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唯がお兄ちゃんの彼女になったらダメですか?  作者: えおぢ
新たなるライバル?!編
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月寺 胡桃 はじめての寄り道

 

 時計の長針が12の位置を刺したと同時に俺たちの待ち望んでいた音が鳴った。


「よし、じゃあ帰りますか!」


 俺の呼びかけにいのりと月寺は無言で頷いた。俺たちは流れるように荷物を手に取り素早く教室を出た。


「おにーちゃんっ!」


「よう、唯も帰ろうぜ」


 教室の外で待っていた唯も引き連れ、素早く階段を降り校舎を後にする。


 俺たちがこんなにも早足で帰ろうとしているのには訳がある。『寄り道』をしたいのだ。


 寄り道といえば英語ではDetour、dropping in on the wayなどと言われるやつだ。あの有名なスティーブ・ジョブズなんかも学生生活において寄り道していた。決められた道を進むのではなく、自分の気になったもの、興味のあるものに寄り道をしたのだ。後にこのことが彼の発明の手助けとなった。こう考えると寄り道とは人生には大事なものなのだろう。


 だいぶ話が壮大に逸れてしまったが俺たちの今からする寄り道はそこまで壮大ではないし、別段用事があるわけでも無い。

 ただ単純に月寺が一度寄り道というものをしてみたいらしいのだ。


 今まで友達らしい友達がいなかった月寺は一度も寄り道をしたことがないらしい。それに加え送り迎え付きなのだから寄り道をする余裕もないだろう。


 しかし今回は月寺の両親が俺たちを信じて寄り道を許可してくれたのだ。


 そんなこんなで今に至るというわけだ。


「それで今日は行きたいところとかあるのか?」


「そうですね、寄り道はしたいんですけど、何も考えてませんでした、なんせ今までこの方寄り道というものをしていませんからね。空さんのオススメとかってありますか?」


 なんだかさらっと流されていたが「空さん」と俺は聞こえた気がする。空耳ではなく確かにそう言っていた。以前同じように呼ばれた時修羅場になった覚えがあるのだが、月寺は……気にしてなさそうだ。


 それよりも寄り道のオススメを聞かれても俺も寄り道のスペシャリストってわけじゃないからパッとは思い付かない。


「うーん、唯、いのり、何かないか?」


 俺はダメ元で尋ねてみた。


「やっぱ、寄り道って言えばカラオケ?」


 皆一斉に「おー!」と声を上げ満場一致であっさりと決定した。


 そうと決まれば後はスマホで近くのカラオケ店を探すだけだ。

 調べた結果、どうやら200メートル先に最近出来たばかりのカラオケ店があるらしい。




「いらっしゃいませー何名様ですか?」


 自動ドアが開くと同時に中から元気の良い声が聞こえてきた。


「えーっと、4人です」


 諸々の手続きを済ませ、店員に指示された部屋に入った。



「わー! 私カラオケなんて初めてですよ!」


 月寺は、いつになくはしゃいでいる。


「わー! これってなんですか?」


 タブレットを指差し尋ねてきた。


「それを使って歌いたい曲を選曲するんだぜ」


「おぉー! 素晴らしいですね」



「ねえねえ、空くん、今日のキノちゃんなんだか可愛いね」


 いのりが俺の耳元でそっと囁くように言った。


「ああ、そうだな」


「ねえ、ねえ唯ちゃん、私と……でゅえっと? しませんか?」


「は、はい、いいですよっ」


 2人は楽しそうに曲選びをし始めた。あれこれ意見を出し合いながら決まったのは今流行りのアニメの主題歌だった。


 月寺は緊張のせいかそわそわしながら前奏を聞いているようだった。唯は曲に合わせて体でリズムを取っている。


 2人の可愛らしい声は聞いていてとても癒されるものだった。歌っている姿も身長が近いせいで双子のようだった。なんだか可愛い妹が1人増えたみたいだ。

 最初こそは緊張していた月寺だったが、曲の後半に差し掛かるに連れていつもの明るさを取り戻していた。俺といのりも途中合いの手を入れ、参加した。



「うー! 楽しいですね、カラオケ」


 額にうっすら滲む汗を拭いながら月寺は言った。


「月寺さん、歌お上手ですね」


「『月寺さん』なんてよしてくださいよ、私も唯ちゃんって呼んでいるんですから」


「じゃあ、くるみさん……」


「はいっ♪」


 なんだか徐々に2人の距離が少し近づいていることを微笑ましく感じた。


「ねえ、次は私たちが歌おうよ!」


「え? 俺?」


「当たり前でしょ、空くん以外に誰がいるの?」


「いや、俺あんまり歌うの得意じゃないから……」


「関係ない関係ない、ほらっ」


 いのりは強引にマイクを手渡し俺を立たせた。選曲は既にいのりによって行われており、前奏が流れ始めていた。


「あー、いのりさんずるいですぅー、私もお兄ちゃんと歌いたいですよぉ」


「後でねっ」


 唯はふてくされながらも、次の曲を選ぶためタブレットに手を伸ばした。


 はっきり言って本当に歌うのは得意ではない。自慢じゃないが、音楽の授業でも成績は3しか取ったことない。音楽の授業では歌以外にも鑑賞や楽器の演奏なんかもあるので一概には言えないが。


 とりあえず、今は精一杯歌うしかない。


「お兄ちゃん、頑張ってね」


「おう!」


 親指を立て精一杯のやる気を絞り出しながら返事をした。



「ふぅ……」


 よし、なんとか歌い切ることができたぞ。


「うん、良かったよ空くん、下手じゃなかった」


「そう言ってもらえると助かるよ」


「じゃあ、次私ね」


 俺に休む余裕を与えず唯が曲を送信した。唯の指示どうり機械は無慈悲にも前奏を始めてしまった。


「ちょ、ちょま、はやいよ」


「いいのいいの、さあ歌おっ」


 数秒前に座ったばかりなのに、またもや強引に立たされマイクを握らされた。いのりや月寺も曲に合わせて合いの手を入れ、盛り上げてくる。



 本日2曲目をなんとか歌いきった。服の袖で汗を拭いながらソファーに腰掛ける。1曲目、2曲目どちらもテンポの早い曲で息が切れてきた。さっきの曲の間に運ばれてきたジュースに手を伸ばし喉を癒す。


「ちょっと、5分ほど休憩しても——」


「じゃあ、次私とですね」


 俺の願いは叶わなかった。唯やいのりは他人事のように「ふぁいとぉー」や「がんばっ」と言ってくる。


「さあ、休憩はそこまでですよ、歌いましょっ」


「月寺まで……くそー、もうとことん(・・・・)やってやるっ!」


 歌う以外に道はない、そう感じた俺は深く考えもせず勢いで言ってしまった。


 しかしこの言葉が引き金となり唯やいのりが「じゃあ、私たちももう一回いいよね」と言いだした。もう一回だけで済めば良かったのだが、当然そんな甘い願いは流れ星のように一瞬のうちに儚く散り、俺の喉が枯れるまで歌わされたのだった。


お読みいただきありがとうございます。


番外編の続きは、しばらくしたら投稿する予定です。

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