いのりのデート その6
「それじゃあ、あそこのお店にでも入らない?」
いのりが指差した先にあるのは超有名ハンバーガーショップだった。
「あんなんのでいいのか?」
「あんなのでって?」
いのりが不思議そうに聞き返してくる。
「いのりはハンバーガーとかあんまり好きじゃないのかと思ってたから……」
「あぁ、そういうことね……全然そんなことないよ、私、基本的に嫌いな食べ物ないんだっ」
「げっ……マジで?」
「うん」
「ナスとかゴーヤも?」
「大丈夫!」
「トマトも?」
「大好き♡」
「ピーマンも?」
「子どもじゃないんだから、それくらい食べられるよぉ〜」
「へ、へぇ〜」
驚いた……本当にGとお化け以外に嫌いなものはないんじゃないのか?
そう考えると他に嫌いなものがないのか、ますます気になってきた。
「それより早く行こっ! お腹ぺこぺこだよぉ〜」
「ごめんごめん」
軽く謝り、俺たちは早足で店に向かった。
店内に入るとそこは大勢の客で賑わっており空席も殆どない。それはというのも、現在の時刻はちょうど昼の12時を過ぎたところだ。まさに来客数がピークを迎えている時間帯だ。
俺たちはひとまず、メニューを注文するため列に並ぶことにした。席どりは二の次だ。だが、この様子だと店外での食事も視野に入れないといけないかもしれない。
「凄い行列だね……」
「時間も時間だしな……お腹空いてるかもしれないけど、もう少し我慢しないとな」
「うん……がんばる……でも、お腹空き過ぎて倒れたらその時はよろしくね」
「よろしくって……」
「おんぶして席まで運んでくれるだけでいいから」
「いいからって……全然妥協点のように感じられないんだけど……」
「私的に結構妥協してるんだよ? 本当なら、席まで運んだ後、ご飯を食べさせて欲しいところだけど……流石にいろいろ大変でしょ?」
「あ、うん、ごめん、俺が悪かった」
とてもじゃないがこんな公衆の面前でいのりにご飯を食べさせてあげるなんて恥ずかしくて出来るわけない。
「分かってくれたらいいんだよ」
「でも、お願いだから、倒れないでくれよ」
「うーん、それはどうかな?」
いのりが怪しげな何か企んでそうな表情で答えた。
「あ! もし、わざと倒れたらその時は無視して放置するからな!」
非情かもしれないがこれくらい強く言っておかないと、いのりならやりかねない。
「またまたぁ〜どうせ冗談でしょ?」
「いや、マジだよ」
俺は全く表情を変化させることなく淡々と答えた。
「……とか言って実は助けてくれるんでしょ?」
いのりが少し不安そうに聞いてくる。だが俺は追い討ちをかけるようにいのりの儚い期待を「たすけない」とたった5文字のシンプルな言葉で完全に消し去った。
「……」
ショックすぎて言葉を失ったようだ。
しばらく放心状態で立ちすくんでいたが、ハッと何か名案を思いついたような表情になると即座に俺に尋ねてきた。
「あ! 別にわざとってバレなきゃいいんだよね?」
「いや、そう言う質問してる時点で……もう策がバレてるんだけど」
「あああああ! しまったっ! 私としたことが……」
いのりのアホさに思わず笑みがこぼれる。
「本当……素直なんだな……」
「うぅ〜悔しいよぉ……せっかくのグッドアイデアが……」
「まあ、そんなちょっと抜けてるところがいのりの可愛いとこなんだけどな」
「なんか微妙な感じ……褒められてるのか貶されてるのか分かんないよ」
「まあ、ポジティブにとらえたらいいんじゃないか?」
「う、うん、そうするよ」
30分待った末ようやく俺たちはハンバーガーを購入することが出来た。幸いいのりが空腹で倒れることもなかった。
残念ながら店内にはもう席は残っていなかったので現在俺たちは目の前に観覧車の見える見晴らしの良いベンチに来ているのだが人でごった返している店内で食べるよりはここの方が格段に良さそうだ。
「ところで、いのりは何にしたんだっけ?」
「えーっとね」
そう言いながらゴソゴソと袋の中からどうやって袋に入れたのかと思うくらい大きなハンバーガーを取り出した。
「これだよ! えーっと……商品名は……『テラ盛り野菜バーガー』だよ」
なんとなく商品名を聞く前から想像していたがやはり普通サイズのハンバーガーではないみたいだ。特に何だ? あの『テラ盛り』ってメガでもギガでもなくテラって……どう言うことだよ。1人で食べきれるのか? などといろいろ考えを巡らせていると
「空くんは何を頼んだの?」
といのりが尋ねてきた。
俺は慌てて袋から自分のハンバーガーを取り出した。
「これだよ『テリヤキバーガー』」
いのりがポカンとした顔をしている。
「ん? それだけ? 」
「え? ああ、そうだけど……?」
「足りるの? そんな小さいやつで……私のちょっと分けてあげようか?」
いのりは本気で心配してくれているようだが俺は別に大食いではないのでハンバーガーとポテトだけで十分だ。
「大丈夫だよ、ポテトもあるし」
「う、うん、そう?」
「大丈夫大丈夫、それよりいのりの方こそそれ食べきれるのか?」
「私は余裕だよ!」
いのりは自信満々に答えた。
「そ、そうか、まあいいか、じゃあ、いただきます」
「いただきますっ」
俺たちは揃ってパクッと一口食べた。
「んん〜っ! おいひい〜!」
「確かにうまいな!」
いのりは念願の食事にありつけて幸せそうだ。
軽くお喋り交えながら食べていたのだが、ものの数分でいのりのハンバーガーは半分ほどなくなった。依然いのりはまだまだ余裕そうだ。
ふと目の前の通りを見るとそこにはヨロヨロと歩く1人の幼げな女の子がいた。とても危なげな様子だ。そんなことを思った束の間、ついにバタンと倒れてしまった。俺は持っていたハンバーガーをベンチに置き急いで彼女の元へ向かった。
「お、おい、大丈夫か?」
「…………ぅ」
どうやらまだ意識はあるようだ。
「どこか痛いのか? 怪我は無いみたいだけど……」
食事に夢中になっていたいのりも俺の後を追ってやってきた。
「ど、どうしたの? その子誰?」
「いや、分からないんだ……ヨロヨロしてると思ったら急に倒れたんだよ」
「ぅ……お、おなか……」
「ん? どうした? お腹が痛いのか?」
彼女はうっすら目を開けてを力の抜けた手を差し出してきた。
「お、お腹がぺこぺこで……うごけません」
「へ?」
予想外の回答を理解できずに変な声を上げてしまった。だがいのりは冷静に判断し彼女に再度確認した。
「あなた……空腹で倒れたってこと?」
「は、恥ずかしながら……」
彼女は照れながらそう答えた。
とりあえず重い病気や事件では無いようなので一安心だ。だがまさか、空腹で倒れる人なんて本当にいるなんて思わなかった。現にいのりでさえ倒れなかったのだから。
「そう言うことだったら、私のお昼ご飯ちょっと分けてあげようか?」
「お、俺のポテトもあげるよ」
「……そんな、悪いですって」
「でもこのまま放置するわけにもいかないでしょ? 遠慮しなくていいから……ね」
「では、お言葉に甘えて」
「じゃあ、ちょっと歩けるかな? すぐそこだから」
いのりは彼女肩に腕を回して体を持ち上げる。俺はいのりとは反対側から彼女の体を支える。どうにかベンチまで運び座らせるといのりは自分のハンバーガーをちぎって彼女に与えた。




