綺麗なものには棘がある
翌朝——目が覚めた時には、例のごとくそこにいのりの姿はなかった。しかし置き手紙から察するに今度は登校の支度をしに帰っただけのようだ。寝ぼけ眼でなんとかそれだけを確認し、二度目を決め込んだその時。
「お、お兄ちゃん! ご、ご飯出来たから早く来なさいよねっ! べっ、別にお兄ちゃんの為に作ったわけじゃないんだからねっ! たまたま量が多くなっただけなんだからねっ!」
朦朧とする意識の中で確かな違和感を覚えた。今日はやけに俺に対して冷たいな……と。まるでツンデレみたいじゃないか。
声を発することすら億劫だったので手を仰ぐことで返事とした。
唯は理解したようで「べっ、別にお兄ちゃんと一緒に朝ごはん食べたいわけじゃないけど、私が食べ終わるまでには来なさいよね、ま、まあ少しくらいなら待っててあげるから、あっ、か、勘違いしないでよね! 待ってあげるのは食器の片付けが一度で済むからってだけなんだからねっ!」
早口でそう言い唯は部屋を去っていった。
ここまで騒がれたら睡眠意欲も削がれるというものだ。完全に覚醒した俺はダメ押しに顔を洗い唯の待つダイニングへと向かった。
唯の視界に入るや否やマシンガンが飛んで来た。
「お、思ったより早かったわね。お兄ちゃんにしては感心ね、褒めてあげるわ。それじゃあ、早く食べましょ、別にお兄ちゃんの為に作ったわけじゃ無いから嫌いなものがあっても我慢しなさいよねっ!」
そうは言うものの一見して苦手な食材は見当たらない。それどころか比較的俺の好みの料理が並んでいる。
「え? ここにあるものって俺の好物ばっかりだよね?」
「そ、そうなのね。知らなかったわ。まあ喜んでもらえるなら構わないわ…………何よその顔。ほ、本当よ、べっ、別にお兄ちゃんの好みなんて考えてなかったんだからね、私が好きだったから作っただけだからね」
今日の唯は本当にいつにも増して饒舌だ。そしてやっぱりツンツンしている。
俺はとりあえず目の前にあった唐揚げを一つ掴み頬張った。
「お、この唐揚げ美味しいな! 料理の腕また上がったんじゃないか?」
「べべべ、別に、褒めたって何も出ないんだからねっ! 喜んで貰えたのは嬉しいけど、だからって何もしてあげないんだからねっ! ずっと前から味付け考えてたとか、何度も試作したとか、そんな事これっぽっちも、1ミリも、1ピコだってしてないんだからねっ!」
唯は顔を少し逸らし顔を赤らめながら言った。
「頑張ったんだな……ありがとな」
「だ、だからぁーそんなんじゃ無いんだってぇ……」
唯はますます顔を赤らめテーブルに顔を押し付けてしまった。耳まで真っ赤になっている。
ヨシヨシと俺が頭を撫でてあげると唯は「うぅ〜」とよく分からない声を上げ耳を抑えてしまった。
「ほらほら、そんなことしてないで唯もご飯食べようぜ」
「お兄ちゃんのいじわるぅ〜」
「もうキャラ崩れてないか?」
「な、なんのことかな? 私には全然分からないんだからねっ!」
唯は急に胸を張って言い退けた。
その後も、難ありな食事だったかがお互い無事完食した。その後は順調にことが進んだ。片付け、登校の準備を済ませ、現在は荷物を持ち玄関のドアの前に立っているという状態だ。
「唯、忘れ物は無いか?」
「だ、大丈夫に決まってるでしょ!」
俺は頷きドアノブに手を掛けた。思いっきり開け放ち清々しい一歩を踏み出そうと考えていたのだが、嫌な予感が俺の行動を阻害した。
厚いドアの向こうからでも感じるこの気配はいのりだ。目視しなくても感覚で分かるのだが念のため覗き穴から見てみる。
すると案の定いのりがソワソワしながら両手を前に組み待っていた。
ツンデレ唯とテンデレいのりを同時に相手にするのは骨が折れるが致し方ない。覚悟を決めゆっくりとドアを押し開けた。
「そーらくんっ!」
「うん、おはよう」
いのりのテンションを50で考えると俺は25くらいのテンションで返事をした。
「ん? あんまり驚いてないね? なんで?」
「まあ、居るのに気づいてたから? かな」
いのりは感心したような表情を浮かべた。
「それってやっぱ愛の力かな? 流石私だね、どこに居ても居場所が分かっちゃうなんてっ」
ちょっと何が言いたいのか分からないのでスルーしようとしていたところにタイミング悪く唯が口を挟んだ。
「あ、愛の力だったら私も負けないんですからねっ! あ、お兄ちゃん、べっ、別にこれはその……か、家族としてなんだからね。異性としてじゃ無いんだからねっ!」
「唯ちゃん、それってつまり私の勝ちでいいのかな? 今の発言だとそういうことになるよね。異性として好きじゃ無いんだったらこの勝負成り立たないから私の勝ちでいいよね?」
唯は急に顔に大量の汗を浮かべワナワナしている。
「あーあーあー! やっぱり無し! 今の無しなんだからねっ!」
普段の唯とツンデレ唯が混ざった微妙な話し方で違和感はあったが黙って様子を見守ることにした。
「じゃあ、異性として好きってこと?」
一緒にいる俺の方が恥ずかしくなることをいのりは平然と唯に訊いた。
「う、うん」
小声で唯は言った。完全にツンデレというキャラが崩壊している。これではいつもの——素の唯だ。
「何? 聞こえないよぉ〜」
実際は聞こえてるはずなのだがいのりは唯を攻め続ける。
「あーもう無理!! ツンデレ無理だよぉー! 自分の気持ち抑えるのがこんなに大変なんて思わなかったよ」
ピンと張った弦が切れたように唯は吐き出した。
「ふふっ、やっぱりその方が自然だよ、ツンデレは唯ちゃんには似合わないよっ」
「ですね……もうちょっと楽しみたかったんですけどね、残念です」
こうして唯のツンデレタイムは約一時間半で終わった。俺個人としては足枷が取れたような安心した気分なのだが、唯の気持ちを考えると心苦しさもある。
「俺も普段の唯がいいと思うよ。変にツンツンするより甘えてくれた方が接しやすいからな」
「それはお兄ちゃん公認でベタベタして良いってこと?」
唯は急にニコニコしながら尋ねてきた。今日は本当によく表情が変わる妹だ。
「そういう意味じゃ無いから勘違いしないでくれよっ!」
俺はわざとらしく唯に言った。
「あ〜またそうやって私をいじめるんだぁ〜」
「とういうか公認しないでも十分ベタベタしてるじゃないか」
唯はハッといのりを見て言葉を失った。そして口をグッと閉じ黙ったまま空を眺めた。
「ところで、今日もでいい天気だね、お兄ちゃん」
全く感情を込めずに唯は言った。
「そうだな、辺り一面雲だけどな。それに確か今日降水確率80%だよ」
唯は目をパチクリさせながら次の言葉を考えているようだ。
「そ、そうなんだぁ〜じゃあ傘取ってこないとね〜」
「いや、その必要はないよ。唯の分もここにあるから」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん」
「色々後で問いたださないといけないみたいだけど今は学校に遅れちゃうから許してあげる、覚悟しててね唯ちゃんっ」
「こ、怖いですいのりさんっ! 目が怖いですぅ!」
唯は逃げるように学校に走って行った。その後をいのりは鬼ごっこの鬼のようにしつこく追いかけて行った。おかげで、1人残された俺は久々に静かな登校を送ることができた。しかし静か過ぎるが故、物寂しさを感じずにはいられなかった。
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