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第十章 felmale

気がついたのは、時間にして数十秒前。だからここがどこかなんてわからなかった。見慣れない和室に寝かされている事実と、差し込む痛みが身体を覆っている事実、推理するには条件が悪すぎる。

和室だとわかったのは、畳の香りと視界に入る襖が見えたから。


(ローサの部屋も和室だったっけ…………)


屋敷でローサの部屋だけが唯一、和室だった。そこにあったのは、何台もあるエスプレッソメーカー。和室には似合わないと言ったのに、懲りずに買ってくるローサにみんな呆れていた。

そんなに前の話でもないのに、何故か懐かしい。

一人考え事をしていると、襖が開いて女の子が入って来た。吉澤あかねだ。


「あっ!気がついたんですね!」


私とは半分近くも歳が違う。その分、彼女の肌は張りがある。羨ましい。


「ここは……?」


私は自分がどこにいるのか知りたかった。まあ、おおよそ検討はついているが。


「ここは羽竜君のお家です。気を失った………え〜と………」


「由利。仲矢由利よ。」


「由利さん、気を失ってたんで運んで来たんです。」


まさか敵に命を救われるとは、司令官としては情けない限りだ。


「…………そう、ありがとう。」


「い、いえ、当然の事をしたまでです!」


どうやら、私と話す事に緊張してるらしい。


「当然………ねぇ……」


「いけませんでしたか……?」


「そんな事はないわ。でも、よかったの?私は貴女達の敵よ?助けてもらっても、その関係は変わらないわよ?」


「あは………そういう事は考えないようにしようって、羽竜君とジョルジュが言ってました。」


ジョルジュ………そういえばレジェンダに肉体が戻ったとか総帥が言ってた。だからジョルジュと呼んでいるのか。


「二人は?」


「羽竜君達は買い物に行ってます。」


「のんきなのね………友人が暴走してるっていうのに。」


「まあ……悩んではいますけど。」


それはそうだろう。私だって驚いている。あの子がダイダロスと手を組むなんて………。


「あ、あの〜…………」


「何かしら?」


「由利さんて、どうして悪魔に?」


何を言い出すかと思えば。聞いてどうするんだろうか?彼女には何も関係ない話だと思うのだが……。


「そんな事を聞いてどうするの?」


「いえ、何となくっていうか………由利さんだけじゃなく、レリウーリアの人達って、すごく魅力のある人達ばかりなのに、悪魔になる必要なんてあったのかなって………すいません、余計なお世話ですよね。」


「気にしないで。でも、その問いには答えられないわ。ごめんなさい。」


彼女くらいの時には、いろんな事に疑問を抱くものだ。特に他人の事に。私もそうだった。

でも、大人への階段を昇る度に、他人への興味やそれまで抱いていた疑問は薄れていく。いつも抱いていたはずなのに、気がつけば失くしてしまっている。

大人になったからなのか?子供でいたくないからなのか?いつだったか、総帥が言ってた。人の抱く疑問は、決まって意味が無い………と。

言われてみれば、私が悪魔になった理由など、吉澤あかねには無意味な事だ。知ったところで何が変わるでもない。


「遅いなあ……羽竜君……」


話題を変えたいのか、時計を見ながらぼやいて見せる。


「さて………私は帰らなきゃ……」


起き上がろうとしたが、挫折してしまう。声にならない痛みが邪魔をしてくれる。


「ダメですよ!もう少し横になってて下さい!」


情けない。こんなところをみんなに見られたら、なんて言われるか。


「やれやれね。私とした事が……」


ダイダロスとの戦いの時、『迷い』さえなければ、勝てないまでももっと食い下がれたはず。

私はレリウーリアの司令官として、もう終わりなのかもしれない。


「どうかしました?」


「ここには目黒羽竜の両親も住んでいるのでしょう?私がいるのは不都合じゃないかしら?携帯電話に仲間の連絡先が入ってるから、誰でもいいから呼び出してもらえない?」


そうだ、携帯電話があった。


「それが………」


吉澤あかねが困った顔をしながら、真っ二つに折れた私の携帯電話を差し出す。


「………………最悪だわ。」


「羽竜君のご両親は、海外で暮らしてますので心配はないんです。………番号わかるのでしたら、私かけますけど………」


最悪の意味を吉澤あかねは理解していない。携帯電話が壊れた事はどうでもいい。ただ、番号を暗記してない。総帥のでさえ。未熟というか愚かというか………。


「新井さんの連絡先もわからないし………困りましたね……」


当然だろう。結衣も彼女の敵なのだ。敵にわざわざ連絡先を教える馬鹿はいない。


「美術館はどうでしょうか?那奈さんがいれば……」


「無駄よ。那奈は屋敷で休んでいるし、美術館に問い合わせしたところで、那奈個人の連絡先なんて教えてもらえないわ。住所だって屋敷の住所は教えてないはずよ。はぁ………お手上げね。」


所詮、私も俗物か。連絡先を暗記していないなんて。屋敷に帰れば万が一に備えて、ノートに写してはあるのだが、今回ばかりは意味がない。

そうこうしているうちに、目黒羽竜とレジェンダ………もとい、ジョルジュが帰って来たらしい。

出来れば醜態を晒したくなかった。気まずい。


「お帰り、羽竜君、ジョルジュ。」


和室の隣は、リビングになっているようだ。ガサガサとビニールの袋の音がする。


「気がついたみたいだな。」


入って来たのはジョルジュだ。

目黒羽竜の服だろうか?あまり似合ってない。


「……………笑いたければ笑いなさい。生殺与奪は貴方達が握っているんだし、好きにすればいいわ。いえ、そうしてもらった方が楽かもね。」


「レリウーリアを仕切る者の言葉とは思えぬな。」


「そう?」


「ああ。自虐的な言葉は吐かないものと思っていたからな。」


「………私に限らず、レリウーリアはヴァルゼ・アーク様しか頭にないから、こういう状況になればみんな同じセリフを吐くと思うわよ?」


「ヴァルゼ・アークに恥はかかせられないって事か。」


「解釈は任せるわ。」


私達の事を話すつもりもない。私は彼らからすれば『ただ』の敵ではない。ジョルジュが言った通り、レリウーリアを仕切る立場にある。目黒羽竜と吉澤あかねはそこまで考えてはいないだろうけど、ジョルジュは違う。肉体年齢は目黒羽竜達と変わらないくらいだが、精神年齢は長い年月を生きて来ただけあって高い。思慮深く出来ない彼らに変わり、いろいろ思考を張り巡らせてるはずだ。


「よ、よう、お、お、起きてたか……ジャッジメンテス……」


家の主がやって来た。私にどう接したらいいのかわからないらしい。


「……………一応、貴方とジョルジュにもお礼を言わなきゃね。助けてくれて、ありがとう。」


気持ちはこもってない。私からすれば、見世物気分でしかないのだから。


「ま、まあ、傷が癒えるまでゆっくりしてけよ。」


「せっかくの申し出だけど、そういうわけにはいかないのよ。立場というものがあるから。」


そう言って、また起き上がる事を試みる。今度は挫折しない。どんな痛みがやってくるかわかっている。


「由利さん!」


支えようとする吉澤あかねを制止し、上半身を起こす。そして私は、重大な事実に気付く。


「!!!!!!!」


裸だった。考えてみれば、吉澤あかねが携帯電話を持っていた時点で、気付くべきだった。

私は普段、寝間着を纏わない。就寝時は全裸だ。違和感がなかった。最悪なんて言葉では済まない。

慌てて布団で胸を隠す。

目黒羽竜とジョルジュは顔を赤くしながら、顔を背けている。


「くっ…………醜態だわ!」


「服が汚れていたもので、ごめんなさい!でも安心して下さい、脱がせたのは私ですから!」


彼女に悪気がないのは承知している。逆の立場なら、私も同じ事をしただろう。それを考慮しても、醜態に変わりはない。


「私の服は、まさか……」


「………洗濯機の中です。その変わり、羽竜君にジャージを買って来てもらいましたから。羽竜君、ジャージは?」


「お、おう。」


私が…………ジャージ?目眩がする。スマートじゃないわ。


「ほ、ほら……」


目黒羽竜がジャージを持って来た。

センスが伺える。薄いピンクのジャージが、私を笑っているように見える。

個人的にジャージを着る趣味はないのと、屋敷でジャージを着ている者がいないが手伝って、敵意を持ってしまう。

だって、レリウーリア(うち)には女優とモデルがいる。彼女達がファッションのお手本となっているのだ。ジャージが悪いとは言わないまでも、常日頃から女性である事を忘れない姿勢が浸透している。

総帥の目を惹くのも理由の一つに上がる。

総帥がいない日には、それこそ全裸で屋敷をうろつく者までいる。さすがにそれは怒るが。


「う……………」


抵抗はあるが、ここを出るには着るしかない。もしかして悪意があるのかも。わざわざジャージを買って来る意味がわからない。


「なんだよ、着ないのか?」


「んもうっ!羽竜君達いたら着れるわけないでしょ!エッチ!」


「え、エッチ〜!?俺はまだ何も………」


「い〜いから、二人共出て行って!」


何と言うか、生活感に溢れている空気が漂った。

私は、不本意ながら薄いピンクのジャージを痛みに耐えながら着る。ポニーテールも解いてあるし、化粧も落ちている。どっから見ても病人だ。


「……………………。」


わがままは言えないが、やっぱり受け入れられない。早く屋敷に帰りたい。


「ジャージ(これ)、借りて行くわ。」


「由利さん、やっぱりもう少し休んだ方が…………明日学校に行ったら、新井さん連れて来ますから。」


「そうだ、新井がいた!休んでいけよ、俺は別に困らねーし。」


私が着替えた事を確認して、目黒羽竜が顔を出した。

私にはわかる。彼は今、心が乱れるのを必死に抑えている。藤木蕾斗の事が不安で仕方ないのだろう。

何故そう思うか?簡単な事、彼は私達に対して思い入れがない。今までも、突っ掛かるような接し方しかして来てない。

優しさを見せてくるのは、悟られまいとする現れ。もしくは、現実と向き合いたくない心理が働いているか。


「いいえ。甘えるわけにはいかないわ。」


再び、全身を激痛が襲う。

目黒羽竜達が何か言ってるみたいだが、聞こえない。

ただ、畳の香りを確認したのを最後に、気を失った。

















仲矢司令が総帥にとってどんな存在かは、言わなくてもみんなわかってる。

レリウーリアを結成したのも二人だし、信頼関係は深いものがあるに違いない。

時々、嫉妬に駆られる。総帥は私を認めてくれたお人。悪魔とてやきもちは妬く。司令の秘密を総帥に伝えたら……………司令はレリウーリアを出て行くかもしれない。まさか、みんなで平和に暮らそうなんては言い出さないだろう。


「バカな事を…………何を考えてるの……私………」


ふと芽生えた嫉妬心をしまい込む。


「私だって信頼されてるじゃない。愛されてるじゃない。」


自分に言い聞かせる。わかっているのに…………私も所詮、女だというのか?


「愛子お姉様、総帥がお呼びです。」


結衣が私を呼びに来た。


「今行きます。」


司令の事も私は好きだ。今は余計な事は考えたくない。

 私がレリウーリアの明日になればいい。特別になりたいのなら、別の愛され方をされればいい。

黒いマントを羽織り、魔帝の元へ歩いた。


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