テストそして日常へ
——あぁ、お腹が痛い。吐き気もするし、なんだかめまいまでしてきた。なんて弱気になっている余裕はない。
シーンと静まり返った教室にカチッカチッと秒針の音だけが響く。
教室の中は肌で感じるほど殺気立っている。皆テスト開始の合図をエサを前に待てと言われた犬の如く今か今かと待ち構えている。
しかし、いつもこの時間だけは異様に長く感じるものだ。
あと5秒……3、2、1!
「始めッ!!」
先生のテスト開始の合図とともに紙をめくる音が心地よいくらい揃い、秒針の音をかき消したがまたすぐに静寂が訪れた。
俺は皆に一歩出遅れ静寂を乱しながら問題に目を通す。
『以下の設問に答えよ』
1.⑴〜⑷の関数を微分せよ
⑴ f(x)=x²+54x−3
⑵f(x)=3x³+x+5
⑶ f(x)=7x²(x³+x²)
⑷f(x)=3x³−24x²+x+56
ん? わ、わかる、分かるぞ!
俺は心の中でガッツポーズをした。
だけど——
「これって解けて当たり前?」
*
キーンコーンカーン——
『終わったぁああー』
『もう無理、死んだ』
『ちょろすぎワロタ』
皆口々に各々の手応えをぼやいている。これもまた“テストあるある”だ。
俺自身の出来具合としては【そこそこ】といったところだろうか。少なくとも赤点は回避できていると信じたい。マジで神様お願いします。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……お兄ちゃーーん!」
教室の外から少しずつ——いや、かなりのスピードでボリュームが増してきている叫び声が聞こえる。
「こんな恥ずかしいことをするのが、どうか自分の妹じゃありませんように」と。今更のようなことかもしれないが、これまた神様にお願いしてみた。
だがまあ、案の定、磨りガラスに写ったシルエットが我が妹だとはっきり認識させる。
テストが終わって数分も経たないうちに1年生の教室からここまで走ってきたようだ。唯だってテストが終わって友達と積もる話があるだろうに。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! テストどうだった? 死んだ? 死んだの?!」
「なんで、死んだ前提みたいな訊き方なんだよ! 多分大丈夫だ、生きてるよ、瀕死かもしれないけど……」
「ならまあ、良いのかな?」
「それよりも唯はどうなんだよ」
「わ、私? もちろん、満点……かな?」
一応は訊いてみたけれど、まさか、そこまで言うほど自信があるとは想像していなかった。同じ兄弟でここまで差が出ると本当に同じ兄弟なのか疑いたくなるレベルだ。
ところでいのりは……っと後ろを振り向いた瞬間、バッと目の前に美しい顔が現れた。驚きのあまり机に思いっきり体を打ち付けてしまった。相手も同様に反射的に身を仰け反らせ硬直している。
「痛ってぇ……」
「こっちこそ、声かけようと思ったらいきなり振り向かれてびっくりしちゃったよ……もぉ、空くんもしかして……いのりちゃんレーダーでも持ってるの?」
「いやいや、そんなもの持ってないから、持ってたら驚かないし」
「えへへっ」っと笑い流し気恥ずかしそうに頭を掻いている。
「あ、そうだ、それよりテストはどうだったんだ?」
「ふふーん、私にそんなこと訊くなんて愚問だねぇー」
いのりはさっきとは違った、人を小馬鹿にしたようなニヤケ顔で俺を見てきた。普段はそうでもないが今日は少々イラっときた。
「うん、わかった、もういいよ」
これ以上は聞きたくないし聞くだけいのりを調子付けてしまうだけなので、強制的にシャットダウンだ。
「ちょっとちょっと空くん! そんなに冷たくしないでよ、ねっ? 食堂の唐揚げ奢ってあげるからさぁー」
「ぐぬぬぅ」
いのりにしてはなかなか魅力的な提案をしてくる。プライドを取るか、食欲を取るか非常に悩むところだ。
俺が少々考えあぐねていると、
「うぅーん、じゃあ、特別にプレミアムフルーツジュースも付けてあげるわ、これどう?」
「それでお願いします!!!」
俺の返事は迷うことなく発せられた。
その時の唯の呆れ顔は、まんまとゴキブリホイホイに捕まった哀れなゴキブリを見るような、まさにそんな感じだった。
対照的にいのりは、勝利の笑みを浮かべていた。
「えーっと、じゃあ、いのりはテストどうだったんだ?」
「もちろん……完璧よ!」
「へー、流石だないのり」
「流石です、いのりさん」
案の定の結果にお互いリアクションが薄かった。
そんな俺たちの反応を前にいのりは少々不服そうな表情を見せた。
「もうちょっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「いつも通りすごいよ」
「いや、あの、そうなんだけど、そうじゃなくてね、あのぉ……そのぉ……」
「何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
少々強めの口調で問い詰めるように言った。
「だからその……ご褒美とかあっても良いんじゃないかなって……例えば、頭撫ででくれる、とか……」
「なんだ、そんなことか、初めからそう言ってくれれば良いのに」
俺はスッと立ち上がると片方の腕ででいのり肩を抱いてもう片方の手でいのりの頭をそっと撫でた。
「がんばったな、お疲れ様」
「うん!」
さっきまでの気難しそうな表情が晴れ、いつものいのりがそこに居た。
なんだか背中に衣服を引っ張られているような抵抗感を感じる。恐る恐る振り返ると今度はゴキブリを見るより怪訝な表情の唯が居た。
「ずるい、私も」
「え?」
「唯は、あんまり頑張ってなさそうだから別に良いだろ?」
俺の冗談に唯はムッと口角を釣り上げて睨んできた。
「私も頑張ったもん! 頑張った、頑張った、がんばったよぉーー!」
「わ、わかった、分かったから声のボリュームを下げてくれ」
「頭撫ででくれないと下げない!」
いのりの時と同じようにそっと肩を掴んで優しく頭を撫でた。
「唯もお疲れ様」
「いひひっ、お兄ちゃんもお疲れ様」
唯は不意を打つように俺の頭を撫でてきた。
こうされると、なんだか自然と落ち着くのはなぜだろう。母親を思い出すからだろうか、それとも……。
「あー唯ちゃん! くっつき過ぎもう良いでしょ! 離れなさい」
「嫌ですぅー、まだ足りませんー」
どうやらまたいつもの戯れ合いが始まったみたいだ。この光景を見るとテストが終わって安心できる日常が戻ったと再確認できる気がする。いや、まだテストが返ってくるまでは安心はできないか。
ともあれ、ひと段落ついたことには変わりないだろう。
今日は久しぶりに安眠できそうだ。
今の状況が落ち着くまでは更新ペースは遅いと思いますが許してください。
ブックマークその他諸々、お時間あればお願いします
それと報告が遅くなりましたがRYO @R3type 様にイラストを描いていただきました。とても上手な方で様々な絵、イラストを描かれているので是非twitterの方を見てください!




