様子がおかしい……まさか
「ってことで寝よっ! 空くん」
「あ、うん」
「あ、うん……じゃないよ! お兄ちゃんしっかりしてよー」
背中をポカポカ叩きながら唯が言ってきた。
「あ! うっかりしてた」
「唯ちゃん! せっかくいい感じだったのにぃ〜」
悔しそうに唇を噛みながら唯を睨みつけている。
「それでさ、その事なんだけど……今日は俺たち別々に寝ないか?」
一呼吸置いて彼女たちが発したのは怒号にも似たものだった。
「はああああっ?」
「ふぇへ?」
眉をひそめながら彼女たちが畳み掛けるてくる。
「ちょっと、ちょっとお兄ちゃん、ふざけないでよね! この時間が1日の中で1番楽しみにしてる時間なんだよ?! なんなら、この時のために生きてるって言っても過言じゃないんだからねっ!」
「どう考えても過言だろ……」
「私だってせっかくのチャンス無駄にできないよ! 空くんが嫌って言っても無理やりでも寝てやるからね」
「いや、それは勘弁してくれよ……」
「それに、お兄ちゃんが最初に言ったんだからね、約束はもちろん守ってくれるよね?」
「うん、うん、空くんも許可してくれたんだから寝てくれないはずないよね?」
言葉責めに加えジリジリと顔を近づけ迫ってくる。一歩また一歩と俺は後ずさりし、気付けば既に背後5cmのところにまで壁が来ていた。まさに完全に一歩も引けない状況に陥った俺は泣く泣く降参した。
「ごめん、俺が悪かったです、はい」
「うん、だよね、空くんが悪いよね」
「だね、お兄ちゃんが悪いね」
何故だかわからないが2人とも不敵な笑みを浮かべている。
「ねえ空くん? 悪いことしたらペナルティーって言うのが付くのは知ってるよね?」
「罰だよっお兄ちゃん」
「ば、罰?」
「だからね、今日はただ一緒に寝るだけじゃなく空くんには頑張ってもらうね」
「が、頑張るって……なにを?」
「ふふっ♡ それは後で分かるよっ、楽しみにしててね、お兄ちゃん」
***
寝支度を整え俺は今ベットの上に正座させられている。
「それで、罰って言うのはなんなんでしょうか?」
「ふふーん、それはね……今日はお兄ちゃんには私たちを抱きしめながら10個褒めてもらいますっ!」
「じゅっ、10個?! それは……2人合わせて10個ってこと?」
俺の問いかけに対しいのりは不思議そうに、いや明らかに不穏な表情を浮かべながら首をかしげた。
「何甘えたこと言ってるの? 空くん。もちろん、1人に10個に決まってるよね」
「は、はい……ですよね」
俺はせめてもの抗議として目を逸らしながらボソボソっと言った。しかし、残念ながら逆効果になってしまったようで、いのりの表情がますます強張った。
「何か不満でもあるのかなぁ? 空くん……。あっ! そっか、気づかなくてごめんね、10個じゃ少なすぎて言い表せないんだよね、じゃあ20個に増やそうね」
いのりは強張った顔から一転、にこやかな表情へと移り変わった。
「そっかぁ、だからお兄ちゃん嫌そうな顔してたんだね、気づかなくてごめんね」
唯は両手で俺の手を握りしゃがみ込んで謝ってきた。
「いや、そう言うわけじゃないんだ。10個で十分だよ」
俺がそう言った途端唯は俺の手をパッと離し立ち上がった。
「何それ? お兄ちゃん……私たちを褒めるのは『10個が精一杯だ』って意味?」
顔は笑っているが目が笑っていない。
「そうじゃな——」
「ふーん、そうなんだそうなんだ……そうなんだね!!」
唯は声のトーンを一気に上げ俺の言葉を遮った。
「私は空くんにだったら何十個……何百個……何千個だって言えるのに……空くんはたった20個も言えないんだね。つまり私たちってその程度ってことだよね」
いのりは表情を一切変えず淡々と言い放った。
「だからそうじゃな——」
「もういいよ! この話は無し」
またもや唯に発言を遮られた。
「どういうことだ?」
「罰の話は無しってこと、なんかもう白けちゃったし、嫌々やってもらっても嬉しくないし」
唯は天井を仰ぎ見ながら言った。
「あ〜あ、私ももう帰ろうかな……」
いのりも呆れた様子で言った。
「ご、ごめん……そんな傷付けるつもりじゃ無かったんだ」
俺は俯きながら謝った。
「お兄ちゃん、聞こえないよ」
「そうだよ、空くん、謝るのは目を見て謝るのが基本でしょ」
非の打ち所がない正論を言われ俺が顔を上げようとしたその刹那、ベットに垂直だったはずの俺の体がいつの間にかベットと平行になっていた。そして体の上には確かな重さがあった。
「な、なんだ?」
慌てて状況を確認すると俺の体には2人がしがみついていた。つまり俺は2人に押し倒されてしまったということだ。
「ふふーん、びっくりした? びっくりしたでしょ? お兄ちゃんっ」
「気を抜いてるからだよっ! 空くん」
さっきまで怒り呆れていた様子とは真反対に2人とも心の底から楽しそうな笑みを浮かべている。
「え、怒ってたんじゃないのか?」
「ドッキリ大成功! ってやつだよ」
唯は起き上がり、テッテレーという自前の効果音と共に『ドッキリ大成功』のパネルを見せる動作をした。
「え、ふぇ? どこからがドッキリなんだ?」
「うーん、最初から? 家に入った時からかな?」
いのりが答えた。
「完全に騙されてたねお兄ちゃん! ちなみに今回のドッキリのタイトルは『ドキドキ! ヤンデレ大作戦‼︎』だよ」
なんだか妙に色々納得してしまう自分がいた。
「そ、それはそれとして……そろそろどいてくれないか? いのり」
唯が離れたおかげで半身は動かせるのだが未だにいのりが抱きついているせいで起き上がれない。
「えー、嫌だよぉー動きたくないよー」
「ちょ、ちょっといのりさん! くっつきすぎですぅー! ドッキリは終わったんです! もう離れてください」
唯が必死に引き剥がそうとするが全く離れる気配がない。
「唯、もう諦めてこのまま寝よう」
「もぅ、じゃあ私もくっつきますからね」
「いいよいいよぉ〜」
いのりがあくびをしながら眠そうに返事をした。
唯は部屋の電気を消すとすぐさま俺の体に自分の体を絡ませてきた。
これでもう俺の体は自由に動かせない。
「ドッキリ楽しかったね」
「そうですね、またしたいです」
「心臓に悪いから勘弁してくれよ。今日は寿命が縮まったよ」
「何おじいちゃんみたいなこと言ってるの? おじいちゃん」
「おじいちゃんじゃねえよ!」
俺のツッコミに2人はクスクスっと笑った。
「でもね、演技する方も大変なんだよ? すっごく神経使うんだから」
「そうなのか? いのりの演技はなんか素っぽかったけど」
「そんなことないよぉ……素は7割だけだよ」
「いや……それほとんど素じゃねえか」
「冗談だよっ」
そうは言ったが冗談にしては演技が真に迫る気がした。
「ねえねえ、私は? 私はどうだった?」
唯がおんぶををせがむ子供のように聞いてきた。
「唯も上手かったよ、はっきり言って怖かった」
「やったぁー! でも私は9割素なんだけどね」
「え……」
「冗談だよっ」
ブラックジョークもここまで来ると許容の範囲を超えそうだ。
「ホント怖いからやめてくれよ……自分の妹がヤンデレだったらどうしようか心配しちゃったじゃんか」
「うーん、でもたまにはヤンデレもいいかもね、朝ごはんがお兄ちゃんのクラスの女委員長さんの肉で作られたハンバーグだったりね」
「うん、シャレにならないね」
今度は許容の範囲を大きく超えていた。
「お兄ちゃんが浮気してたら現実になるかもね」
「犯罪者の兄なんて嫌だよ」
「私も人なんか殺したくないよぉ〜」
「まあ、なるとしたらツンデレくらいで留めておいてくれよ、それ以上は本当に手に負えそうにないから」
「うんっ! じゃあツンデレになるね」
「いや、なって欲しいとは言ってないんだけど」
「あっ、じゃあ私もツンデレになる!」
いのりも悪乗りし始めてしまった。
「ツンデレ2人とかただめんどくさいだけじゃねえかせめて1人にしてくれよ」
「じゃあ、明日は唯ちゃんがツンデレで、明後日は私がツンデレね」
なんだかツンデレの印象がだいぶ変わってきそうだ。
「ツンデレって宣言してなるもんじゃないと思うんだけど……」
「うん、じゃあ決まりですね! いのりさん」
俺の発言はそっちのけで話が進んでいっている。俺には、落ち着いて過ごせる日は来ないのかと嘆くことしか出来なかった。
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ヤンデレ……評判によってはまたあるかもしれないです笑
⚠︎今回は結構抑えめのヤンデレです




