テスト前夜
——時の流れと借金取りはどう足掻いても待ってくれないよ。と、お婆ちゃんが昔よく言っていた。
というのは、もちろん、嘘だ。
たった今俺が机上のLEDライトを眺めながらふと思いついた、ちょっとした皮肉めいた冗談である。
もし唯に心の中を読まれてしまったならば、「余計なことを考えてないで、1問でも多く問題解いてよね!」と言われそうだ。
まあ全くその通りであって反論のしようもない事実なんだが……。
そんな俺に喝を入れに来たのだろうか、ノックもせずに唯が部屋に上がり込んで来た。
「おーにーいーちゃーん!」
今夜は不安で夜も眠れないんじゃないかと自分自身を心配している俺とは正反対に、唯は能天気な相変わらずのテンションで歩み寄ってくる。
「どぉー? 勉強捗ってる?」
「まあ、見ての通りだよ」
俺は手元の問題集をそれとなく唯に見える位置に動かし、捗っているとは贔屓目に見ても言えないであろう現状を見せつけた。
これを見たら流石に邪魔をするのも気が引けて直ぐに立ち去るだろうと思っていたのだが。
唯は「そんなお兄ちゃんに、やる気100倍になる私特製の夜食だよっ!」
と、4つのドーナツ俺の目の前に並べた。どれも異なる種類のドーナツなのだが一様にして言えることは、
「唯……これ全部食べたら糖尿病になっちゃうよね?」
「え、でも頭使う時は糖分が必要だって……」
確かにそうなのかもしれないが、何事にも限度があると思う。いくらなんでも、ドーナツから砂糖がはみ出るくらい入れなくたっていいだろ……。
「まあ、俺は1つ貰えれば十分だから残りは唯が食べていいよ」
「そんなぁー、せっかくお兄ちゃんにつくったのにぃー」
「気持ちは嬉しいよ、でも、あんまりたくさん食べすぎると眠くなっちゃうからさ、な?」
「じゃぁ、頭撫でて……」
割と本気で聞こえなかったので「え?」と聞き返すと、唯は恥ずかしさと怒りが混ざったような顔で再度
「頭……撫でて……欲しいの、頑張ったご褒美に」
と言った。
「あ、ありがとな、わざわざ俺のためにドーナツ作ってくれて。このドーナツ食べて頑張るよ」
そう耳元で囁きながら唯の頭を優しく撫でた。サラサラした髪は触っているだけで眠くなりそうだったが、なんとか意識を保ち手を頭から話すと唯はそれとなく満足気な顔で
「うふっ、じゃあ頑張ってねお兄ちゃんっ」
と言い、ドーナツを1つだけ残して部屋を飛び出していった。
一呼吸付き、さあ食べるか、とドーナツに目をやったその時俺は戦慄した。
「このドーナツ、4つの中で1番砂糖の量が多いやつじゃねぇか」
これは唯の策略か陰謀か画策か……考えても仕方ないと諦め恐る恐る一口かじってみると、思いの外美味しかった。俺は順調に2口目、3口目と軽快なリズムで食べ進めていった。
しかし、問題は残り半分に迫った時に起きた。最初は気にならなかったが、甘さが口の中に徐々に蓄積されていき、ある一点を超えた瞬間からドーナツを運ぶ手が微動だにしなくなった。
30分ほど格闘した末、ついに俺は食べきることを諦めた。
唯を呼び、残りの半分を土下座とともに返却。意外にも俺のお願いはあっさりと聞き入れられ、返却したその瞬間に唯はパクパクっと食べきってしまった。
「あっ」とその時になって唯の意図に気付いたが、後悔先に立たずというやつである。
見事唯の思惑どうり間接キスの成立という訳だ。
「えへっ、ありがとね、お兄ちゃん♡」
「……」
「今日は満足したから、私はもう寝るね。お兄ちゃんも無理のない範囲でね」
唯はニコニコしながら髪をなびかせスキップで自分の部屋に戻っていった。
その後俺は数分間、問題集とにらめっこをしていたのだが、突如現れた伏兵の睡魔に見事敗れ去り熟睡。
次に目が覚めたのは翌朝唯が起こしに来た時だった。
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