第十四章 荒れた世界の果てで
火の海。過去に行って見て来たあの光景が、今、自分達の世界に起きている。
突如現れた、背丈160?ほどの全身真っ白な生き物。
霧の集合体のような生き物達は、ところ構わず暴れまくり、人間を襲っている。
「このやろうっ!!」
見渡すかぎりの業火の中、羽竜達は白い生き物を退治していた。
「なんなんの、一体!」
次から次へ襲って来る白い生き物に、あかねもうんざり気味だ。
「羽竜!あかね!一旦引くぞ!このままではキリがない!」
どこから溢れてくるのか知らないが、倒しても倒しても数が減らない。ジョルジュが二人をリードする。
「もう手に負えないわ。ジョルジュの言う通り、戻りましょう。」
由利も策が浮かばなくてお手上げだ。生乾きの服も一瞬で乾くほどの炎の中では、動きも制限されてしまう。
手を貸すつもりはないが、保護してもらった借りは返したい。
渋々ながらも、由利とジョルジュに説得されて、業火の街から離れる。
離れたとはいえ、見渡す限り破壊されている。たった数時間で。
「くそっ………これも蕾斗の仕業なのか!?」
………世界中で同じ事が起きている。戦争なんかより質が悪い。数時間でこのありさまなら、日が経てば地球そのものが無くなるんじゃないかと思ってしまう。
これが親友の所業だと思うと、羽竜の心もやるせなさが募る。
「ここまでやるとは………手遅れだな。」
「手遅れ?」
ジョルジュにあかねが聞く。
「我々の知る蕾斗ではなくなったという事だ。」
多くは語らないが、ジョルジュの言いたい事はわかっている。
酷かもしれないが、もう友達だからという位置付けは、なくさなければならない。
次会う時は、容赦なく攻めてくるだろう。生き延びるには、あるいは、蕾斗を倒さなければならない。
それをわかってか、羽竜は何も言わない。
「裏切り……そう思ってるのかしら?貴方達は……。」
由利が口を開いた。
「裏切りじゃなかったら、なんだってんだ。俺達が戦って来た理由を一番わかってる奴が、どうしたらこんな事出来るんだよ。それも、敵と手を組んで。」
「…………まだまだ子供ね。」
「なんだと?あんたに何がわかるんだ。」
羽竜の言葉に溜め息をつく。
「なら貴方に藤木蕾斗(彼)の何がわかるのかしら?彼はずっと思ってたのよ、世の中が変わればいいと。最初は、天使や悪魔(私達)が現れた事で望みが叶うと信じた。でも、それは間違いだったと気付いてしまった。不満を感じていた世界は、人間が築いたもの。悪魔(私達)や天使やダイダロスを倒したところで、解決にはならないってわかったのよ。真実を知った彼は、自分に備わっているはずの力にこそ、望みを叶える術があると思ったんじゃないかしら?貴方達にならわかってもらえると思うと同時に、わかってもらえないかもしれないとも思った。最悪の状況を考えた時、自分を殺して貴方達についていくのか、貴方達と決別してでも信念を貫くのか迷ったはずよ。だからあんなに決意が堅いのよ。目黒羽竜、貴方はそこまでわかってあげられたの?彼をただの友人ではなく、一人の意思を持つ人間だとわかってあげられた?」
「……………………。」
返す言葉がない。由利と蕾斗の付き合いなんて、たかが知れてる。なのに、蕾斗の事をここまで理解しているなんて。
由利だからか?
違う。ヴァルゼ・アークでも同じ事を言っただろう。ひょっとしたら、レリウーリアの全員、ダイダロスも同じ事を言うかもしれない。
多分、第三者には蕾斗の行動が自然に見えている。
「………くそっ!」
何も見えてないのは自分だった。それを敵である由利に悟らせられるとは。自分に対する込み上げてくる怒りを、壁を蹴りつける事で解消しようとする。
もちろんそれは叶わない。
「若さに未熟は『憑き物』。誰もが苦い経験をするものよ……」
遠くを見つめる由利の目には、かつて自らも経験した苦い過去が映っているに違いない。
その矢先、急に口を押さえしゃがみ込む。
「由利さん?どうしたんですか?」
あかねが気分悪そうにする由利の背中を摩る。
「あ、ありがとう………大丈夫よ。」
「まだ体調が戻らないみたいですね。」
「…………そうね。」
このまま羽竜達とずっといるわけにもいかない。借りは別の形で返す事にする。
「ここいらで帰らせてもらうわ。総帥達も心配してると思うし。」
「え………帰っちゃうんですか?」
あかねには由利が帰ってしまう事が辛い。千明もそうだが、あかねにとっては女性として憧れるところがある。
そんな女性と、いつもいられる結衣に嫉妬してしまう。
「私がここにいる理由はないわ。私には私の仕事があるから。……ふふ、そうがっかりしないで、また会えるわ。ま、今度は仲良くってわけにはいかないけど。」
由利はあかねの頬で指先を遊ばせる。いつも結衣にしてやるように。こうしてやると、結衣は喜ぶのだ。
あかねも例外ではないらしい。
照れて目が泳いでいる。
「結衣もね………喜ぶのよ、こうすると。ふふ……まるで猫みたいにね。」
由利が微笑んだ顔が、またグッとくる。
美人というのもあるだろう。でもそれだけではない。千明も結衣も那奈も、持って生まれた『美』だけの笑顔じゃなく、『生』を満喫してるゆとりが混ざっている。
輝いて見える最大の理由だろう。
「ジョルジュ、世話になったわね。」
「………フッ、まさか調律神ジャッジメンテスに礼を言われるとは。」
皮肉ともとれる言葉で返す。
素直じゃないのは、羽竜と同じだ。
男とはそういうものなのかと、あかねの頭痛の種でもある。
そして、由利は羽竜を見る。
「………闇に堕ちた友人を救う術は……………私が言わなくともわかってるわね。」
静かに由利の身体が浮く。
「待ってくれ!」
帰ろうとする由利を羽竜が呼び止める。
「何か用?」
「もし、俺達が蕾斗を止められなかったら、あんた達はどうするつもりなんだ?」
由利にそれを聞くのは、由利という存在がヴァルゼ・アークに一番近いからだ。
「そうねぇ………引導を渡すわ。」
意味は充分理解出来た。
蕾斗を闇の中から助けるには、自分達も蕾斗のいる闇に飛び込まなければ助けられない。
しくじれば、蕾斗は殺される。
「それじゃ、また会いましょう。」
由利の身体が消えて、仲間の元へ帰った事を告げる。
「羽竜、気にするな。お前が信じる限り、いずれ蕾斗もわかってくれるだろう。」
肉体が戻ったせいか、ジョルジュも人間味のある言葉を口にするようになった。
「吉澤、お前両親は大丈夫なのか?」
「うん。安全な場所まで連れて行ったから。」
羽竜は何かを決意したらしく、唯一肉親のいるあかねの状況を確認しておく。
「ジョルジュ、吉澤、蕾斗を探そう。ヴァルゼ・アーク達に殺させるわけにはいかない。」
「探すって言っても、どうやって探すんだ?」
ジョルジュには、羽竜が何を考えているのか見当もつかない。
「手当たり次第さ。あの白い生き物を倒しまくってもいい。誰かを助けるでもいいさ。俺達が動けば、向こうから接触してくるはずだ。」
「何を考えついたかと思えば………それしか手段がないのだろう?」
苦笑いでジョルジュが答えた。
「これからどうなるかわからない。でも、蕾斗はやっぱり俺の大切な親友だ。闇に堕ちたのなら、助けてやらなきゃな。それと、あいつにはインフィニティ・ドライブで世界を元に戻させる!」
「インフィニティ・ドライブならそれも可能なんでしょ?」
まだ想像の域を出ないインフィニティ・ドライブ。しかし、宇宙を動かせる力であるのなら、世界を元に戻す事などたやすいだろうと、あかねが二人に聞く。
「可能だろう。だが、全ては蕾斗を探さなければ何も始まらん。」
ジョルジュは慎重を崩さない。
「覚悟決めろよ、二人共。蕾斗は相当頑固だぜ?」
やれる事をやるだけ。足踏みしている時間はない。
羽竜はトランスミグレーションを、あかねはミクソリデアンソードを、ジョルジュはパラメトリックセイバーを重ね、誓いを立てた。