第二十五章 憤慨と制裁
「あれがディオメデスの城…」
創造神バルムングこと虹原絵里は、ディオメデス王の飼っている四頭の馬を奪う事。
だが、この馬は普通の馬ではない。人肉をエサにしてるのだ。
ディオメデス王はその四頭を溺愛していて、エサとなる人間を、国民の中から馬自身に選ばせているらしい。
「さあて、どう攻めてやろうかしら……」
城下町へ入る門の前まで来て、一人策を練る。
穏便に済まそうなんて、最初から思ってない。
家畜に人肉をやるような奴だ、くれと言っておとなしく頷くほど話のわかる奴だとは思わない。
「ま、なんとかなるか。」
そう言って町の中へ入る。
ダイダロスから聞いた暗い噂とは違い、意外にも活気に満ちていた。
商店街の行き交う人々が、時折絵里を見て見とれている。
美しさもさながら、漆黒の鎧が目立つのだろう。
「みんなー!!お馬様が来るぞー!!」
路地から出て来た男が叫ぶと、人々が逃げ出し始めた。
検討はついた。エサを探しに来たのだ。
「グッドタイミングね、見させてもらおうかしら。」
どんな風に『エサ』が選ばれるのか、興味がある。
ひょいと屋根の上に上がり、誰もいなくなった町を見下ろす。
静まり返った町は、ゴーストタウンと化す。
城のある方から馬が歩いてくる。それもやけに大きな馬が。
人肉を喰らうだけあって、顔付きも馬のものとは違う。
「ほらほらぁっ!!今日のエサはどいつだぁ?」
汚らしい笑い声を上げ、商店街を壊しながら馬に乗っているのは、十中八九ディオメデスだろう。
お付きの者はいない。馬四頭を従えてるだけだ。
「どうして権力者って、ああなのかしら?鏡で顔見た事ないのかしらねぇ………バカ面下げてみっともない。」
冷ややかにディオメデスを非難する。
「ぐふふふ…………誰も出て来ないのなら、こっちから行くぞぉ〜?」
絵里の言葉が耳に入ってるわけじゃないので、気になるそぶりもない。ひたすら馬のエサ探しに明け暮れる。
「お前達ぃ〜〜今日は男かぁ?それとも女が食べたいかぁ?ぐふっぐふっ。」
様子を見るまでもない。ディオメデスを殺して、人肉喰らう馬を連れて行くだけ。たいした事ではない。
絵里が屋根から飛び降りようとした時、小さな子供がディオメデスと馬の前に飛び出した。
「ヒヒーン!!」
驚いたらしく、馬達は前脚を上げて倒れた。
「ぐおっ!!」
馬に似たディオメデスの巨体が、地面に転がる。
「ぐふっ…………き、急になんじゃ〜〜〜!!」
「ご、ごめんなさい!!」
ディオメデスの怒鳴り声にビビって、まだ4、5歳の男の子が反応良く謝る。
「フン、このクソガキめが…………………おお!ちょうどいい!馬のエサにしてやろう!ぐふっ。」
「!!!」
ディオメデスの言葉を理解したのか、四頭の馬がよだれまみれのデカイ口を開け、子供に襲い掛かる。
「待ちなさいよ。」
それを見兼ねた絵里が割って入る。
「な、なんじゃ?お前は?」
「誰だっていいでしょう?子供をエサにしようだなんて、その頭の悪そうな馬には、せいぜいミミズがお似合いよ。」
「なん……なんじゃとぉ!?」
「殺る気?」
九十九折の爪を具現化してディオメデスを牽制する。
「舐めてかかると、ケガじゃ済まないわよ?」
絵里の気迫に圧され、馬達も尻込みする。
「うぅ………」
「おとなしく帰りなさいよ。そのうち、こっちから行ってやるから!」
馬達の怯える姿を見て、ディオメデスもたじろいでしまう。
「お、お、覚えてろ〜〜!!」
それだけ言って退散する。
「出来れば私は忘れたいけど。」
九十九折の爪をしまい、男の子の頭を撫でる。
「大丈夫?」
「うん。お姉ちゃん、ありがとう!」
絵里の堂々たる勇姿に感服したのか、目がらんらんと輝いている。
「お姉ちゃん、ボクのおうちにおいでよ!お礼したいから!」
「あは……おりこうさんなのねぇ。でも、お姉ちゃんは用事が………」
言い終える前に、絵里の手を引っ張る。
「早く!早く!」
年齢よりしっかりとした口調でも、中身はやはり子供。絵里の都合などお構いなしだ。
「ほら!行こう!」
「ちょっ…………」
腕を引かれる形で、男の子に着いて行く。
路地に入り奥まで行くと、表通りとは打って変わり、寂れた住宅街に出る。
「こっちだよ!」
名前も知らない男の子は、明るい笑顔で絵里を導く。
そして、一軒の到底『家』とは呼べないところで立ち止まる。
「ここだよ!今、ママ呼んで来るから待ってて!」
ただ成り行きに任せるしかない。
「貴女様が………」
ぼーっと考え事をしていると、男の子とその母親らしき人物が中から出て来た。
「このお姉ちゃんが助けてくれたの!」
「あ、あの、私は別に………」
そんなに深い意味で助けたわけじゃないから、リアクションに困ってしまう。
「うちの子が、ディオメデス様の馬に食べられそうになったところを、助けていただいたみたいで。」
深々と頭を下げられる。
「き、気にしないで下さい。」
「お見受けしたところ、名のある戦士様のようですけど…」
「まあ………そんなとこです。」
「立ち話もなんですから、どうぞ中へ。何も無いところですけど、ちょうど今スープを煮込んでいたんです。ささ、遠慮なさらずに。」
うんともすんとも言う前に、連れられて行く。
「ごちそうさまでした。」
絵里は丁寧にお礼を言うと、男の子の家を出る。
貧しい家だということは一目でわかった。スープだって人様に出せるほどの量はなかったはずだ。
男の子は母親と二人暮らしで、父親はディオメデスの馬のエサにされたという事だった。
「バイバイ、お姉ちゃん!」
元気に手を振られる。
「バイバイ。」
それに控え目に応える。
母親の方も同じくらい控え目に手を振っている。
先を急ぐので長居は出来ないと、一杯だけスープをごちそうになり、軽く会話を交わしただけだった。
それでも、人々がディオメデスに怯えているというのは伝わった。
だけど、それも後少し。
ディオメデスは殺してしまうのだから。
途中、気合いを入れようと近くを流れていた小川で顔を洗っていると、
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が聞こえ、耳を澄ます。
どうやらディオメデスと、バカ馬が現れたらしい。
あれから小一時間しか経過してないのに。
「せっかちね……」
あの親子に会ったからだろうか?ディオメデスが憎く思えてくる。
顔を拭い、ディオメデスの元へ急ぐ。
しかし、予想してなかった事態に陥る。
「そんな………まさか……」
見慣れた親子が…………死んでいた。
「ぐふふ。また来たか。だけど残念だったなぁ?クソガキは殺してしまったぞぉ?母親もなぁ。ぐふっ。」
「ディオメデス!!」
「ぐふぐふ。一度目をつけたエサは、ぜぇぇぇぇったい逃さぁぁぁぁん!!」
「許せない!!あんた人の命をなんだと思ってんのよ!?」
「だぁぁまれぇ!!愛しいお馬ちゃん達の為なら、他人の命など安いもんよ!」
「…………腐ってるわ。」
「ワ〜シはこの国の国王じゃあ!国民の命はワ〜シの為にあ〜る!!」
「問答無用ね。………………殺してやる!」
一瞬でディオメデスの後ろを取る。
ディオメデスは何が起きたのかわかってない。
「ぐほぉ!?」
「あの世であんたが殺した人達に謝ってくるのね!」
九十九折の爪を揃えて、一気に背中から突き刺す。
「ぎゃおおぉ!!」
腹から血が噴き出る。
その臭いを嗅いだ馬達が、ディオメデスの肉体を貪り始める。
「や、やめろ〜〜〜!!」
「自分のペットに喰われるようじゃ、世話ないわ。」
ディオメデスはあっという間に骨だけになる。
馬達は空腹を満たすと、眠りについた。
絵里の目に一本の長いロープが止まる。
「………。」
二、三回横に張り、強度を確かめてから、四頭の馬達を縛り上げる。
「これでいいわ。」
すると、思いきり回転して、遠心力で吹っ飛ばす。
あまりの怪力っぷりに、感嘆の声が人々から漏れる。
「……………………。」
絵里は無言で親子の亡きがらに近寄ると、二人の手を繋いでやる。
「名前………聞かなかったわね………」
慢心していたのかもしれない。
ディオメデスのオーラを感じる事は可能だったはず。
もっと注意してれば、二人を死なす事はなかったのに。
絵里は翼を広げると、馬達を放り投げた方向へ飛び立った。
六つ目のオーブが割れた。