Confession〜昔と今〜
風呂に入るべく服を脱ぎガチャリとドアを開けた。
丁寧に体を洗い湯船に浸かる。ふぅ、良い湯加減だ。
「ごくらくだぁ〜」
目を閉じ、今日1日の疲れを癒していると、ドア越しに人の動く気配を感じた。
ゴソゴソ、ゴソゴソと音が聞こえる
なんだ? と思い、じっと観察していると身を屈めたり、腕を伸ばしているようだ。この動きから推測するに服を脱いでいるようだ。
次の瞬間、ドアが開いたと同時に、なんと唯がお風呂場に入ってきた。
「ちょ、おい!」
俺は反射的に大事なところを隠し、唯に対して叫んだ。だが、侵入を止める様子はない。
「もぉ〜お兄ちゃんってば、そんなに大きな声出さないでよぉ」
唯は何の躊躇いもなく風呂場に入ってきた。驚き固まる俺を余所に平然と体を洗い始める。俺は唯を追い出そうと大事な部分を隠しつつ浴槽から出ようとした。その時、床が石鹸で滑りやすくなっていたことに気づかなかった俺は、唯の方に向かって思いっきり倒れてしまった。
「痛って……ん?あっ…」
「イタタタぁ」
お互い軽くではあるが体を床に打ち付けてしまった。
俺は滑った後、てっきり床に手をついたものだと思っていたが、手の中の柔らかい感触にそうではないことを認識する。唯はジッと俺の手を睨んでいる。それに気付き俺は慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさいっ!!」
俺はすぐさま全身全霊で謝った。
「お、に、い、ちゃん!」
唯はゆっくりと低い声で呼んだ。
「は、はい」
「今の…………わざとでしょ」
目を細めて蔑むように言ってくる。
「今のは事故というか、不可抗力で……」
こんな言い訳は通じる訳がなくひどく罵倒されるものだと思っていたが、返ってきた言葉は、俺の予想を越えるものだった。
「もぉ……素直に言ってくれれば、いつでも触らせてあげるのに」
手で綺麗な肌を隠しながら、顔の片方だけ俺に向け、恥ずかしそうに言ってくる。
「はぃっ??」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
その後お互い目をパチクリさせながら、しばらく黙ってしまた。その間お風呂場には水の滴る音だけが響いた。
沈黙を破り先に口を開いたのは俺だった。
「いやいやいやいやいやいや!ちょっと何を言ってるのか分からないよ唯」
「え、お兄ちゃんが、私のを触りたいって言ってたから」
「そんなこと、一言も言ってないよね?!」
「あれれぇ〜言ってなかったっけ??」
「言ってません!!」
「でも、お兄ちゃんの目はそう言ってたんだけどなぁ」
「そんなわけっ……ない……と思う……」
少し自信がないので曖昧な返事をすると
「やーい、お兄ちゃんのヘンターイ」
結局唯に罵られてしまった。別に俺はこんなこと望んでいなかったので罵られるくらいならラッキースケベなんてこの世から無くなればいいのにと切実に思った。
「ってそんなことより、さっさと風呂場から出て行ってくれ!」
今度はあまり唯の方を見ないように、妹の背中を手で押しながら言った。
あまり長い時間唯と裸の状態でいると、気が動転してしまいそうだ。それを防ぐためにも、いち早く唯を追い出さなければないらない。
「イヤ! 私出ないから」
「なんでだよ」
「せっかく数年ぶりにお兄ちゃんと一緒のお風呂に入れたのに……普段、私が誘っても、いっつも断るじゃない」
「そりゃあ、もう一緒に入る歳でもないだろ?」
だんだん唯の目が潤んできているように見える。
「私が叔母さんの家に預けられる前までは一緒に入ってくれたのに!! ……私がこっちに帰ってきてからはーー」
「あの時は唯も小さかったし、俺も……」
「私……叔母さんの家に預けられてた3年間すごく寂しかったんだよ! ずっとお兄ちゃんと一緒に遊びたかった……ずっとお兄ちゃんと一緒にご飯を食べたかった……ずっとお兄ちゃんと一緒にお風呂に入りたかった……」
「唯……」
「でも、お母さんたちが、どうしても行きなさいって言うから……3年間だけならって……帰ってきたらお兄ちゃんに成長した姿みてもらおうって、いっぱい甘えようって、そう思って頑張ってきたのに……」
「……」
「私が帰ってきた時、お兄ちゃん昔と全く変わってた……私が甘えようとお兄ちゃんに抱きついても、すぐ離れていっちゃうし……昔ならきっと頭撫でてくれてた」
「別に変わってなんか……」
唯はゆっくりと首を横に振った。
「変わったよ、お兄ちゃん、昔より冷たくなっちゃったもん……」
「そんなことーー」
「そんなことあるよ! 最初の数日は、3年間でお兄ちゃんも彼女できて、私には甘えさせてくれなくなったのかなって思って少しは我慢してた」
「……」
「彼女ができたなら素直にお兄ちゃんのこと祝福してあげて、お兄ちゃんに迷惑はかけないようにしようって思ってたけど、お兄ちゃんが昔と変わらずいのりさんと仲良くしてたのを見てお兄ちゃんには彼女できてないんだって分かったの」
「でも、いのりが彼女って可能性も……」
「無いよ、いのりさんに直接聞いたから」
「そうか……」
「それで気づいちゃたんだ……お兄ちゃんは私にだけ冷たいんだって」
「それは……」
「昔のまま一緒に暮らしてたらこんなことになることなかった……私はお兄ちゃんが——お兄ちゃんのことが好きで、ただ甘えたいだけなのにっ……」
唯の溢れんばかりの思いが次々に吐露される。
「ずっとずっと待ってた。また一緒に過ごせる時を……お兄ちゃんと一緒に過ごせる時を……料理だってお兄ちゃんに食べて貰おうって一生懸命練習したんだよ」
「今日はお兄ちゃんに私の気持ちを全部伝えようって思って、さっきの料理もいつも以上に頑張って作ったの。だから、あんなに喜んでもらえて、もう死んでもいいってくらい嬉しかった……」
そこまで聞き俺もずっと口にしたかった思いを吐き出した。
「お、俺だって……出来ることならずっと唯と一緒にいたかったさ! でも唯が花嫁修業に行くっていうから……」
「……」
「俺もお前が努力してる分、少しでも成長したお兄ちゃんになれるよう頑張ろうと思った。だけど3年間は思っていたよりも早く過ぎていき、数日前に唯が帰ってきた。結論から言うと俺は全く成長できていなかった」
「……」
「唯は昔に比べて確実に成長してた。それに、すごく、大人っぽくなって可愛くなってた……何にも変わってなかったのは俺だけで、それに引け目を感じて唯にどう接して良いのか分からなくなったんだ」
「違うよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは初めから素敵な……私の理想のお兄ちゃんなんだよ!無理に変わろうとしなくていい、私に合わせようなんて思わなくていいんだよ、私は…………昔のままの変わらないお兄ちゃんが好きなんだから」
「そう……なのか。唯……ごめんな、勝手に1人で思い悩んで、突き放すようなことして」
「ううん、いいの、私も、お兄ちゃんの気持ちが聞けて嬉しかった」
なんだか、気持ちがすっきりした気がする。唯に打ち明けたおかげだろうか。ともあれ、唯には感謝するしか無い。
「それで、お詫びと言ったらなんだけど、何かして欲しいこととかあるか?あっ……でも、お風呂はもう出てもらうからな」
今はそれとなくいつもより笑顔で昔のように話せているきがする。
「分かった。それじゃぁ……今日の夜一緒に寝て……欲しいな?いいかな?」
「うっ、そうだな、俺から言い出したんだしな、よし、今夜は一緒に寝てやるよ」
「わぁ〜い!! やったぁ〜!!」
「その前に、風呂場からは出てくれよ」
「はぁーい♡」
「やれやれ」
「じゃーね、お兄ちゃん、待ってるよっ♡」
そうして唯はサッと風呂場から出て行った。