月寺の正体、過去、そしてこれから
今日の日課も滞りなく終了した。待ちに待っていたかどうかは微妙なところだが放課後がやってきた。今日は月寺家での勉強会が予定されている。といってもほとんど俺と月寺の為の勉強会であって、いのりや唯にとっては何の特にもならないだろう。普段から勉強している人にとっては勉強会なんて必要の無いものだ。
「おにーちゃーん、来たよー!」
声のした方を見ると教室の外から俺たちの方に手を振る唯がいた。
「あ、唯ちゃんも来たみたいですね。それでは、結崎さん、いのり……ちゃん、行きましょうか!」
俺たちは無言で頷くと、机の上の荷物をサッとカバンに詰めて唯の元に向かった。
月寺がこまめに携帯を確認している。どうやら親からのメールを待っているようだ。
「それにしても楽しみだねっ! 勉強会なんて初めてだし それにキノちゃんのお家もどんなのかすごい気になるよぉ〜」
「おいおい、遊びに行く小学生じゃないんだからそんなにはしゃぐなよ、あくまで勉強会なんだぞ?」
いのりは勉強会をパーティか何かと勘違いしているような気がした。これが俺の思い過ごしならば問題無いのだが……いや、思い過ごしであって欲しい。
「昨日も言いましたけど、私のお家は大したことないですよ、ただちょっと広いかなってだけですよ」
「お兄ちゃん、女の子の部屋だからって興奮しないでね! 変なことしたらもうご飯作ってあげないからねっ?」
唯が俺の体を指先で突きながら釘をさすように言った。
「あ、あぁ、分かってる、気をつけるよ」
突然、月寺の携帯のバイブレーションが作動した。月寺は慌てて携帯を確認した。
「到着したみたいです、正門の所に来ているらしいので行きましょう」
各々元気のいい返事をし正門に向かった。
どういうわけか、校舎を出ると正門に人だかりができていた。交通事故でもあったのだろうか、もしくは芸能人でもいるのか。色々な憶測をしつつも俺たちは月寺の親の車へと足を進める。
『おいマジかよ、リムジンなんんて初めて見たぜ』
『あれってボディガードっていうのか? いや、執事か?』
『いや待て、あれはメイドだッ!!』
と言ったような普段聞かない会話が聞こえてきた。少し嫌な予感もしたがこれも思い過ごしだと思うことにした。
「みなさん、あちらです!」
月寺が指差す方向と人だかりができている場所は偶然にも一致していた。
遠くからは人だかりのせいでよく見えなかったがそこには黒光りするリムジンと数人のメイドが居た。
俺たち——月寺以外は一瞬状況が飲み込めず沈黙した。
「えええええええっ!」
一瞬の沈黙の後俺たちは同時に同じリアクションをとった。
皆それぞれ訊きたい事はあるだろうが訊きたいことが多すぎて口をもごもごさせるだけで言葉にならないでいる。
「さあ、早く行きましょう」
もう俺たちは言われるがままついて行くしかなかった。リムジンの前まで来るとメイドが一斉にこちらを向いた。
「お待たせしましたお嬢様、そして御友人方、今から月寺邸までお連れ致しますのでどうぞお乗りください」
おそらく年は20代後半の若く美しいメイドが俺たちに言った。
俺たちはやはりどうすることもできず言われるがまま乗車した。もちろんリムジンに乗るのは初で普通なら感動するのだろうが他にも初めてが多すぎていちいち感動していられない。
俺たちが乗車し終わるとすぐに出発した。
「月寺邸までは40分ほどかかりますので、しばらくお待ちください」
歳をとった熟練の男性ドライバーの人がマイクを通して俺たちに言った。運転席とはガラスで仕切られているためマイクを通さなければならないのか。俺たちの普段乗っている車とは完全に仕様が違うみたいだ。
ふと俺は思いついたように辺りを見回した。
理由は簡単、月寺の両親を探しているのだ。
しかし車内にはいる気配がない、ドライバーも歳を取りすぎているため父親ではないだろう。昨日月寺は両親が迎えに来ると言っていたが間違いなのだろうか。だとしてもそんなに重要なことでもないので敢えて月寺には訊かなかった。
「皆さん何か飲みますか? と言ってもジュースくらいしかないですけど……えーっと【みかん】と【りんご】と【ぶどう】がありますね」
俺たちは目配せをしそれぞれ飲みたものをリクエストした。
「じゃ、じゃあ俺はみかんジュースをお願いしようかな」
「じゃあ私もそれで……」
俺に続けて唯が言った。
「それなら私も……」
いのりも続けた。
「皆さん同じでよろしいのですか?」
俺たちは再び目配せをし小刻みに頷いた。
正直俺に呑気にジュースの種類を取捨している余裕は無かったのだ。おそらく唯もいのりも同様で惰性で返事したのだろう。
俺たちはおよそ20分間ジュースをちびちび飲みながら黙りこくっていた。そんな様子に気を遣ってか敢えて月寺も話しかけてこなかった。
俺は漸く落ち着いて来たので、月寺に質問することにした。
「な、なぁ……月寺ってお金持ちなのか?」
すぐには返事は返ってこなかった。
「——まあ、そう……なんですかね……」
「ま、まあ、そうだよな、リムジンなんて乗らないよな普通」
「引いちゃいましたか? 引きましたよね……」
「いやいや、そんなわけないだろ! 引かないよ! 今まで引いた奴でもいたのかよ?」
俺は慌てて否定し反論した。
「それは……その……知りたいんですか?」
どうしてなのかあまり話したくない様子だ。
「できれば聞かせてもらいたいけど、嫌なら別に構わないよ」
「いえ……皆さんには話した方がいいかもしれませんね」
月寺は少し待って話し始めた。
「——皆さん始めは引かないって言って下さるんです。お優しいですからね。転校する前も結崎さんたちみたいなお友達はいました。ですけど皆さん私がお金持ちって知ると時間が経つにつれ少しずつ距離を置かれるようになりました。偏見って言うんですかね、なんか重苦しいだとか、何でもお金で解決するとか思われてるみたいで……結局孤立しちゃいました。結果的にそのことで私も学校に行きづらくなって休みがちになってしまいました。そしてそんな私を見かねた両親がわざわざここまで引っ越して私を転校させてくれて1からやり直すチャンスをくれたんです。これが私がここに転校してきた経緯でもあります」
彼女しか分からない悲痛な体験が語られた。お金持ちじゃない——庶民の俺には到底理解することはできないだろう。そして彼女自身相当な覚悟を決めての告白だったに違いない。誰だって辛い過去は忘れていたいものだ。それなのに彼女は全てではないかもしれないが俺たちに打ち明けてくれた。彼女は今現在も不安と恐怖と戦っているのだろう。ならば俺も応えなければいけない。本当の友達になるために! 月寺に幸せな高校生活を送ってもらうために!
「月寺……本当のことを言うと確かに最初はちょっと驚いたよ。でもな、俺たちはそんなことくらいじゃ月寺を軽蔑したり突き放したりはしない! 月寺が本当に優しくて、礼儀正しくて、凄くいいやつだってことは分かってるから!」
「でも……」
月寺はまだ納得できない様子だ。
「俺の好きな言葉にこんなのがあるんだ。『A man's worth is not so much in what has as in what he is』 意味は、『その人の価値はその人が何を持っているかというよりその人がどんな人であるかだ』この言葉を知った時本当にその通りだと思ったよ。そして俺はこの言葉を月寺に贈るよ。月寺の魅力はお金持ちだとかそうじゃないとかで決まるわけじゃないしそうであってはならない、月寺の魅力は月寺自身の内面で決まらなければいけないはずだ。俺は月寺を表面だけで判断し嫌うやつを許さない! そして俺はお金持ちっていう月寺の表面だけの部分で嫌いになったりしない! 絶対にだ!」
皆俺の言葉をただただ無言で聞いていた。
「結崎さん……ならずっとお友達でいてくれるんですか? 離れちゃったりしませんか?」
弱々しく脆く怯えるような声だった。
「当たり前だ! それにここにいる唯やいのりだって同じ気持ちのはずだ」
「うん、お兄ちゃんの言う通りです! 嫌いになるんだったら初日の絡みで嫌いになってますよ」
「私もキノちゃんのこと嫌いになれるわけないよ」
「唯ちゃん……いのりちゃん……」
月寺は腕で顔を隠しながら泣き出した。今まで本当に辛かったのだろう。辛い過去を洗い流すように涙は流れ続けた。
いのりと唯が月寺を慰めるように側に寄り添った。2人もまた月寺同様どうしようもないくらい優しいやつである。そんな彼女たちと過ごすことのできる日々は幸せなことなのだと改めて俺は感じた。
お読みいただきありがとうございますっ!
ブックマーク、感想、評価よろしくお願いしますっ(´∀`*)




