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第九章 深い闇の中へ

「今日はずっと総帥の隣にいるけど、どうしたの?景子……」


朝、食事をとる時から、景子はヴァルゼ・アークから片時も離れない。はるかが純に聞く。


「なんでも、夕べは一緒に寝たらしいですわ。」


「キャーッ!嘘でしょ?いやん!景子ちゃん、まだ中学生じゃな〜い!」


翔子が悪ノリする。それを正すように、愛子が真面目に訂正する。


「何もするわけないじゃない。総帥は、景子の事を妹みたいに大切にしてるんだから。」


自分達も大切にされているのは感じている。でも、景子に対するものとは、少し違う。

上手く言えないが、違うのだ。

レリウーリアは、いつもの雰囲気を取り戻していた。ローサの死を引きずっていては、先に進めなくなるからだ。彼女への想いは、それぞれが胸に秘めている。口に出して悲しむばかりでは、悲哀も薄れるというものだ。


「景子(あの子)も、何考えてるかわからないからねぇ。」


読んでいる本に目を置いたまま、葵が口を出す。


「見なよ、あの幸せそうな景子の顔。かわいいじゃん。滅多に見れないよ。レアもんだね、レ・ア・も・ん!」


はるかは景子の表情に見とれてしまっている。元がいいだけに、無愛想な景子を勿体ないと思っていた。若干14歳にして、女としての成長に未来を感じさせる。はるかだけでなく、みんな同じ意見だ。

彼女達にとってもまた、大切な妹分なのだ。


「そういえば、司令は?今日まだ見てないけど?」


葵が朝から姿の見えない由利に気付いた。


「司令は用事があって出掛けてるわ。」


あまり勘繰られまいと、さりげなく愛子が言う。


「ふ〜ん、最近よく出掛けるけど、どこ行ってんの?」


「さあ?そこまでは……」


由利の事情は愛子にしかわからない。突っ込んで来る葵を無難にかわしておく。

変に勘が働く葵だ。話題が逸れてくれる事を祈る。そして、愛子の祈が届いたのか、慌ただしく美咲が飛び込んで来る。胸を撫で下ろすのもつかの間、悪い情報が伝えられる。


「ヴァルゼ・アーク様!大変です!」


「なんだ、騒々しい。」


「ふ、藤木蕾斗が………とにかく、街へ来て下さい!!」


ヴァルゼ・アークには予想はついた。何が起きてるのか。


「牙を剥いたか………」


蕾斗の選んだ道…………最後の戦いが幕を開けた。

















由利が外出した日は、決まってご機嫌だ。こんな日は、仲間達にケーキを買って帰る。特にケーキに固執してるわけではないが、一番喜んでくれるのがケーキなだけ。

由利は幸せだった。皮肉にも、ローサが死んだ事と重なるように生まれた幸せだ。素直には喜べない事はわかっている。自分の気持ちがごまかせないのが辛い。


「レリウーリア(私達)が、こんな出会いでなかったなら…………」


ヴァルゼ・アークが望みを叶えれば、この世の全ては無に還り存在自体が無くなる。

ヴァルゼ・アークが戦いに負ければ、それは自分達の死を意味する。

どちらをとっても、生きてこの世には留まれない。


「あら?司令!」


「美咲!」


まさしく街角でばったり会う。


「お一人ですか?」


「え、ええ。みんなケーキでもと思って………なんか那奈の事もあって屋敷の中が暗くなりがちだったから、気分転換っていうか………」


由利が行動する時は、ヴァルゼ・アークの付き人の意味合いが多い。だから、由利が一人でいるのは珍しい光景なのだ。


「気を使ってらっしゃるんですね。私なんか、司令と同じ年齢なのに全然です。」


「そんな事はないわ。貴女もよくやってくれてるわ。私も総帥も助かってるんだから。」


「そう言っていただけると助かります。」


よくあるような和やかな二人の雰囲気も、一瞬で終わりを迎える。

突如として鳴り響く爆発音。逃げ惑う人々とは逆の方向へ由利て美咲が走る。そこで目にしたのは、信じられない現実だった。


「司令………あれは!」


「藤木蕾斗…………」


そこにいたのは蕾斗だった。


「由利さん………美咲さん………」


爆発の原因は蕾斗の魔法だ。うっすら笑みを浮かべ、近寄って来る。


「美咲、総帥に報告を!」


「しかし……」


「早くっ!」


異様な蕾斗の前に由利をおいて行くのは不安が残るが、由利の実力を信じて屋敷へ急ぐ。


「偶然ですね、まさかこんなところでお会い出来るなんて。」


「……何の真似かしら?正義の味方が街を破壊するなんて。」


「正義の味方になった覚えはありませんよ……僕は。」


「そういえば、うちの那奈がお世話になったみたいね。」


「ヴァルゼ・アークにも同じ事言われましたよ。」


腹を探り合う。探っているのは、むしろ由利の方かもしれない。


「堕ちたのね……深い闇に。」


「決めたんです。世界を僕が変えようって。今更になって気付いたんですよ、人間が嫌いだって事に。」


「面白いわね。聞かせてもらいましょうか、虚無を抱いたわけを。」


「偉そうに演説するような理由はありません。ただ純粋に、人の世に嫌気がさしただけです。それだけでは足りませんか?」


蕾斗は頭がキレる男だとは感じていた。まだその片鱗しか見てなかったが、彼の饒舌振りは意識に変化があった事を告げている。早い話、成長したのだ。極端なまでに。


「………いいえ、充分よ。」


ヴァルゼ・アークが警戒するのも頷ける。


「邪魔をするのなら、容赦しませんよ?」


「強気ね。私を那奈と同じに考えてると、火傷じゃ済まないわよ?」


由利がジャッジメンテスへと変わる。槍のロストソウル・シャムガルを携えて。


「闇十字軍レリウーリア司令官………僕の力を試すにはちょうどいい。」


意味ありげに不敵に笑う。

地響きが鳴り、街中の窓ガラスが割れる。


「この力は………!」


「由利さん……いや、ジャッジメンテス。僕がインフィニティ・ドライブを確実に自分のものにする為の、犠牲になってもらいます。」


大気が震え出し、軽い衝撃波がジャッジメンテスに当たる。


「はああああああっ……」


蕾斗の魔力が際限なく上昇する。溜めた魔力で、魔法を放つ。


「くうっ!」


シャムガルで弾くも、勢いで後ろへ飛ばされる。痛覚が冴え渡るほど、痛み一色に全身が染まる。


「さすがはヴァルゼ・アークの右腕。那奈さんは今の一撃でほぼ決まってたのに。」


「黙りなさい、藤木蕾斗。たった一撃で図に乗らない事ね。」


蕾斗に次の手を打たせまいと、高く飛び、滑空しながらオーラの弾で攻撃する。蕾斗には避けるだけの身体能力はない。

魔導の壁を作り凌ぐ。

防御の姿勢をとった蕾斗の隙を狙う。


「くらいなさいっ!!」


ジャッジメンテスの技を防ぐ為、もう一度魔導の壁を作る。

しかし、それは彼女の罠。蕾斗が壁を完成させる前に、再び技を繰り出す。


「かかったわね!こっちがメインよ!明鏡止水!!」


一撃目が壁に当たり、激しく弾けたところに、二撃目が炸裂する。


「……………。」


地面が窪み、手応えを感じる。

砂埃が収まるのを、じっと待つ。死にはしないまでも、致命傷にはなっただろう。それならそれでもいい。いっそ死んでくれたほうが都合がよくなる。ヴァルゼ・アークも諦めてくれるかもしれない。自分の野望を。


(いけない。私がそんな事考えてどうするの。)


迷いを散らすように、頭を横に振る。

砂埃が収まる。蕾斗の状態を確認する為に下へ降りる。


「……………!!」


蕾斗は無傷だった。それもそのはず、ダイダロスが庇ったのだ。


「手加減無しですか、相変わらず手厳しい。」


「ダイダロス…………」


意外な組み合わせを見て、戸惑いを隠せない。


「彼はアダムとなり、世界の創造主となるのです。手荒な扱いは避けていただきたい。」


「アダム?フン、戯言ね。遠い神話の人物にすがって何を始めるのかしら?貴方の目的はインフィニティ・ドライブでしょう?『アダム』の支援が目的ではないんじゃない?」


「おっしゃる通り。ですが、今は触れないでおきましょう。貴女を消すチャンスですから。」


「そうね。貴方にはローサの敵討ちをさせてもらわないと。生きて帰さない。消えるのはお前よ!ダイダロス!!」


シャムガルを振り回し、飛び掛かる。

ヴァルゼ・アークの信頼を一身に浴びるだけあって、動きに無駄が無い。見惚れるほど鮮やかな身のこなしは、見る者をを虜にしてしまう。

千明達が『魅せる』戦い方をするのに対し、静けさ漂う魅力と言える。


「やはり他の悪魔とは一線を引きますね。アシュタロト、バルムングは力押しでしかたから、物足りなかったんですよ。」


「あの子達を馬鹿にするような言葉は許さないわ!」


「これは珍しい。沈着冷静なジャッジメンテス殿が感情的になるとは。」


「仲間の目を奪われ、仲間の命を奪った奴を目の前にして冷静でいられるわけがないでしょ。殺したくて疼いてたのよ。」


「フフ………光栄ですが、遠慮しておきますよ。長居するつもりはありませんし、そろそろ終わらせていただきます。」


ファイナルゼロにダイダロスのオーラが収束していく。


「見ていなさい、アダム。戦いとは常にスマートであるべきです。」


蕾斗の心臓が破裂するくらい高鳴る。ジャッジメンテスとダイダロスの本気が見られる。


「さあ!悪魔よ!散るがいい!アポトーシス!!」


「散るのは貴方よ!奈落へ沈みなさい!!明鏡止水!!」


眩しくて直視出来ないほど、光が溢れる。


「そんな………!」


ダイダロスの放ったアポトーシスが、ジャッジメンテスを追い詰める。

燻っていた『迷い』が緩みを生んだ。その緩みを破り、アポトーシスはジャッジメンテスを飲み込む。


「ああぁ………っ!!」


ビルの壁が崩れるほど叩きつけられる。


「く………」


瓦礫を押しのけまだ立ち向かおうとするも、膝が笑い倒れる。


「あれを喰らってまだ生きているとは………恐るべし調律の悪魔。」


ローサを殺したように、ジャッジメンテスの胸元にファイナルゼロを掲げる。


(死ねない………私は死ねないのよ…………)


ジャッジメンテスから仲矢由利へ戻る。オーラが尽きたのだ。


「そこまでにしてもらおうか。」


「……………ツイてない。後一息だったのに。」


ダイダロスはぼやきながら、殺意を止めた声の主を見る。


「来ましたか、終焉の源………羽竜。」


「これだけ派手にやれば気付くだろ。大体、気付いてほしくてやったんじゃないのか?なあ……蕾斗!」


息を切らし、羽竜、ジョルジュとあかねが駆け付けて来た。少し離れたところに佇む蕾斗を睨む。


「こうでもしなきゃ羽竜君達は話を聞いてくれないからね。」


「バカな真似を………」


ジョルジュが嘆く。


「蕾斗、本気で世界を変えようなんて思ってるのか?」


「思ってるよ。」


「思ってるよじゃねー!お前、こんな事して許されると思ったら大間違いだぞ!謝って済む問題じゃねーのがわかってんのか!?」


「しつこいよ。僕のやる事に不満があるなら、得意の力ずくで止めて見なよ。逃げも隠れもしないからさ。」


苦しいくらい、蕾斗との間に距離を感じる。羽竜の知ってる蕾斗じゃない。


「どうしちまったんだよ、お前。」


「………どうもしないよ。」


蕾斗が目を逸らす。まだ良心が残っているのがわかる。


「ダイダロスと手を組んだのか?」


「羽竜君には関係ないだろ。」


「そいつは敵だぞ!」


「敵かどうかは僕が決める。」


僅かな良心にさえ入り込めない。


「アダム、今日は帰りましょう。ヴァルゼ・アーク達も来るでしょうし、私達に部が悪過ぎます。」


ダイダロスは、羽竜が蕾斗に与える影響を心配する。まだ蕾斗の中に揺らぎがある以上は、油断は出来ない。


「羽竜君………ごめん、僕は僕のやり方で世界を救いたいんだ。」


決別するように視線を交わす。まだ、中途半端な蕾斗(自分)の気持ちに鞭打つ為。


「に………逃がさないわよ………ダイダロス………」


体力的には限界がきてる。シャムガルを握る手が頼りない。


「逃げるわけではありません。近いうち、また会えますよ。」


ダイダロスと蕾斗が消えて行く。


「蕾斗っ!!」


羽竜の叫びに、振り向く事はなかった。


「羽竜君!人が来る!」


あかねに促され、退路を探す。

今のジョルジュは空が飛べない。


「肉体を手にした途端、一切の魔力が失くなるとは、不便なものだ。」


ジョルジュは肉体が戻った事で、エアナイトの力以外………つまり魔力が失われている為、以前のように空を飛ぶ事が出来ない。人として過ごした時間よりも、霊体として過ごした時間の方が長い彼にとって、現実を思い知る肉体は、素直には喜べない。


「うっ…………」


由利が苦しそうに口を押さえ座り込む。


「はぁ……はぁ………こんな時に…………」


羽竜達の事など視界に入ってないように、地面のただ一点を見つめたまま気を失った。


「急げ!羽竜!」


ジョルジュに急かされるも、由利を放っておくのは気が引ける。


「…………チッ。」


舌打ちをして由利を抱き上げる。


「羽竜君?」


「こんなところに残してはいけないだろ!?」


羽竜の行動にあかねも納得し、近づいてくる人の声とは反対の方向へ走り出す。

何も考えず、ひたすらに……。

















駆け付けた時には、既に蕾斗の姿はなかった。由利の姿も。

あるのは人の群れだけ。

ビルの上からその状況を眺める。


「由利………」


「総帥、一度出直した方がよろしいのでは?」


純に声をかけられ、我に返る。

蕾斗がどれだけインフィニティ・ドライブに目覚めているかはわからないが、由利が簡単に殺られたとは思えない。


「美咲、純、葵!」


「「「はい!」」」


「お前達は由利を探してくれ。」


「「「了解しました!」」」


訓練された兵士のように、綺麗に声が揃う。そして、ヴァルゼ・アークの命じるままに由利の捜索に出る。


「大丈夫なのです。司令はきっと生きているのです。」


心配そうな表情を浮かべるヴァルゼ・アークの手を握り、景子が穏やかに言う。

握られた小さな手を握り返す。何も言わずに。

その仕草が無意識な行為であったと知った時、景子の胸を締め付けるものがあった。


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