第十八章 クラシックオールド
「やはり副司令とローサがいなくなった以上、司令無しでは無理よ。」
時間アポストロフィの発動が思ったよりうまくいかず、那奈が半ば諦め気味に言った。
「魔力がうまく繋ぎ合わないなんて…………」
千明も、何度も試した結果を恨む。
レリウーリアの時間アポストロフィは、全員の魔力を繋ぎ、真ん中に魔法陣を作る。ヴァルゼ・アークを除く13人でやるのが本来の形だ。
「総帥、いかが致します?」
ヴァルゼ・アークが加われば、魔力を繋ぐ事は出来る。しかし、彼女達に比べ絶大な魔力を誇るヴァルゼ・アークが間に入ると、魔力の均衡が取れず彼女達を傷つけかねない。
愛子がヴァルゼ・アークの方を振り返る。
「………こんなところでつまずくとはな。フッ…………まさかこれまで運命だなんて言うんじゃないだろうな。」
焦るそぶりはない。呆れるくらい余裕を見せる。
「由利お姉様がいてくれたら………」
「ぼやいて手を休めるくらいなら、総帥の意思にどうしたら答えられるのか、考えなさい。」
挫折しそうな結衣に叱咤したのは、羽竜達の元から帰って来た由利だった。
「由利…………」
ヴァルゼ・アークが少し驚いて玉座から立ち上がる。
「心配おかけしました。」
玉座から二、三段低い床にひざまずく。
「由利お姉様!どこに行ってたんですか!!」
結衣が嬉しさを抑え切れず、由利に抱き着く。
「結衣……!ちょっと待ちなさい!」
「ご無事で何よりです。司令。」
那奈も安堵を浮かべる。
他の者達も、無事な由利の姿を見て駆け寄る。景子だけはそうしないが。
「貴女達、ちょっ…………」
それでも多勢に無勢。揉みくちゃにされながらも、由利は自分の居場所へ帰って来たと実感していた。
「よく帰って来た。」
ヴァルゼ・アークが懐かしそうに見つめる。たった数日なのに。
「私とした事が不覚を取りました。あの後、意識を失い、目黒羽竜達に助けられ保護されてました。申し訳ありません。」
「そうか、羽竜達が救ってくれたか。どうりで探しても見つからないわけだ。そこは圏外だったからな。」
「………美咲は?」
姿の見えない美咲を探す。だが、どう見ても美咲がいない。時間アポストロフィをやろうとしていたわけを知る。
「あの白い生き物……美咲と何か関係が………」
由利の脳裏に、嫌な予感が走る。外では、白い生き物達が、わがもの顔で世界を荒らしている。
ヴァルゼ・アーク達も、地上で何が起きてるか、もちろん知っている。
「美咲は、おそらくダイダロス達にさらわれたのだろう。時間がない。とにかく今は、時間アポストロフィで奴らの住家を暴き出すのが先だ。」
ヴァルゼ・アークに言われ、再度時間アポストロフィに取り掛かる。今度は由利がいる。美咲とローサの穴は、調律神である彼女がいればなんとかなる。
「じゃ、始めるわよ。」
由利が声をかけ、魔力を繋ぎ始める。
さっきまでの苦労が嘘のようにスムーズにいき、11人の真ん中に魔法陣が浮かび上がる。
「出来た…………」
思わず絵里が言った。
「総帥、出来ました!」
愛子が合図をする。ヴァルゼ・アークが右手を前に出すと、魔法陣が宙に浮く。そして、そのまま全員が屋敷の上空へと瞬間移動した。
「大分派手にやられましたわね。まるでベルゼブブさんが通った跡みたいですわ。」
純が街の有様を見て、愛子を茶化す。だがそれは、由利が戻り時間アポストロフィがうまくいった事で、テンションが上がっている証拠だ。
「あらあら、口の減らないお嬢様だこと。無知を育ちでごまかす生き様が表れてるわよ。」
「な、なんですってぇ〜!?」
「やめなさい!」
二人が喧嘩になる前に由利が止めた。また本来のレリウーリアに戻る。
純と愛子は、ぶ〜たれながら睨み合った後、フンと顔を翻した。
「フッ……余興は終わったみたいだな。」
ヴァルゼ・アークが珍しく皮肉を言う。二人が恥ずかしさに顔を赤くする。
「さあて、引きずり出してやるか、神の真似事をする愚か者達を。」
ヴァルゼ・アークの意思に反応し、時間アポストロフィの魔法陣が強い光を放つ。
光は空を貫き、空間に切れ目を入れた。
そこから、溢れんばかりの不気味なオーラと白い生き物が出て来る。
由利を筆頭に、全員で白い生き物を叩き斬る。
その奥から、少しずつ姿を見せるのは、円盤型の神殿。とてつもない大きさの。
「あれが…………ダイダロスと藤木蕾斗の……」
はるかが唾を飲み込む。想像以上の建物だ。街一つは入るだろう。神殿の背後には、高くそびえる建物。古い伝説の都市を匂わせる。
「いつ造ったのかな………半端じゃないんだけど………」
翔子が抱く疑問の答えなどたやすい。一瞬で造ったに違いない。だからいつでも造れた。
「強い力を感じる………」
那奈が、不気味なオーラとは別の気配を感じとる。
「結界ね。ダイダロスやライ君のいるところまでは、地道に来いって事かしら?くすくす。」
笑ってはいるが、千明の背中を嫌な汗が流れる。
神殿の周りを漂うオーラは、十中八九ダイダロスのものだ。
それとは別の強いオーラ…………微かに蕾斗のオーラを感じる。これが意味する事は……
「いよいよ目覚め始めたか。」
ヴァルゼ・アークでさえ警戒する力……インフィニティ・ドライブを蕾斗が纏い始めたのだ。
「ようこそ闇十字軍レリウーリアの諸君。お待ちしてましたよ。」
ダイダロスが神殿の上に現れた。
「美咲はどこだ?」
真っ先に口を突いて出たのは美咲の安否を気遣う言葉。
ヴァルゼ・アークがダイダロスを睨む。
「リリス様なら、まだかろうじて生きてはいます。」
「かろうじて?どういう意味だ?」
「貴方達が今相手にしてたのは、アダムとリリスの子供達。かつて神と天使、不死鳥族から地上を奪った元凶ですよ。厳密に言えば、あの子供達は生殖によって生まれたのではなく、アダムとリリスの生体エネルギーから生み出した生き物です。」
「聞いてないわよ!いいからさっさと美咲お姉様を返して!」
結衣が鎧とロストソウルを具現化する。
「まあそう焦らないで。見ての通り、神殿の後ろにある城には、アダムによって強力な結界が張られています。あれを破るのは、魔帝どいえど無理です。」
「言ってくれるな。」
「お気に召さなければ試していただいても結構ですよ?」
「そこまで説明するからには、結界を解く方法を用意してるんだろ?」
「フフ。さすが魔帝。察しがいい。神殿の中に結界を形成してる、十二のオーブが奉られています。そのオーブが出す試練こそ結界を解く鍵となります。」
「ふざけた真似を……」
絵里が歯を食いしばる。
「城で待ってます。早くしないとリリスの生体エネルギーが尽きてしまいますよ。フフフ………」
言いたい事だけ言って姿を消す。
「本当に総帥の力でも無理なのかな………」
崇拝する主に出来ない事があるのか、葵が疑心暗鬼になる。
不可能な事など考えられない。
「それだけ自信があるんだろう。アダムの力に。」
試しても結果は目に見えている。つまらない嘘は言ってないだろう。
「十二の試練とか吐かしてたな、ちょうど十二人いる。都合がいいじゃないか。」
「お待ち下さい。」
神殿に急ごうとするヴァルゼ・アークを愛子が呼び止める。
「なんだ?」
「なんの試練かは存じませんが、総帥自ら行く必要はありません。」
「だが、一刻も早く美咲を助けてやりたい。ローサの二の舞にはしたくないんだ。」
「わかっております。しかし、罠とも考えられます。出来れば、総帥と司令には神殿で待機していただきたいのです。」
「何もするなと?」
「私達に万が一の事があった時、誰が副司令を助け、ダイダロスと藤木蕾斗を倒すのですか?」
強い眼差しで主を見つめる。
理由は正当だ。由利を行かせたくないのは、それも理由がある。至って正当な。
「お願いします、どうかご理解を。」
「…………………………………………結衣!」
目を閉じて何か考えてから、結衣を呼ぶ。
「はい!」
突然名前を呼ばれ驚く。
「羽竜達を呼んで来い。」
「目黒君………ですか?」
「そうだ。蕾斗を救い出すチャンスをくれてやろうじゃないか。」
「試練を目黒君達にも?」
「羽竜にも蕾斗にもやってもらわねばならない事がある。」
「わかりました。すぐに。」
結衣が羽竜の元へと向かった。
「見せてやろう。レリウーリアの実力を。」
ヴァルゼ・アークが言うと、全員頷き神殿へ向かう。
「蕾斗を操る程度でインフィニティ・ドライブは手に入らんぞ………ダイダロス!」