分の力かのように利用しているのです。神々は当初、インフィニティ・ドライブは絶対に見つからないだろうと言ってました。そんな力は存在しないと。ですから、メタトロン様が悪魔と終焉の源の少年に倒された時も、あえて争う事はしないと決めていたのです。」
「ところが、アダムが存在してしまった。」
「はい。ダイダロスや悪魔達のやり取りは、ずっと見て来たのです。アダムの持つ力がインフィニティ・ドライブだと知り、黙っているわけにはいかなくなったのです。」
「なるほど………神々も伺ってるわけか。ダイダロスに手を貸し、まずヴァルゼ・アーク達悪魔を討伐、そして終焉の源である羽竜を倒す。その後でダイダロスとアダムを消す。」
「天使が全滅し、不死鳥族亡き今、再び地上を支配しようと企んでいるのです。」
「どいつもこいつも、姑息な真似を………」
「お願いです、戦いを終わらせて下さい。」
「しかし貴女も神族では?戦いを終わらせたいのであれば、人間である私に手を貸すのは………」
「人間の味方をするつもりはありません。ただ………」
女の頬を一滴の涙が零れた。
「ただ、滅びに捕われてしまったあのお方を助けてやりたいのです。」
「………………ヴァルゼ・アークか。」
女は頷きはしないが、首を横に振る事もない。暗黙の肯定だ。
「勘違いしないで下さい。私が愛したヴァルゼ・アーク様は、『人間』のヴァルゼ・アーク様です。」
「変わらんだろう。魔帝の記憶と力を持っているのだ、少なくとも人間ではない。」
「いいえ。私がお会いしたヴァルゼ・アーク様は、間違いなく人間でした。私は彼を救いたい。純粋なあのお方は、運命に絶望し自らも滅ぶ事を選んだのです。」
「純粋?ヴァルゼ・アークが?フッ………奴はただ虚無主義なだけだ。生きる強さを失くした弱い男さ。」
「貴方が何も知らないだけです。彼ほど純粋な人を、私は知らない。」
女とヴァルゼ・アークがどんな関係にあるのかなんて、ジョルジュには疎外的事情だ。これ以上話を続ける必要はなかった。
「だがいいのか?ヴァルゼ・アークの味方をするという事は、奴を滅びに導くだけだぞ?もっとも私達がそんな事はさせないが。」
「私は神族。人間とも、まして悪魔とも結ばれる事はありません。ならば、せめてあのお方の手伝いをしたい。それが私が出来る、唯一の愛情。」
「………まあ好きにするがいい。」
女は多分、ヴァルゼ・アークに着いて行こうとしたのだろう。しかし、赦されない愛を他の神々が見過ごすわけがなかった。
赦されない愛を犯そうとした彼女は、止められるばかりでは済まなかったはずだ。罵られ、心には深く傷を負った彼女なりの、神への反抗なのかもしれない。
「持って行きなさい。」
差し出された果実は、疑いもなく黄金色のリンゴだった。
ジョルジュはそれを受け取り、彼女に一言だけ告げた。
「ヴァルゼ・アークは貴女の助けを、今ではなく、貴女と会った時に欲しかったはずだ。結局、神を倒し、ダイダロスとアダムを倒しても、奴は救われない。そういう道を歩んでしまっているからな。」
自分でもどうしてこんな事を言ったのかわからなかった。
ただなんとなく、ヴァルゼ・アークはそう思ったのではないかと感じただけだった。
去って行くジョルジュの背中に、あの日のヴァルゼ・アークを見る。
自分から去って行ったヴァルゼ・アークの背中を………。
八つ目のオーブが割れた。