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第二十四章 ブラックレイン

蒸し蒸しするジャングルの中を、もう一人の魔王、ルシファーこと戸川純は歩いていた。


「クーラーも無いような辺境の地が存在する事自体、信じられませんわ!」


お嬢様育ちの純には、ジャングルの蒸し暑さは、充分に試練だった。

なのに、ほんとの試練は別に存在する。もはや悪夢に等しい。

 文明の恩恵無しには、彼女は生きていけないかもしれない。

純がやらねばならない試練とは、ジャングルに住むアマゾネスの女王・ヒッポリュテの帯をもらってくる事。

そうダイダロスに言われた時、『貴方がやりなさい!』などと、空気の読めない事を言っていたのだが、全く相手にされず取り残されてしまったのだ。

だから、機嫌はよろしくない。

とにかく、あらゆる事をお金で解決して来た彼女は、自分の思い通りにいかないと癇癪かんしゃくを起こす癖がある。


「ようやく着きましたわね。」


ジャングルの奥深くにある、アマゾネスの集落に着いた。

集落の周囲は塀で囲われている。入口らしきものは純の前にある箇所だけのようだ。


「出迎えもないなんて、レリウーリア(うち)の連中とタメを張りますわ!」


よそ者を出迎えるような集落はまず無い。加えて、レリウーリアの仲間達も、立場の同じ純の出迎えをするほどお人よしじゃあない。

感覚がズレてる純の方が異常なのだが、本人は、庶民との差だからと諦めてる節はある。

それでも仲間達と喧嘩にならないのは、かまって遊ぶには最高のキャラクターだからだ。

純に言わせれば、また違う答えが返って来るのだが。

そんな彼女だから、どこに行くにも我が物顔だ。

入口を抜け、堂々と集落の中を歩く。

黒い鎧を身につけて集落を歩く彼女は、アマゾネス達から見れば侵入者以外の何者でもなかったろう。

それが一言に現れていた。


「止まれ!曲者!!


気がつけば、純の周りに槍やら弓やらを携えた女性達がいた。

水着にほんの少し飾りが付いた衣装を纏って、頬には原色のインクで何か描かれている。


「曲者とは失敬ではありませんこと!?だいたい、初対面の者に向かって武器を突き付けるなんて、野蛮にもほどがありますわ!!」


こういうお門違いな発言を多々するのが戸川純だ。

彼女に記憶も力も受け継がれてるルシファーは、頭を痛めている事だろう。


「怪しい奴!何者だ!?名を名乗れ!!」


「んまあっ!!この村では客に命令するんですの!?」


言っておくが、決して客ではない。


「な、なんだか変な奴だぞ…?」


「イッてるのか?」


アマゾネス達は、純の傍若無人ぶりを口々に囁く。

自分が言われる事は、囁こうが叫ぼうが全て聞き逃さない。


「そこっ!変なのは貴女がたじゃありませんこと!?女性のくせに、言葉遣いがなってないじゃありませんか!!不愉快極まりないですわ!!責任者を呼びなさい!!責任者を!!」


アマゾネスの歴史の中で、こんな変わり者はなかっただろう。

純の言う通り、責任者でも呼ばなければ収拾がつかない。

アマゾネス達の本能がそう訴えてくる。


「何事だ?」


騒ぎを聞き付けた別のアマゾネスがやって来た。

責任者かどうかはわからないが、少なくとも純を取り囲んだアマゾネス達より、身分は上だという事はわかる。

なぜなら、彼女が来た途端アマゾネス達が膝まずいたからだ。


「はっ!侵入者を見つけたのですが………その……頭をやられてるようでして………」


どう説明していいかわからず困り果てるアマゾネスを押しのけ、純が前に出る。


「貴女がここの責任者ですの?」


「一応そういう事になるが……何か?」


「何か?じゃありませんわ!客に対する礼儀がなってないじゃありませんか!一体全体、どういう教育をなさってらっしゃるのかしら!?わたくしの会社の社員なら、クビにしてるところですわよ!!」


まくし立てて来る純に驚きはするものの、敵意はなさそうだと判断しアマゾネス達を散らせる。


「それは失礼した。皆に変わって謝罪しよう。」


そう言うと膝まずいて頭を下げる。


「ま、まあそんなに気になさらなくてもかまいませんのよ?この暑さで、わたくし自身も少々気が立ってただけですから。」


あっさり頭を下げられると、純としては調子が狂う。

なにぶん、レリウーリアの中にはそこまで素直な者はいない。


「申し遅れた、私はアンティオペ。この国の女王ヒッポリュテ様の妹だ。まあ、見ての通り、国と言っても小さな村だが。」


苦笑する眼差しの奥には、村への想いがこもってるような気がした。


「それより、貴女は?」


「え…?あ、わたくしは………」


危うく魔王ルシファーだと名乗ってしまうところだった。

なんとなく直感だったが、ルシファーの名を名乗るのは危険な気がして、人間の名前を名乗る。


「わたくしは戸川純。純とお呼びになって。」


「純………変わった名前なのね。」


お互い気を許したのか、笑顔になる。


「で、ここに来たのには何か理由があるのだろう?」


「あっ……忘れてましたわ!わたくし女王にお会いしに来たのでしたわ!」


「ヒッポリュテ様に?」


アンティオペは少し考えてから、純を女王であるヒッポリュテに会わせてみるのも面白いかもと、彼女の要求を承諾した。


「わかった。ヒッポリュテ様に会わせよう。」


「それは話が早くて助かりますわ。」


「では、着いて参られよ。」


アンティオペが歩き出すと、純もそれに続く。

城へは一本道だったからすんなりと着く事が出来た。

城と言う割には、せいぜい学校の体育館が一回り大きくなった程度だった。


「思ったより小さいですわね。」


「ハハハ。アマゾネスは女性だけの部族だからな、人数も多くない。」


「ふ〜ん…………」


子孫繁栄はどうしてるのか気になったが、アンティオペが進み出したので慌ててまた歩き出す。

中に入るとひんやりとした空気に巡り会う。

外がめちゃくちゃ暑いだけに、なおさら感じる。

その正体は、城の中を流れている水だった。近くの川から引っ張ってきてるのだろう。小さな魚が群れを成して泳いでいるのを見ればわかる。


「何してる?着いたぞ。」


アンティオペが純を呼ぶ。

扉らしいものは無く、カーテンだけがかけられた部屋へ通された。


「ヒッポリュテ様、お客人をお連れしました。」


片膝を着き、純を連れて来た事を伝える。


「客人?」


ヒッポリュテが純を見る。

純が息を呑むほどの美貌が目の前に現れた。

純が認める美貌の象徴は、由利だ。それを忘れてしまうほどヒッポリュテは美しい。


「純?どうかしたか?」


呆然としていた純にアンティオペが話し掛ける。


「あ………い、いえ、なんでもないですのよ。おほ……おほほほ………」


由利を見た時も驚いたが、我を忘れる事はなかった。


「アンティオペ、ご苦労でした。下がってかまいません。」


ヒッポリュテに言われ、アンティオペは一礼すると部屋を出て行った。


「貴女………名前は……?」


優しい表情で語りかけてくる。


「わたくしは純。東洋から遥々やって来ましたのよ!」


「トウヨウ? 聞いた事がありませんね………」


「ま、まあかなり遠くにありますから、無理もありませんわ。お気になさらないで。」


「うふふ。面白い方ですね。それで、このような辺境の地までわざわざ何をしに?」


ヒッポリュテの腰に巻かれた帯を見る。目的の帯は、軍神アレスがヒッポリュテに送ったもの。アマゾネスの女王の象徴だ、そう簡単に譲ってくれるとは思ってない。

かと言って、ここまで血を見ずに来れたのだ、正直に言ってみた方が得策だろう。

咳ばらいをして喉を『慣らす』。


「貴女のその腰に巻かれている帯が欲しいのです。」


丁寧に言う。無理を承知で頼むのだ、出来るだけ好印象を与えたい。


「帯?」


「ええ。わたくしの仲間を救う為に、どうしても必要なんですの。本来なら、それ相応の金額で買い取るのが礼儀なんでしょうけど、生憎、現金もカードも持ち合わせてませんの。」


要は、タダでよこせと言いたいのだ。

ヒッポリュテは不思議そうに純を見たまま、言葉の意味を必死で理解しようとしている。


「まあ、タダでよこせという方が間違ってますわね。わかってますのよ、言ってみただけですわ。やはりそれなりの代価が必要ですわよね………」


イマイチの反応を見せたヒッポリュテに焦ってしまう。

すっかり頭から離れていたが、帯を手に入れるのは目的じゃない。ダイダロスから美咲を救わなければならないのだ。


「何を言ってるかわかりませんが、仲間を助けたいという気持ちは伝わりました。」


「それじゃ………」


「私の帯で純の仲間が助かるのなら、断る理由はどこにもありません。こんなジャングルの奥深くまで、わざわざ私を訪ねて来るくらい大切な仲間なんでしょう?喜んでお渡しします。」


試練とは名ばかりだった事を喜ぶ。

アマゾネスは女だけの部族とはいえ、好戦的な部族だ。その程度はルシファーの知識から知り得る。だからもっと苦労するかと思っていたのだ。


「さあ、お持ちなさい。」


ヒッポリュテから帯を受け取る。革製のずっしりとした帯だ。


「何をしてるのです?早く仲間を救ってあげなさい。」


帯の重みを感じていた。大切な帯なはずだ。それを初対面の自分に、仲間を救うという嘘か本当かもわからない話を信じて。


「純?」


「…………絶対に………絶対に助け出しますわ。」


「武運を祈ってます。」


にこやかに純を激励する。

純はヒッポリュテに膝まずいて、敬意を表す。ヴァルゼ・アークにしかした事がないのに。

彼女なりのヒッポリュテへの最大の感謝だ。

城を出て、元来た道を引き返す。最初の場所まで帯を持ち帰らねば、試練は果たされない。

来た時のように、愚痴は零さない。戻ればダイダロス達との戦いが待っている。

美咲を死なせるわけにはいかない。そう決意を新たにしていたその時、


「いたぞ!!」


突然声がして振り向くと、アマゾネス達が武器を持って純を取り囲んだ。


「な、なんですの!?」


わけがわからず、あたふたする。


「純!お前………悪魔だというのは本当か!?」


アンティオペが弓を引きながら純の前に立ちはだかる。


「なんでそれを…………」


「純、私は貴女を信じてましたのに……」


「ヒッポリュテ……」


ヒッポリュテも槍を持って現れる。


「お待ちなさい!わたくしは嘘は申してません!」


「黙りなさい。貴女に差し上げたその帯は、軍神アレス様より頂いたもの。人の命を救えるのであればと、惜しまず渡した私が馬鹿でした。」


「ですから!仲間を救うというのは…………」


必死に説明する。アマゾネスが攻撃を仕掛けて来れば、応戦せざるを得ない。無駄な血が流れてしまう。


「仮にお前の言葉が本当でも、悪魔を救う為に協力は出来ん!」


アンティオペにはっきりと言われる。


「………悪いけど、帯は返せませんわ。」


「なら力ずくで取り返すまでだ!やれっ!!」


アンティオペの合図で、純に対しての一斉攻撃が始まる。

やられる要素はどこにもない。

しかし、ヒッポリュテの優しさを知ってしまい、戦いに戸惑いが生まれる。

かと言って防戦一方では解決にならない。

迷った末、腹をくくる。


「悪魔の命と人の命と……何が違うと言うのです!?」


グングニルを出し、技をかます。


「生生流転!!」


アマゾネス達が次々倒れて行く。


「おのれっ!悪魔めっ!!」


アンティオペが弓を弾く。飛んで来る矢を跳ね返し、矢はアンティオペの胸に刺さる。


「ぐっ………………」


「アンティオペ!!」


ヒッポリュテが駆け寄るが、助かるわけもない。

狙ったわけではないが、言い訳をしても始まらない。


「薄汚い悪魔!!よくも我が妹を………!!」


「戦場を作ったのは貴女達ではなくて?わたくしが望んだ事ではありませんわ。」


 純は何かと誤解を受ける性格をしている。だから誠実に対応してもらった事があまりない。

今回のヒッポリュテのような対応は稀だ。

手にかけたくない。


「アマゾネスの誇りに賭けて、貴女を……………討つ!!」


槍向けて突進して来る。


「…………ここで情けをかけるわけにはいきませんの!!」


ヒッポリュテの槍をジャンプしてかわし、グングニルを……………刺す。


「ぐあっ…………」


グングニルを引き抜くと、ヒッポリュテは前のめりになって倒れた。


「………………なんでバレましたの?」


疑問が残った。悪魔だと何故わかってしまったのか?

確かめる術はない。


「これも………運命ですの………?」


五つ目のオーブが割れた。


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