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いのりのデート その7

 なんだかんだで結局俺たちの昼食は残さず食い尽くされてしまった。俺は構わないのだがいのりの方は少し名残惜しそうな顔をしている。


 お腹を満たした彼女はベンチから立ち上がると俺たちの方を向き深く頭を下げた。


「本当に助かりました……ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」


 幼げな顔立ちからは想像できない丁寧な物腰に少々驚いた。彼女の全体像を見る限り服装や身長などもやはり子供っぽいように見える。だいたい中学1・2年生といったとこだろう。最近の中学生はこんなに礼儀正しかったっけ? などと考え込んでいるといのりが彼女に返事をした。


「あ、ううん、いいのよ、気にしないで、それに貴方を1番に見つけたのは彼だからお礼なら彼に——」


 いのりはそう言い俺を指差した。

 同時に彼女の視線もいのりから俺に向けられた。彼女はじっと俺を見つめ深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます‼︎」


「俺もたまたま視界に入っただけだから感謝されるようなことじゃないよ」


「でも——」


「それよりもなんで倒れるまでお腹を空かせていたんだい?」


 彼女は俺の突然の質問に、鳩が豆鉄砲を食ったように、目を見開きパチクリさせている。

 そして一瞬の間を空け彼女は答えた。


「あ、はい……実は、お金持っていなくて……どうしようと考えながらこの園内を彷徨っていたのですがついに空腹の限界を迎えあのようなことに……」


「でも、それならどうやってここに入ったんだ? チケット買わないと入れないと思うんだけど……」


「入園までは両親が一緒だったのなんとかなったのですが、急に大事な仕事が入ったらしく私1人をここに残して仕事に行ってしまいました」


「そう……なのか……じゃあ君は今まで1人で遊んでたってこと?」


「はい、そうですが?」


 少なからず同情の意を込めて言ったつもりだったのだが、彼女はこんなこと日常茶飯事だと言わんばかりの顔をしている。


「——そうだ、そういえば一番大事なことを聞き忘れていた!」


 彼女もいのりもポカンとした顔でこちらを見ている。

 彼女は訝しげに俺に尋ねた。


「な、なんですか?」


「君の名前を聞いてなかったよ」


「あー確かに!」


 いのりも俺に同調し彼女の返事を待った。


「あっ! すいません、申し遅れました……私の名前は 月寺(つきでら)胡桃(くるみ) 年齢は17歳です!」


 やはり顔に似合わない丁寧な口調で彼女——月寺は簡単な自己紹介を済ませた。


「俺は、ゆうざ——って……え?」


『17歳!?』


 俺といのりは全く同じトーンで全く同じタイミングで少しのズレもなく同じリアクションをとった。唯一違ったところはプラスα俺は心の中で「オイオイ」というツッコミを入れた点だ。まったくもって本家とは逆の意味で「オイオイ」って感じだ。「使い方が違うんじゃないか」という思う人もいるだろうが今はツッコミは無しにしてもらいたい。


 ともかく、どうやらいのりもずっと月寺のことを自分より年下だと思っていたようだ。まあ、いのりに限らず誰だって月寺を見たら中学生くらいだと思うだろう。


「うそ……でしょ? 月寺……さんって私たちと同い年? その見た目で?」


 月寺の方はまだ状況を飲み込めていないようで頭の上にハテナマークを浮かべている。

 まあ無理もないだろう、一方的に俺たちが中学生だと思い込んで勝手に勘違いをし、わけのわからないところで驚いたのだから。


 だが、それにしても驚きだ。いのりと比べるともちろん月寺の方が幼い容姿なのだが、もしかすると、見た目だけなら妹の唯よりも妹キャラっぽいかもしれない。


「気を取り直して、俺は 結崎 空 で、こっちの美人が 蓮水 いのり だ」


「美人だなんて……照れるよ……」


 いのりは今更ながらにわざとらしく照れた。

 あえてそれ以上いのりには触れずに話を進める。


「実は俺たちも月寺……さんと同じく17歳——つまり高校2年生なんだ、だからっていうか敬語はやめないか? まあ元からタメ口で話していた俺たちが言うようなことじゃないんだけどね」


 俺は頭を掻きながら申し訳なさそうに提案した。だが、その努力も虚しく相変わらずの似合わない口調で丁重に断られてしまう。


「まあ、そうだったんですね、ですが私は敬語の方が慣れてますので、せっかくのご提案ですが……すいません」


 なんだかむしろ俺たちの方が無礼な気すらしてきた。


「そ、そうか、無理強いするつもりはないから気にしなくて良いよ」


「あ、はい、ありがとうございます」


 出会ってから初めて見た月寺の笑顔はやはり幼さの残る可愛らしい笑顔だった。

 絶対に敬語じゃない方が似合っていると思ったが本人のアイデンティティを尊重しようと思い、口には出さずそっと心にしまった。


「ところで、この後は予定あるの? もしこの後も一人なんだったらつまらないでしょうし、私たちと一緒に来る?」


 いのりは優しい口調で月寺を誘った。いのりがデートを2人で過ごすという自分の都合より月寺の問題を優先したのは少々意外だった。


「大変魅力的なお誘いなのですが、実は先程携帯に両親から『迎えに行く』と連絡があってすぐに戻らなくてはいけなくなってしまったので……すみません」


「そっかぁ……ちょっと残念だなぁ」


 いのりはちょっとばかしではないくらい暗いトーンで言った。


「はい……私も、もう少し結崎さんたちのことを知りたかったです……」


 月寺も別れを惜しむように言った。だが、この月寺の言葉はいのりとは少し違った意味合いも含んでいるように俺は感じた。


「月寺さんとは良いお友達になれると思ったんだけどなぁ」


 いのりが叶わぬ願いを嘆くように小声で呟いた。

 それが聞こえたのかは分からないが月寺は、


「きっと……いえ、必ず良いお友達になれますよ!」


 と自信たっぷりに答えた。

 それを聞くといのりはさっきまでの絶望に満ちたような顔が嘘のように、いつもの元気いっぱいの明るい笑顔に戻った。


「——! うん、そうだね」


「俺もなんだか分からないけど、また必ず月寺さんと逢えるような気がする」


 俺のなんの根拠もない自信に対して、月寺は確固たる自信を持って


「私も確信しています! 近いうちに再会出来ることを」


 と宣言した。


 月寺が嘘をつくような人物ではないことは既に分かっているが、でもどうしてあそこまではっきりと断言出来るのか今の俺には分からなかった。



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