いのりのデート その8
彼女——月寺 胡桃は遊園地の入り口で待っているであろう両親のもとに帰っていった。
「なんだか不思議な子だったね」
「そうだな、同級生なんて未だに信じられないぜ」
「また会いたいね」
「そうだな」
月寺のことを奇怪に思う反面、強く再開を望む自分もいることに若干の驚きを感じながらも今日の本来の目的を遂行するため、月寺の去って行った跡を名残惜しそうに見つめるいのりに今後について訊いてみる。
「ところで、この後はどこに行くか決めてるのか? あ、でも、絶叫系はやめてくれよ、鑑賞系のアトラクション……例えばプラネタリウムとかオススメだと思うんだけど、どうかな?」
「そうだね、食事後だし絶叫系に乗って空くんがゲロっちゃったら大変だもんね」
幼稚園児を諭すかのごとくいのりは言った。
「ゲロったりしねえよ」
地団駄を踏みながら俺は言った。だがこの行動こそが幼稚園児じみていたのではとデートが終わった後で後悔した。
「まあ、それはそれとしてプラネタリウム、ね……うん! いいんじゃないかな」
「お、おぅ、そうかじゃあ決まりだな」
ということで、なんとか絶叫系マシーンに乗るのは回避することができた。
適当に雑談を交えながら俺たちは軽い足取りでプラネタリウムへ向かった。
ドームの入り口の所で女性のキャストが何やら叫んでいる。
「まもなく開演でーす。ご覧になられる方はお早めにお入りください!」
「マジか……急ごうぜいのり」
「う、うん」
ドーム内は薄暗くなっており、外から急に入ったため視界がはっきりしない。十数秒経ちようやくもとどうりの視力を取り戻すことができた。俺は2つ並んで会いている席を探したが8、9割がた席が埋まっているためすぐには見つけられない。
「あそこに座ろっ」
いのりはそう言うと俺の手を引き歩き出した。いのりにエスコートされてしまっていることに少々男として不甲斐なさを感じた。
俺たちが席に着いたのと同時にアナウンスが流れ始めた。
『まもなく上映を開始します』
「ラッキーだな、待ち時間無しで観れるな」
「だねっ」
音もなくドーム内が真っ暗になった。
さっきまでは非常口のランプやら小さい照明のおかげでドーム内は薄暗い程度ですんでいたが、全ての灯りが消えると真夜中に富士の樹海に来てしまったかと思うくらい何も見えなくなってしまった。
だがそれも一瞬の間だけだった。
すぅっと天井に小さく、しかし力強く煌めく無数の星が浮かんだ。
ドーム内にいた人ほぼ全員が同時に「わぁー」と声をあげた。
なぜ全員では無くほぼ全員と言ったのかというと少なくとも俺は声をあげなかったからである。ここで更に「なんでお前は驚かないんだ?」という疑問が出ると思うが、そんなのは簡単だ。こんなもの、昨日見た星空に比べたら大したことはないからだ。というのは少々というか、かなり失礼なことだろう。でもやっぱりどうしたってこれが本心なのである。所詮作り物は作り物なのだ。本物にはどう足掻いても勝てないどころか同じ土俵にすら上がれないだろう。だがそれを承知でここに来たのは他でもない、いのりに少しでも昨日の感動を伝えられたらと思ってのものだった。
天井に浮かぶ星と星とが線で結ばれ星座が形作れれていく。次いでアナウンサーが丁寧に星座がについて解説し始めた。
『ではまず、有名な夏の大三角についてです。東の空に一際輝いている星が3つあると思います。デネブ、アルタイル、ベガと呼ばれるこの3つを結んで形作られるのが夏の大三角ということになります。と、ここで皆様に1つ問題です。これは後々説明することになりますが、予備知識として知っておきましょう。夏の大三角はデネブ、アルタイル、ベガ、で構成されていましたが、冬の大三角を構成している3つの星の名前はなんでしょう?』
いのりの方をチラりとみると喉まで出かかっているが後少し思い出せないといった表情を浮かべている。
いつもはいのりにバカにされる俺だがこの時だけは勝ったと思った。俺は偶然にもその3つを完璧に覚えていた。
『分かった方は手をあげてくださいね、一番に正解した方にはプレゼントがありますよー』
俺は一旦周りを見渡し誰も手をあげてないようだったのでゆっくりと遠慮がちに手をあげた。別に目立ちたいとかプレゼントが欲しいわけではないが、なんとなく答えたい気分だったのだ。
「え、空くん分かったの?」
「あ、うん、まあね」
『じゃあ、はい、そこの君』
ドーム内の注意が一斉に俺に向いた。どこからともなく現れたスタッフが俺に向けたマイクに向かって俺は答えた。
「えーっと、シリウス、プロキオン、ベテルギウスだと思います」
『はーい、正解です』
会場がドッとざわめく。
『では、プレゼントをどうぞ』
そういって手渡されたのはオリオン座をモチーフにした手のひらに乗るくらいの小さな——ブローチだった。星座の節——星の部分がキラキラしている。どうやらガラスが埋め込まれているらしい。結構手の込んだブローチであるため、そこそこの値段はしそうだ。
「ありがとございます」
スタッフさんは小声で「いえいえ」と言いながら元の持ち場へと帰っていった。
とまあ、プレゼントを貰えたのは良いんだがこのブローチには何か物足りなさを感じた。そんなこと以前にこれをどうするべきかが問題だ。捨てるか? いや、流石にそれは人としてというか、正気の沙汰ではない。捨てるくらいなら貰うなって話になる。じゃあ、自分で付けるか? いやいや、そういうキャラじゃないだろ俺は。
と自問自答を繰り返した末一番無難そうな良い考えを思いついた。
「ねえねえ、空くん何もらったの?」
いのりには俺が何を貰ったのか見えなかったらしい。
「あ? 教えない」
「ふぁっ? えええ、なんでなんで、なんでなのさ」
「まあ、今日中には教えてあげるから」
「……はぁーい」
いのりは拗ねた子供のように返事をした。
こうしてる間にもアナウンサーによる星座の説明は止まることなく次々と消費されていった。
俺はなるべく、周りの人に迷惑にならないよう小声でいのりに話した。
「なんというか星というのは、祖先たちが毎晩のように天体観測に励んだように人を惹きつける力があるんだよな」
「そうだね」
「星占い、星座占いといったように星によって人生を決定付ける人もいる」
「うん」
「なんでそこまで星に魅了されたり頼ったりするのかっていうと……まあ、ここからはあくまで俺個人の考えなんだけど、夜空に見える星の光って実は今その瞬間の光じゃなくて太古の——何百年とか、何千年とか前の光らしいじゃん? っていっても、先人たちがその事実を知っていたかというと、まあ知らなかっただろうけど……つまるところ未知だったってわけだ。人は未知のものが目の前に現れると始めこそは恐怖するだろうが次第に興味を持ち始める。そしてそれが自分には理解できない存在だと解るとその未知に対して祈ったり、崇めたりするわけだ。神様がいい例だよな、神様なんて誰も見たこともないのになんで信仰心をもったり自分の人生を預けられるのか…………それもまた未知の存在だからだ、自分には触れられない理解できないそういったものに対しては誰だってそうする。その方が安全だから。『祈っていて殺されることは無いだろう寧ろ護ってくれるはずだ』という思考に自然とシフトチェンジしていくわけだ。だいぶ話が逸れたが結局何が言いたかったかというと、星という未知に対して、無知な自分たちが星に惹かれるのは当然ということだ」
ここまで話したところでようやく、気持ち良さそうに横で寝ているいのりに気づく。
「やれやれ」
せっかくの熱弁が台無しだなと思いながらもいのりの天使のような可愛い寝顔を見れたことには幸福を感じている。夢でも見ているのだろうか、とても楽しそうに寝ている。
いのりの頭をそっと撫で俺は残りの上映時間を1人静かに過ごしたのだった。
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