月寺 胡桃の意外な性癖
放課後になり感動の再会の余韻もそろそろおさまってきた頃だろうと思ったが、いのりと月寺は未だ和気藹々と絶えることなく会話している。
「おーい、そろそろ帰らないか?」
遠慮がちに2人に尋ねたが、完全に2人の世界に入ってしまっているせいか、いくら待っても返事が返ってくることはなかった。俺は少しばかり焦り始めた。別に俺が無視されたことで焦っているわけでは無い、原因は教室の外にいる人物だ。10分ほど前からずっと俺たちの様子をうかがっているようだ。教室のドアは開いているのに教室へは入ってこないということはやはり様子をうかがっていると考えて間違いないだろう。
俺はこちらから正体を確かめに行くことにした。こちらの動向を悟られない様に外からの死角になる所を通り近づく。俺はドアの直前まで辿り着くと息を潜めた。一呼吸置き、その人物の前に一気に飛び出た。
「誰だ?!」
「ふえっ?!」
そこにいたのは驚くべき人物であった。驚いたのは相手も同様だったようで背筋をピンと伸ばし硬直している。
「そこで何してるんだよ……唯」
「あ、いや、その……お兄ちゃんを迎えに来たんだけど」
もうそんな時間だったのかと思い腕時計を見る。確かに、時間帯としては良い頃合いだ。
「ごめん、悪かった。でも、なんでこそこそ泥棒みたいに俺たちのこと見てたんだ?」
「それは……知らない人がいたから」
「知らない人? あー月寺のことか!」
「月寺? 誰それ? 」
「今日来た転校生だよ、1年生の中では話題になってなかったのか?」
「確かに、男子たちが『美人が来たぜ! ヒャッフー』って騒いでたけど、まさかお兄ちゃんのクラスだとは思わなかったから……っていうか、なんでもう今日来たばっかりのはずの転校生と仲良くなってるの?! まさかナンパしたの?」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ、俺がナンパなんてすると思うか? それにどっちかっていうと仲良く話してるのはいのりの方だろ」
「うーん、そうかも」
「だろ? まあ、ここで待ってろよ、呼んできてやるから」
「えっ、あっ、ちょっと」
俺はいのりたちの元へ駆け寄り妹の唯が来ているので紹介したいという旨を説明した。月寺は快く了承してくれた。
「じゃあ、改めて俺の方から紹介させてもらうな。こいつが俺の妹の唯だ。ちょっとめんどくさいところもあるけど可愛い妹だ。それでこちらが今日この学校に今日転校してきた、月寺 胡桃だ。礼儀正しくて良い人だよ」
軽い紹介を済ませると、月寺は年下である唯にも躊躇うことなく深く頭を下げ、自己紹介を続けた。
「月寺 胡桃です。よろしくお願いします! こんな見た目ですけど、れっきとした高校生なんですよ。それにしても結崎さんの妹さんだけあって、本当に可愛いですね」
月寺は決まり文句になりつつある自虐ネタを交えつつ唯を褒めた。分かっていたことだが、やはり月寺は誰に対しても敬意を持って話す律儀な人物であると改めて感じた。
少々気後れしたものの唯も改めて自分から挨拶をする。
「あ、こちらこそよ、ひょろしくお願いしましゅ!」
「噛んだな」とこの場にいた誰もが感じただろう。唯も顔を真っ赤にして俯いている。
「かっわいい〜!」
そう言ったのは意外にも月寺だった。敬語のイメージが強かったので俺たちはあっけにとられてしまった。
月寺は自分と同じくらいの身長の唯に抱きつき身体中を撫で回している。
「唯ちゃん、可愛いよぉ、可愛いすぎるよぉ」
我が子を愛でる親の様に唯を愛で続ける月寺を止めることは俺には出来なかった。
呆然とその様子を眺めていると唯は強引に月寺を突き放した。
「な、なんなんですか、なんなんですか!」
「はっ、ごめんなさい。私、可愛い子を見るとついついやってしまうんです。どうしても自分じゃこの衝動を抑えられないんです」
清廉潔白かと思われた月寺には意外な性癖があったのだ。人には隠れた性癖があるとは言うが、まさか月寺にあんな性癖があったなんて誰が想像出来ただろうか。
もしかしたら月寺にはまだまだ秘密があるんじゃないかと俺は直感的に思った。
ちょっとした事件のようなことがあったがそのおかげで月寺と唯の距離はぐっと縮まった気がする。結果オーライというやつだ。
「まあ、今日のところはそろそろ帰ろうぜ」
「では、今日は迎えが来ているので、お先に失礼しますね。では、また明日。じゃあねっ唯ちゃん」
最後に唯だけにウインクをし砕けた口調で別れの挨拶を済ませると、そそくさと去っていった。月寺はすっかり唯を気に入って心を開いているようだった。
「うぅ、お兄ちゃん……月寺さんってなんなだろうね……」
「いや、俺にも分かんない。でも、気に入られてるみたいでよかったな」
「良くないよぉ……お兄ちゃん助けてよぉ」
「ま、まあ頑張れ」
「うん、ファイトだよ唯ちゃん!」
この時の唯の嫌そうな顔は、大仏の仏頂面に負けずとも劣らないものだった。
この後、当たり前のように3人で下校したのだが、唯のフラストレーションがいのりに向けられ下校時間が修羅場と化したことは言うまでもないことだ。
お読みいただきありがとうございます。
なんとなくファンタジー系を書きたいと思ってる今日この頃です。別にこの小説に飽きたわけじゃないんですよ。なんとなくそう感じただけなのです。
もし書いたら読んでくださる人はいるんでしょうかね?




