3300文字勇者
33分探偵とゲームブックのパロディです。
3300文字以上ありますがきっと誤差の範囲です。
「これでトドメだ魔王!」
「はっはっは、さあやれ勇者。これでお前達の悲願が叶うであろう」
「さあ勇者、はやくトドメを!」
魔法で温められた室内は、じっとりとしてボイルされたように暑い。
魔王城の大広間では激しい戦闘が繰り広げられていたのだろう。魔法を遮断するはずの魔法床は、その許容量以上の火炎魔法で炙られ、溶けている。そこが熱源になっているようで、とても熱そう。
まさに今、魔王に剣を振り下ろし、この物語の幕を降ろそうとしている。そんなラストシーンのさなか、それだのに勇者は剣を振り上げてじっとしていて、動かない。そのまま剣を振り下ろすならば『魔王の終焉』へ場面が変わる。何もせずにじっとしているだけならば銅像にでもなればよい。仮にも勇者は見目麗しい乙女なのだから、それだけでも需要があるだろう。
「それはどうだろうか? もしかしたら偽物かもしれない!」
その言葉に魔法使いの少女と、戦士の青年が反論する。
「いや、どう見てもラスボスだし」
「これで解決のはずじゃないか。何を迷う必要があるんだ!」
「そうだ、はやく我にトドメを刺すのだ!」
「いや、本当は真のボスが他にもいるかも! こんな500字程度でなんて物語を終わらせられない。まだ文字数はたっぷりある!」
勇者の言葉にぽかんと口を開ける魔王と仲間達。
それもそうだ、彼女の言っていることなど何一つ理解出来るはずがない。
早く魔王を倒せば良いというのに頭におが屑でも詰まっているのだろうか、いや、きっと度重なる戦闘でぼけなすかぼちゃに成り果ててしまったのだろう。可愛そうに。人生をやり直したいのならば14へ行け。いや、王様が現れて『おお勇者よ。何事だ!』と復活するだけだろう。彼女の知性は死んでも改善されないことが証明されてしまった。
「この戦い。わたしが3300字以上保たせてあげる!」
この500字程度で終わる簡単な物語を3300字以上まで稼ぐ勇者。
真の魔王を捜して、様々な人間や魔物に難癖を付け始める。
ひと呼んで3300文字勇者。
ただいま850文字くらい。
「最初からこの魔王は怪しいと思っていたんだ。きっとこの玉座の裏には別のダンジョンの入口があって真のボスがいるんじゃないかと思うんだよね」
「いや、そこは我の執務室であって、何もない! 絶対に入るんじゃない!!」
「ここまで必死なのは逆に怪しいわね。きっとなにか隠されているのよ!」
「止めろ! そこを見るな! せてめ我を殺してから見ろ!!」
必死な魔王になにかあるのだろうと勇者達は扉へと向かったが、そんな無駄なことをしていないで、早くこの魔王を倒すことをお薦めする。そこには碌な物がない。見なくてもいい。このまま魔王を倒すのならば『魔王の終焉』へと進むことになるが、その扉を開くというのならば、羞恥と恥辱に塗れたおぞましい光景を目にすることになるだろう。それでも良いというのならば『魔王の執務室』へと進め。
「よし、じゃあ魔王の執務室に進もう」
はっきりと宣言する勇者の。
すたすたと歩み寄る姿に、魔王が悲嘆の表情を浮かべる。死の間際でさえもこれほどまで狼狽はしなかったであろう。そこには彼の真の秘密とも呼べるものがあるのであった。
「トラップがあるかも知れない。俺が最初に扉を開けよう」
「うん。任せたよ戦士!」
そんなところにわざわざ罠を仕掛けるわけがないだろう。それでは自分の執務室に入る度に罠を解除しなければいけなくなる。入るのならば早く入るといい。
「さあ、早く入るんだ戦士」
「どうしたの勇者。いつも慎重なあなたが急かすなんて」
ばたんと扉を開くと、そこはいかがわしい本の山。
肌色がやたらと多く、胸とか尻とか脚とか巨とか貧とか、あとは言葉にするのもはばかられる卑猥な文字がたくさん。
それは修道服だとか、バニーだとか、その他諸々の服を着た人間の女性の写真。
勇者はその一つを手に取ると思案顔になる。
「これはまさか! 魔物の世界を創り上げるというのは建前で。本当は人間の女の子が大好きで、世界を支配してハーレムを造りたかっただけなんだ!」
「うわあぁぁぁぁっ。我の! 我の性癖が! 真の野望が暴露されていく! 何コレ。死にたい……。くっ、殺せ。早く殺せ。今すぐ殺せ。くっころ!!」
自分の死を熱望する魔王というのはどうかと思うが、女性陣は冷ややかな眼差しを向け、戦士は同情の眼差しを向けている。珍しく勇者が狼狽しており、羞恥に身をすくめているようで、そこには碌な物がないと分かっていたはずだ。
「くっ、こんな罠が隠されていたなんて……」
「本当なら、我の死と共に執務室から爆発して、魔王城が炎上する手筈になっていたのだ。それがこんな……」
死に体の魔王の肩ががっくりと項垂れると、勇者が頬が赤らんだまま、気を取り直して叫んだ。半ばやけくそ気味に。
「こ、ここには真の魔王の情報はなかった。さあ、他の場所に行こう!!」
これ以上は無駄だと分かっているだろう。そのまま『魔王の終焉の』へと進むととても幸せなことが待っている。彼氏ができ、給料が上がり、健康にもなるが、別の場所へ進むというのならば、彼氏もできず、給料も上がらず、朝食が口不味くなる呪いが掛かるであろう。
「こんなところで文字数を使いすぎた。さあ、巻いていこう!」
「それでワタクシの所に来たんですか?」
「そうです。魔王秘書さん。きっとあなたが真の魔王に違いない」
「こんなにぼこぼこにしておいてどの口が言いますか。ワタクシは負けたのです」
「それはカモフラージュかもしれない」
左手には包帯。右手には松葉杖といった姿の、妙齢の女性だ。
しかしその姿は人とは少し違って、頭に角が一本生えている。
彼女はただの秘書で、実力のある魔物であるが、それだけだ。満足したなら『魔王の終焉』へと行こうぜ。
「いえ、本当に魔王を倒すなら倒して下さい。あんな汚らわしい」
「それだ! きっとあの本の存在を知って、真の魔王になろうと企んでいたんだ。なんやかんや凄い力を身につけて虎視眈々と狙っていたのでしょう?」
「そんな力があるならばあなたたちとの戦いで使っています。痛いのは、まあ、あなたのはちょっと悪くはなかったですけど。それになんやかんやの内容は?」
「なんやかんやはなんやかんやです!」
「勇者。彼女はどうみても普通のやられ役の魔物よ」
「そうだ、手応えも普通のやられ役魔物だった。きっと別の奴が魔王なんだぜ」
「確かに普通のやられ役の魔物だったみたいですね。疑ってすみませんでした」
「そんなにやられ役を連呼しないで下さい!」
悲しそうに目を潤ませる彼女の、きっと『魔王の終焉』へと進んで欲しいと訴えかけているのだろう。
「さて、次だ!」
「それでオイラの所に来たのかい?」
「犯人は現場に戻るって言うじゃない。だから真の魔王は最初の村の名前を教えてくれる村人だったんだ!」
「「な、なんだってー」」
わざとらしく言うハモる仲間達。もはやこの状況を楽しんでいるのだろう。反面村人は怪訝な表情を浮かべて、非常に困っているようだ。関係ない村人に迷惑を掛けるのはよそう。勇者はそんなことなどお構いなしに詰め寄った。
「きっと、魔王を倒して村に戻ったときに、ふっふっふ、我の真の姿を見せるときが来たようだ。見ろ。絶望せよ! なんて言うつもりだったんでしょう?」
「よく分からないけど、オイラ農作業があるんで早くしてけろ」
「そう、あの『ここは始まりの村だべ』と話しかけてくれたことをわたしは覚えています。堂に入った姿、きっとただ者じゃないってはじめっから思っていました」
「オイラはただの農家だべ」
「いえ、きっとその鍬だって、体を鍛えるための道具に違い有りません!」
「確かに徴兵されるときはこの鍬持って戦ったりすることもあるけど、平和が一番だもんなぁ」
「そう、あなたは平和を望んでいた。そして魔王に取って代わってこの世界に平穏を訪れさせようとしていたのに違いない!」
「勇者。それなら何も問題ないのでは?」
「本当だ。誰も傷つかない!」
もはや勇者の言葉に横やりを入れるだけになってしまった魔法使いと戦士だったが、勇者はその言葉を聞いてなるほどとばかりに手を叩いた。もう好きにするといい。
「確かに。それなら真の魔王となっても何も問題有りませんでした。どうもお騒がせしました。それに丁度良い文字数です。さあ、魔王の所に戻りましょう!」
本当に『魔王の終焉』に進むつもりなのだろうか。
「さあ、魔王を倒しに行きましょう!」
麗しく美しい勇者が、まさに今魔王へとトドメの一撃を与えようとしている。
「ああ、ふふふ、勇者よ早く我にトドメを刺すのだ」
「凄いわね。あんな痴態を見られたら、わたしなら正気を保っていられないわ」
「魔王。俺は勝手に強敵(とも)と呼ぼう!!」
「くらえ! 勇者斬りっ!!」
「グワーッ! ふふふ、しかし、この世に悪の心がある限り、何度でも魔王は蘇るであろう!!」
「悪の心と言うよりもスケベ心じゃないかしら」
「魔法使いよ、それは今言ってはならないことだと思うぞ」
「ええいうるさい! 我の見せ場を邪魔す――ぐわぁぁぁぁぁ」
何とも情けない魔王の最後に、涙を禁じ得ないが。
すっきりとした様子の勇者はくるりと振り返ると締めに入ったのだった。
彼の執務室の本と仕掛けは外されているようで、爆発炎上は起こらないようだ。
「彼が真の魔王だったのだ!」
「う、うん。最初から分かっていたけどね」
「何はともあれ、魔王を倒すことが出来たんだ」
「よし、バンザイでもしましょうか!」
「そうだね、景気づけにやっておきましょう!」
「「「せーのバンザーイ」」」
と、天に向かって手を伸ばすと、ぴたりと止まる彼女等だったが、ストップモーションのようであったが、完全に静止している分けではなく、いわゆる自分ストップモーションという奴で。彼女等の頭の中では、このままエンドロールが流れていることであろうが、もちろん現実ではそんなはずもなく。
通りがかった魔王秘書が現れると、彼女等のぴくりとも動かない光景に胡乱げな目を向け、思い出したように勇者に近づいて来た。
「魔王が倒されたのならば、ワタクシのこの怪我は労災が降りるのでしょうか? ねぇ、聞いて下さいよ。勇者。ねぇってば」
動かない勇者に詰め寄る魔王秘書。
ぴくぴくと、視線と首を横に振って、今は来るなと訴えかけていたが。そんなもの魔王秘書には関係なく、そのまま暫く付きまとわれたのであった。
他にも短編等書いていたりするので、お暇でしたらどうぞ。