第十三章 ヒートプロテクション
「お目覚めですか?邪神リリス様。」
目が覚めて真っ先に見たのがダイダロスでなくヴァルゼ・アークだったなら、彼女がここまで不機嫌にはならなかっただろう。
「随分手荒い事するのね。」
不機嫌な理由はもうひとつ。両手を鎖で吊され、足にも重りという至って原始的な拘留のされ方にもある。
「あっ、お気を付けて!その拘束具には、外せないように魔法がかけてあります。無理に外そうとすれば、たちまち全身を電流が駆け巡る仕組みです。」
力で引き契ろうとした美咲を止める。
「安っぽい真似してくれるわね。」
「なあに、すぐに慣れますよ。」
「私を生け捕ってどうするのかしら?」
「フフ………」
「何がおかしいの?」
身動きが取れないハンデがあるにせよ、ここまで余裕の笑みを浮かべられたくない。
「リリス、貴女にはアダムの子を生産していただきます。」
「…………私にアダムの子を産ます?冗談じゃないわ。そんなに簡単に貞操をあげられるもんですか!」
「誤解なさらないで下さい。産んでいただくのではなくて、生産してもらうのですよ………それも大量に。」
「お生憎様、私の身体にそんなキャパシティは無いわ。」
「貴女は、ただいてもらうだけでいいのです。アダムとの生体エネルギーを掛け合わせ、そこから私の魔法で生産するんですから。」
ダイダロスが何をどうするのかなんて興味はない。
とにかく、状況は最悪な事だけは確かだ。
「おとなしく釈放しなさいよ。でないと、後悔するわよ。」
「ご自分の立場がわかってらっしゃらないようですね。」
ダイダロスが鞭を出す。鞭と言っても、魔法で形を成している電気の鞭。それを美咲に叩き付ける。
「きゃああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「いい声をなさってる………悪魔の絶叫する声は、また格別ですよ。フフフ………」
「くっ………この、サディストめっ!」
美咲が反抗出来るのはこの程度。それを知った上で、なおも電気の鞭で痛め付ける。
「ああぁっっ………!!」
「その変にしときなよ。」
蕾斗が現れる。見るに耐えなかったのか、美咲の身体についた痛々しい傷痕から流れる血を、ハンカチで拭ってやる。
真っ白いハンカチが赤く滲む。
「アダム、失礼しました。私とした事が冷静さを失うとは。」
「…………蕾斗君………どうやら本気みたいね。」
「美咲さん、話はダイダロスから聞いたと思いますが、時間がないのですぐにでも僕の子を産んでもらいます。」
「せっかちな男は……嫌われるわよ?」
皮肉も弱々しい。
「ダイダロス、準備は?」
「出来ております。」
「始めよう、ヴァルゼ・アークが動き出す前に。」
今の蕾斗にとって羽竜は敵ではない。それは強さの問題ではない。ダイダロスが自分に付いている以上、トランスミグレーションを使えない羽竜に勝ち目はないからだ。それよりも、ローサを殺され、由利も立てないくらい痛め付けた。そして、美咲を奪ったのだ。黙ってるわけがない。何らかのアクションは起こすだろう事は、想像がつく。
ヴァルゼ・アークの絶対支配も、トランスミグレーション同様にダイダロスが作り出したもの。ダイダロスの前ではその力を発揮出来ない。
しかし、それを差し引いても充分な強さを備えている。
真に恐るべきは、魔帝ヴァルゼ・アークだろう。
誰一人として、彼の実力を知らないのだから。
美咲のオーラが消えた事に、レリウーリアは揺れていた。
「総帥、もう我慢できません!ダイダロスと藤木蕾斗を探しましょう!」
絵里が責っ付く。由利と美咲まで殺られたとは思ってないが、いいようにやられるのには黙ってられない。
「落ち着いて、絵里。探すって言っても、どこをどう探せばいいかわからないのよ?」
こんな時こそクールでいなければと、千明がヴァルゼ・アークに変わってなだめる。
「じゃあ何もするなって言うの!?司令達に何かあったらどうすんのよ!」
息をつく間もないくらいまくし立てる。ローサの一件から、我慢して来たのだ。無理もない事は、みんなわかってる。
なんだかんだ言っても、絵里にとってローサは親友だった。喧嘩ばかりだったが、だからこそ信頼していた部分もある。
仇を取りたい気持ちを抑えていたのが、不思議なくらいだ。
「そうは言ってないわ。貴女だけがいらついてるわけじゃないのよ、絵里。どうしてわからないの?」
「やめるのです。身内で争うのは、奴らに隙を与えてしまうのです。」
絵里が千明に言い返す前に、景子が割って入る。
「総帥…………」
判断を仰ぐべく、愛子が椅子に座ったまま沈黙を決めるのヴァルゼ・アークを見つめる。
「……………………ダイダロスも蕾斗も地上にはいまい。」
そう言って、窓の外の空を見る。
「地上にいないって事は………………空?」
葵もヴァルゼ・アークが見てる空を、部屋の奥から眺める。
にくったらしいくらい、澄み切った青空だ。
「時間アポストロフィの用意をしろ。」
「時間アポストロフィって………司令達抜きでは無理です!それに、あれは異次元を移動する為の魔法儀式では………」
時間アポストロフィをやるには、人数が足りない。それと目的も違う。葵が声を出す。
「人数なんて問題ないわ。総帥がやれとおっしゃるなら、やるのが私達の使命でしょう?」
ようやく腰を上げたヴァルゼ・アークに、絵里が反対するわけがない。
「しかし総帥、時間アポストロフィで何をなさるおつもりですか?」
愛子が葵の疑問を受け継いで、ヴァルゼ・アークに問う。
「次元と次元を繋ぐ事が出来るのなら、そこに隠れているものを引きずり出す事も可能だろう。お前達は、黙って言われた通りにすればいい。」
あれこれ詮索するまでもない。
絵里が言った通り、ヴァルゼ・アークが思うがままにするのが使命なのだ。それ以上でも以下でもない。
「こちらから仕掛けるのですね?」
愛子が再確認する。
全員がヴァルゼ・アークの言葉を待つ。確実な言葉を。
「……成すべき事を、成す時だ。」