第二十章 Lion Heart
オーブに誘われ辿り着いたところは、森の中だった。
「……………。」
状況が飲み込めず、とりあえず辺りを散策してみる。
鎧を纏い、シュミハザとなった景子が草を掻き分けながら歩いて行くと、ダイダロスがいた。投影されたように、ゆらゆら不安定に揺らめいている。
「子供騙しもいいとこなのです。」
「子供騙しかどうか、結論を出すのはまだ早いと思いますよ?」
「さっさと用件を言えなのです。お前の顔は一秒でも見たくないのです。」
「フフフ。ずいぶん嫌われ者ですね。まあいいでしょう。」
幼い少女の視線をかわすように目をつぶり、説明を始める。
「この森には、ライオンがいます。とても狂暴な。そのライオンを貴女が倒せば、オーブは力を失います。もちろん、貴女も無事に神殿に戻る事が出来ます。ただ、ライオンを倒せず、逆にやられてしまうような事があれば、二度と結界を解く事が出来なくなります。」
この、結界を解く試練が、ダイダロスにとっての時間稼ぎだという事はわかりきっている。
「内容はわかったから、早く帰れなのです。」
「そう怖い顔をしないで下さい。可愛い顔が台なしですよ。」
ダイダロスの軽口に我慢出来ず、デスティニーチェーンを放つ。
投影されてるダイダロスを突き抜け、その向こう側の大木を勢いで倒してしまう。
「フフ…健闘を祈りますよ。」
嫌味ったらし顔が消えてせいせいする。
「ライオン………負けるわけがないのです。」
森の中をずいぶん歩き回ったが、ライオンなんてどこにもいない。ここでの時間と元の世界の時間とが、連鎖してない事を祈りたい。連鎖してるとしたら、半日以上は経ってる。美咲を救うのが遅くなってしまう。
夕日が沈み、夜がやって来た。木に寄り掛かり、一休みする。
景子は夜が好きじゃない。孤独な日々を思い出してしまうからだ。明日が本当に来るのか不安になる。
今は、仲間がいるから気持ちをごまかせてはいるが、一人の夜はやっぱり辛い。
「ライオンなんてどこにもいないのです………」
焦る気持ちとは裏腹に、睡魔が襲って来る。
「寝てはダメなの………です…………寝ては…………」
夢の中に入ってから異変に気付くまで、どれだけ時間が過ぎたかは定かではなかった。
鼻に纏わり付く血の臭いで目が覚めた。
「…………………………。」
目を擦りながら辺りを見渡す。
真っ暗な闇の中に、丸い緑色の光を発見する。
その光は、少しずつ景子に近付いて来る。
「フーッ………フーッ………」
荒い息遣いから、獣だとわかった。
「……………ライオン。」
思った通りライオンだった。ただし、特大の。
「ガルルルル……………」
唸り声は満たされない空腹感を表しているようだ。
「コイツを倒せば………」
ありえないほど大きいライオンであっても、所詮は獣。
悪魔に勝てるわけがない。
そう思って、デスティニーチェーンをライオンの眉間目掛けて放つ。
だが試練というだけあって、簡単にはいかないらしい。
眉間に命中したはずのデスティニーチェーンは、ライオンを貫く事なく地面に落ちる。
「………!!!」
何か不手際があったのかと、再度デスティニーチェーンをライオンに向ける。
しかし、結果は同じ。確実に当たってるはずなのに、かすり傷すら負わせられない。
「そんな………………」
その後も、何度も試すものの、やはり同じ結果が待っているだけだった。
「慣れぬ臭いがすると思って来てみたが…………まさか少女とは。それも人間と悪魔の臭い…………何者だ?」
ライオンが喋った。
それに驚く事もなく、力いっぱいデスティニーチェーンをぶつける。
「ムダだ…………私の身体は一切の武器を受け付けん。ムダな努力はやめて、おとなしくエサになれ。」
「……………誰が獣のエサになんか、なのです。」
「気丈な女だ………私を見ても身震いひとつしないとは……ならばこちらも実力行使でお前を喰ってやるだけだ。」
ライオンにとっては狭苦しいだろう森の中で、景子を喰らうべく機敏な動きを見せる。
そして、あっという間に景子の後ろを取り、体当たりをかます。
身体の小さい景子は、当然ながら吹き飛ばされ、何本もの木を薙ぎ倒す。
「くっ……………」
身体に鈍い痛みが走る。
「そうだ…………その顔だ。恐怖しないのであれば、痛みに耐える顔を見せよ。」
勝ち誇るようにライオンが吠える。その咆哮は、衝撃となり再び景子を吹き飛ばす。
「くぁっ!!」
背中を強打し、うずくまる。
か細い悲鳴が上がる。
ライオンはまた機敏な動作で景子の前まで行き、前足で頭を押さえ付ける。
「何故、人間と悪魔の臭いがするかは知らんが、これは滅多にありつけない御馳走だ。堪能させてもらおう。」
「ぐっ………!!」
力では敵わない。
ライオンがよだれを流し、景子を見下ろしている。
景子は最後の手段として、デスティニーチェーンをライオンの首に巻き付けた。
「まだ悪あがきをするのか……愚かしいところを見ると、お前は人間か……」
「………。」
「光栄に思え!私の血となり肉となる事を!!」
景子など一呑みしてしまうようなデカイ口を開け襲い掛かる。
(………バカなのです!)
景子に食らいつく寸前で、ライオンの動きが止まる。
「ガガ……………グ……」
デスティニーチェーンがライオンの首を絞め付ける。
一切の攻撃が通じなかったライオンが、初めて苦しい表情を見せた。
「ガオオォ…………」
「身体は無敵でも、生物である以上弱点は必ずあるのです。何より、呼吸をせずに生きていられる生物はいないのです。」
「ググ………………」
絞まるデスティニーチェーンを振りほどこうと、暴れ出す。
景子を引きずり回しながら、木を薙ぎ倒しながら、とにかく暴れる。
景子も、身体を何度も痛める。それでも、デスティニーチェーンはライオンの首から離れる事はない。
「ガオオォ!!」
かすれる咆哮は、威嚇の咆哮ではなく、苦しみの悲鳴にしか聞こえない。
後は、ライオンと景子との根比べ。ライオンが生き絶えるか、景子が精魂果てるか。
「は……離せないのです……………私は………ヴァルゼ・アーク様の……一番に……一番になるのです!!」
こんなところでしくじれば、いつまでたっても認めてもらえない。女として見てもらうには、頼られる存在にならなければチャンスは訪れない。
何時間も絞めた。頭を打ち、朦朧としながらも。
ライオンの動きは、徐々に鈍くなり、ふらふらしながら倒れる。
「…………ゼェー…………ゼェー………」
焦点の定まらないライオンを、今度は景子がライオンの身体に乗り見下ろす。
「……………ハァ………ハァ………ライオンにしてはよくやったのです………」
デスティニーチェーンを残る力で絞め付け、ライオンは絶命した。
神殿のオーブが割れ、結界の力が弱まる。
景子が試練をクリアした事が確認出来た。